47話

 とまあ、そういうわけで。


「ほんっとうに! ご迷惑をおかけしました!!」


 翌朝。

 私は神様の部屋を訪ねると、開口一番にそう言った。

 朝食のトレーを手にしたまま、挨拶よりも先に謝罪を口にする私を見て、窓辺に腰かけていた神様が瞬いた。

 どうやら日向ぼっこでもしていたらしい。朝の光を含んだ金の髪が、戸惑ったように揺れていた。


「……エレノアさん? いきなりどうされました?」

「い、いえ、いきなりではなく……!」


 どうしたのかといえば、昨日の話の続きである。


 昨晩。私はリディアーヌに締め上げられ、あの場で洗いざらいを白状した。

 神様の姿が変わったこと。その前後のできごと。神様が裸で寝そべっていたことはさておいて、ちょうど穢れが出始めた前後のことで、ソワレ様の言う悪神ではないかと疑ってしまったこと。

 誰にも言えず、一人で抱えていたことをすべて吐き出したところまでは、神様も知っているはずだ。


 問題はその先。

 夜も遅いからと神官に送ってもらい、リディアーヌはアドラシオン様の屋敷へ、私はマリたちと一緒に宿舎へと戻った――そのあとに、話は続いてしまったのである。




『――――これは人間の問題だし、今の俺には偽の聖女すらいないし、なるべく口を出さないようにしようと思ってたんだけどさ』


 思い返すのは、神出鬼没の少年神の渋い顔だ。

 いつから待ち構えていたのか。神妙な顔で宿舎に戻った私たちを、彼は談話室も兼ねた玄関のロビーで待ち構えていた。


 ぽつんと小さな明かりの灯るロビーの、あまり質の良くないソファの上。

 ソワレ様の双神である光の神――ルフレ様は、私を見るなり、こんなことを言ったのだ。


『さすがのソワレでも、見知った神相手に『誰か』なんて曖昧な言い方しねーだろ、たぶん』

『は』

『誰か力の弱い神が――って言ったんだろ、あいつ。直接聞いてないからわかんねーけど、知ってる相手なら神気で判断できるぞ、普通』

『――――は』


 はあああああああああ!!??


 と叫ばなかったのは奇跡だと思う。

 決して夜中の宿舎で遠慮したというわけではない。

 あまりの衝撃に声すらも出なかったのだ。


『あんまりにも誰も指摘しないから、さすがに気になったんだよな。どうして誰もなにも言わなかったんだ?』


 不思議そうにルフレ様は腕を組むけれど、そんなの私だってどうしてか知りたい。

 少なくとも私の頭には、今の今まで浮かばなかった。


 ――だ、だってソワレ様のこと、そんなによく知らないし! 曖昧な言い方するかどうかなんて知らないし……!


 ソワレ様と顔を合わせたのは、今日を含めてまだ三回。

 言い方で判断しろというのはさすがに酷というものだろう。


 となると、気付くことができるのはレナルドくらいだろうか――。


 ――い、いえ、レナルドはソワレ様と神様が見知った仲だってこと、知らない可能性があるわ……!


 ソワレ様は序列三位。神様は序列最下位。

 いくら同じ神殿の神様と言えども、この二柱の神様を結びつけるのは難しい。


 そう考えると、やっぱり気付くべきだったのは、ソワレ様が神様に抱きつく瞬間を見た私だったわけで……。


 ――ああああああ…………!!


 と内心で頭を抱えても、もはや後の祭りである。

 やっぱりレナルドの言うとおり、まずは話をするべきだったのだ。


 ――神様やリディには言いにくくても、ルフレ様なら多少は話しやすかったかもしれないのに……!


『は、早く言ってくれれば……』


 思わずかすれた恨み言を吐きだせば、ルフレ様はソファの上であぐらをかき、少し言いにくそうに口ごもり――。

 ため息とともに、こう告げた。


『いや、なんか悩んでるなーとは思ってたんだけど。お前なにも言わなかったし、俺もまさか、そこを疑ってるとは思わなかったし……』


 なにもかも、後の祭りなのである。

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