9話

 神官たちを背後に従え、震えながらも強い瞳でリディアーヌ様を見上げるアマルダ。

 不愉快そうに眉をしかめ、アマルダを冷たく見下ろすリディアーヌ様。


 傍から見れば、まるきり正義と悪が対峙しているように見えるこの状況。

 心当たりがありすぎて、私は思わず頭に手を当てた。


 ――うっわ……関わりたくなかったのに……。


 エリックのことで言いたいことは山ほどあるが、今はとにかく顔も見たくなかった。

 それに、今となってはアマルダは最高神の聖女様。

 私なんかがおいそれと話し掛けられる相手ではなく、アマルダも私のことなんて忘れたように、一度も会いに来ることはなかった。エリックには会いに行ったくせに。


 だから、すっかり油断していた。


「最高神の聖女が最下位の神の聖女と親友だなんて、あなたのような人はきっと想像もしなかったのでしょう! 私の大切なノアちゃんをいじめたことが、あなたの失敗よ!」


「……いじめられてないけど」


 このまま断罪、という雰囲気の中。

 私は空気を読まずにそう言った。

 だって本当にいじめられてないし。


「なにか誤解しているわ。リディアーヌ様は私を傷つけようとなんて――」

「『様』なんて! ノアちゃん、聖女はみんな平等なのよ! いくら序列が最下位の神様の聖女だからって、リディアーヌさんにへりくだる必要はないの」


 ――――は?


 リディアーヌ様も似たようなことを言っていたけれど、アマルダに言われるとイラッとしてしまうのはなぜだろう。

 思わず口をつぐんだ私を見やり、アマルダは傷ついたように首を振る。


「それに、ノアちゃんがリディアーヌさんをかばう必要はないわ。私、ちゃんと聞いたもの。リディアーヌさんがノアちゃんのことを『見苦しい』って言っていたこと。……ノアちゃんが本当の聖女ではないからって……ひどいわ」


 ――はあ?


「それにほら、ロザリーちゃんの言った通りだわ! ノアちゃんの食事までひっくり返すなんてやりすぎよ! ――リディアーヌさん。最高神の聖女として、私はあなたを見過ごせないわ。最下位の聖女だからってノアちゃんを甘く見たこと、後悔しなさい!」


 ――はあああああ!!!??


「アマルダ! 勝手なことを言わないで! 私はなにもされていないわ!」


 きっと、さっきから名前の出ている『ロザリー』――ルフレ様の聖女が、あることないことアマルダに吹き込んだのだろう。

 平等平等と言ったって、この神殿内ではやはり神々の序列がものを言う。

 最高神の聖女であるアマルダを味方に付け、リディアーヌ様を陥れようという魂胆なのだ。


 ――ムカつく!!


「悪いのはその『ロザリーちゃん』の方よ! あなた、騙されているわ!」

「ああ……やっぱりロザリーちゃんの言った通りだわ! ノアちゃんは脅されていて、無理矢理リディアーヌさんの言うことを聞かされているって……! 嘘を吐かされているって……!」


 私の言葉は聞かず、アマルダは悲しそうに首を振った。

 同情の宿る目には涙が浮かんでいる。


 その涙を、アマルダは指の端でそっと拭った。

 そうして、優しくも凛々しい顔で私を見つめる。


「でも、もう大丈夫よ。私が助けてあげるから……!」


 あっ駄目だこりゃ。

 背後の神官たちを見ても、リディアーヌ様に向ける視線は変わらない。

 完全に悪者を見る目で見つめている。


 そして、当のリディアーヌ様はといえば――。


「わたくし、いじめなどした記憶はありませんわ」


 これもまた、悪者然とした顔でアマルダを見つめてしまっている。


「身分の低い者と、高い者との友情は結構。相応しい者同士で仲良くなさい。けれどあなた、なにか勘違いしているのではなくって? わたくし、わざわざ目下だからといじめるような真似はいたしません」


 彼女の声は、冷たく周囲に響き渡る。

 息を呑むような美貌と相まって、それは身震いするほどの威圧感さえ持っていた。


「な……」


 アマルダは一瞬、圧されたように息を呑む。

 だけどすぐに、勇気を振り絞ってこう言った。


「なによ……しらばっくれるつもり!? たしかに聞いたのよ! あなたがノアちゃんのことを、『見苦しい』って言うところ!」


 アマルダの言葉に、リディアーヌ様は「フン」と軽く鼻で笑う。

 舞台役者でもやらないような、典型的すぎる悪役ムーブである。


「見苦しいものを見苦しいと言ってなにが悪いのかしら」


 あっ、こっちも駄目だこりゃ。

 神官たちの目もますます険しくなっていく。


「本当のことを言うのがいじめだと言うのなら、けっこうよ。わたくし、言い訳などするつもりはありませんわ。文句があるのなら――――」

「――――ばっ!」


 さらに言い募ろうとするリディアーヌ様を遮り、私は思わず声を上げた。

 なにを言う気か知らないが、ろくなことにならないことだけは、もうこの時点で想像がついていた。

 周囲の神官たちもたぶんそう。

 今すぐにでもリディアーヌ様を捕まえようと、目を光らせているのがわかる。


 だから――――。


「余計なことを言ってんじゃないわよ、バカ――――!!」


 私はそう叫ぶと、ぐっとリディアーヌ様の腕を掴んだ。

 どうせこの状況、言い訳なんて通じるはずがない。

 正確には、まだ言い訳ができた状況を、リディアーヌ様は自分でぶち壊してくださりやがった!


 ――こうなったら!!


「一回逃げるわよ! 来て!!」


 三十六計、逃げるにしかず。

 一度離れて頭を落ち着かせてもらわないと、話し合いにもならないだろう――と、私はリディアーヌ様の腕を引っ張った。


「待ちなさい! 逃げるなんて、わたくしは――」


 などとなんだかんだ言っているが、もちろん聞かない。

 だって悪化するのは目に見えているのだ。


 アマルダとリディアーヌ様。この二人、相性が悪すぎる!

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