新居についての話し合い(1)

本編終了後。祝勝会の翌日の話。


――――――――――――――――――――――――


 住居。

 それは生活の基盤。人間が人間らしく生きる上で、欠かすことのできない三要素、衣食住の一つ。

 風雨をしのぎ、寒さを和らげ、獣や虫の侵入も防ぐ。住居とは安全地帯であり、警戒を解いて心安らげる場所であり、外にあっては恋しく思うもの。


 住居こそは人間の根幹。

 住居の豊かさは心の豊かさ。

 吹けば飛ぶようなあばら家に暮らしていては日々の生活も落ち着かず、逆にどっしりと構えた屋敷に暮らしていれば、それこそ屋敷のようにどっしりと構えていられるものなのである。


 と、いうのに。



「…………神様。それ、本気でおっしゃっていますか?」


 祝勝会から一夜明け。何事もなかった夜が過ぎ、何事もなく朝を迎え、同じベッドに寝ていようとなんだろうと何事もなく迎えた昼過ぎ。

 昼食を終えたばかりの何事もない私たちは、現在、レナルド以下数名の神官たちとともに今後の相談をしているところだった。


 今後と言うのは要するに、この先の神様の待遇のことだ。

 神様が最高神と判明した以上、もう以前と同じようには扱えない。これまでの非礼への贖罪も兼ね、神殿としては最大級の礼を持って遇するつもりであるという。


 そこで、真っ先に議題に上がったのが住む場所のことだ。

 神様の部屋があるのは、神殿の外れも外れ。もはや神殿の敷地内であることも忘れられたような、鬱蒼とした木々に囲まれた場所にある。


 おまけにその部屋は、部屋とは名ばかりのボロ小屋である。

 神の住まいとして悲しいくらいに狭く、汚く、暗くて貧相。私が足を踏み入れた当初は隙間風も雨漏りもやりたい放題で、家具は腐り窓ガラスも割れ、この世の終わりのような惨状を呈していた。


 それから半年弱。コツコツ掃除と修繕をしたおかげで多少はマシになっているものの、部屋の古さや窮屈さは変わりない。

 それこそ、吹けば飛ぶようなあばら家そのもの。神殿としては、そんな場所に最高神を住まわせるわけにはいかない。早急に引っ越しをするべきであるが、最高神様のご希望やいかに――という話をしていたのである、が。


「本当に、ほんっとうに本気で言っていますか!? ――――引っ越しはせず、あの部屋で暮らし続ける、って!!」

「ええ、はい。本当に本気ですが……」


 念を入れた私の確認に、あばら家住まいの当人はこの通り。

 周囲の驚愕をよそに、黙っていれば冷たいくらいの美貌をおっとりとした困惑に歪めている。


「あの、もしかしてなにか問題がありましたでしょうか?」

「問題しかないですけど!?」


 神殿、貴賓室。祝勝会ののちに用意された仮住まいの応接室で、私は断じて首を振る。

 首を振る私が腰を掛けるのは、沈み込むようなやわらかなソファだ。神様は隣に腰かけ、正面にはレナルド含めた神官たち三人が窮屈そうに並んで座っている。

 しかし窮屈なのは単にレナルドが上下左右に大きいからで、決してソファの責任ではない。むしろレナルド込みで三人が座れるほど豪華で立派なのである。


 向かい合って座る私たちの間には、これまた立派なテーブルが置かれている。

 こちらは大きさこそ小ぢんまりとしているものの、表面に施された鮮やかな彩色や縁を飾る繊細な細工が、決してちんまりとした印象を与えない。テーブルというよりは、まるで装飾品のような存在感を放っていた。


 そして、そんな触れることさえおののくようなテーブルの上には、容赦なくお茶とお茶菓子が置かれている。

 どちらも口に入れただけで贅沢品だとわかる味。それが茶会でもなんでもない、話し合いの場に無造作に出されているのである。


 ――いえ、無造作ってわけじゃないのでしょうけど。


 レナルドが言うには、『在庫処分』だとかなんだとか。

 お茶は神官長が私物として溜め込んでいたもの。菓子は日持ちのする焼き菓子で、こちらは神殿上層部の人間たちが裁判終了後の祝賀会のために用意していたものだという、最低の由来の持ち主だ。


 とはいえ、高級品を腐らせるのももったいないと、やっぱり割と無造作に出されたわけで。


 要するに、あるところにはあるのである。

 そもそもこの貴賓室だって、神様の寝室に私の寝室、応接室にその他もろもろ含めての『貴賓室』。これだけで、神様の住む小屋よりはるかに広いのだ。

 それなのに、なにが悲しくて窮屈なあばら家生活を続けなくてはならないのか。

 住居の豊かさは心の豊かさ。ここはドンと、屋敷の一つでももらうべきであるはずだろう。


「もっと立派なところに住めるんですよ!? 神殿が、神様の希望はなんでも聞いてくれるんですよ!? どんな屋敷でも住みたい放題なのに!?」

「い、いえ、ですが今までも不自由はありませんでしたし…………」

「不自由でしたが!!!??」


 若干引き気味の神様に、私は前のめりに食い掛る。

 不自由はありませんでした――などとどの口が言う。あの部屋には厨房一つないのだ。

 それで一体どれほどの辛酸をなめてきたことかと、これまでの不自由の鬱憤も込めて神様に畳みかけるけれど――。


「狭いし、一部屋しかないし、玄関を開けたら即神様の部屋ですし!!」

「でも、十分に暮らしていけますよ」

「家具も必要最低限ですし! 寝るところと座るところくらいしかないですよ!」

「必要なものはあるということですよね? 寝て、起きて、食事がとれる場所があるんですから」

「ぼ、ボロボロです! 今まで散々、隙間風や雨漏りもしていたくらいで――」

「それも、今ではエレノアさんが修繕してくださったでしょう」

「ぐぬぬぅ」


 神様の返事はよどみない。あまりにも不自由を意に介さない。

 これにはさすがの私の口からも、令嬢らしからぬ声が出るというもの。ぐぬ、とうめきながら、私は頭を抱えてしまう。


 この神様、欲がなさすぎである。


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