失敗も過ぎれば笑い話となる(3)

 今日の予定は、川辺でのんびりと散歩をすることだった。


 午前中、まだ日差しの強くなる前の時間帯。

 涼やかな木立の下を歩きながら、川のせせらぎに耳を傾ける。特に目的を作らず、川の流れに沿って進むのもいいだろう。ときおり足を止めて、初夏の瑞々しい木々や花に目を向けるのもいいだろう。鳥や虫がいたら、それを眺めるのもいいだろう。


 少し休みたくなったら川辺に寄って、岩を椅子代わりに休むのもいい。

 水の流れが早ければ、岩に当たる水飛沫を浴びることもあるかもしれない。

 歩いているうちに少し暑さを感じるようなら、水に手を浸すのも良さそうだ。

 さすがに私は無理だけれど、神様なら水の中に入ってもいいだろう。


 人工の川とは言うけれど、リディアーヌの話ではかなり水は澄んでいるらしい。水底まで透き通り、泳ぐ魚が見えるという。


 木漏れ日を受けて流れる川。ほとんど人のこない静かな木立。

 水辺の穏やかな環境は、きっと神様も気に入るだろう。


 私としても、神様があまり騒ぎを好まないことを知っている。

 静かで落ち着いた場所を好み、穏やかに過ぎていく時間を心地よいと思っているのだと、わかっている。


 だから今日は、神様の望むように。

 涼やかな初夏の空気を感じながら、川辺でゆっくりと過ごそう、と。


 そういう予定、だったのだ。






 川から上がった私たちは、どちらも全身ずぶ濡れだった。

 頭からつま先まで、どこもかしこもびしょびしょで、濡れていないところは存在しない。立っているだけで水が滴り、川辺の小石を濡らしていく。


 ――さ、さんざんな目に遭ったわ……。


 姿の見えない神様を捜して、川に入ってからがひどかった。

 慌てていたためか足を滑らせ、最初の悲鳴。

 水の中で転んだ私に驚き、ぬっと水の中から姿を現した神様に私の方が驚き二度目の悲鳴。

 その拍子に転んで尻もちをついた状態からさらに姿勢を崩して三度目の悲鳴。

 頭から水の中に落ちた私を見て、私の代わりに神様が四度目の悲鳴。


 その結果がこの惨状だ。

 思わず頭をもたげれば、濡れた髪から雫が伝う。ぴとんと落ちる水滴に、重たいため息が漏れた。


 ――……こんなつもりじゃなかったのに。


 もはや穏やかさなど欠片もない。のんびり散歩をできるような格好ですらなくなった。

 楽しんでもらうはずの時間は惨事に代わり、落ちる木漏れ日も今はどこか薄暗い。視線は下を向いたまま、上げることができなかった。

 楽しんでもらいたかった。ゆっくりと時間を過ごしてほしかった。口を開けば、後悔があふれ出そうだった。

 それでも耐えるように両手を握りしめ、私は窺うように隣の神様へと目を向けた。


「神様、すみません。無理やり連れ出したのに、こんなことになって……」


 そう口にする謝罪さえ、だけどこうなると上手くはいかない。

 神様に向けて頭をもたげたまさにそのとき――髪の間から、水滴とともにするりと落ちるものがある。


 私のちょうど視線の下。神様の頭上に向かって『ぴちっ』と落ちていったのは――。


「さ、魚!?」


 小魚である。

 髪に巻き込まれた小さな小さな魚が神様の上でぽよんと跳ね、そのまま目の前の川の中へと再び戻っていった。


「………………」

「………………」


 もはや喜劇のような出来事に、私と神様は顔を見合わせて沈黙する。

 謝罪すらも上手くいかず、死んだような目をする私。

 つるんとした表面を私に向け、ぴくりとも動かない神様。


 居心地の悪い、長くて短い間のあとで――――。


「…………………………ふっ」


 先に声を上げたのは神様だ。

 声と同時に、彼は大きく体を揺さぶらせた。


「あ、あはは! あはははははははは!! さ、魚! 魚ですって!!」

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