8話

「ヨラン!」


 ヨランの呼びかけに、オルガの声が応える。

 扉の外から飛び出して、大男が一人駆けだしてくる。


「良かった! お前、無事だったんだな……!」


 立ち尽くす私の横を通り過ぎ、オルガはさらに背後のヨランにまっすぐ向かう。

 彼の背を追いかけるように視線を向ければ、傷だらけのヨランが目に入った。


 法廷の半ば。私を庇うために残ったヨランは、呆然と目を見開いていた。

 視線はまっすぐに、オルガだけを見つめている。


 彼の周囲は、未だ無数の兵が取り囲む。

 剣を握る兵たちの、誰もがヨランを切りつけられる距離。

 だけど、隙だらけのヨランに切りかかる兵はいなかった。

 誰も――もう、剣を振るおうとはしなかった。


 争いの音は、完全に止んでいた。




「――――」


 言葉は出なかった。

 争い合う怒声と剣戟の代わりに、法廷にはいくつもの声が上がる。

 ヨランとオルガの声だけではない。

 友を見つけた兵の声。無事を確かめ合う声。

 誰かの元へ駆けていく足音。いくつもの、喜びの声。


 冷たい法廷に熱が満ちる。

 明るさが、満ちていく。


 ――――神様。


 視線を向ければ、神様はやわらかな笑みで応えてくれる。

 細められた優しい目。かすかにほころぶ口元。光の下にさらされた、肩まで染まる黒い腕。


 穢れに染まった腕が、悲しくないわけじゃない。

 神様が、どれほど穢れを受け止めてくれたのかを考えると、辛くないわけじゃない。


 それでも、やっぱり私は嬉しかった。

 巻き込まれた人たちが無事でいること。

 ヨランとオルガが再会できたこと。

 神様が、みんなを助ける選択をしてくれたことが嬉しくて、私は――――。


「――――エレノア!!」

「ぐえっ」


 胸がぎゅっと締め付けられる気がした。

 物理的に。


 ――な、なに!? なに!!!?


 胸いっぱいの感慨なんてなんとやら。

 突然に胸に飛び込んできた衝撃に、私はぎょっと目を見開く。

 いったい何事か。


「エレノア! 良かった……本当に良かった……!!」


 驚く私の耳に、飛び込んできた犯人の絞り出すような声が響く。

 か細く弱々しいその声に視線を向け、私は見開いた目をさらに大きく見開いた。


 視線の先、私の胸にしがみついているのは、見慣れた黒髪の美少女だ。

 高慢で高飛車。傲慢でプライドが高く、いつもツンと取り澄ました公爵令嬢リディアーヌ・ブランシェットが――。


「良かったあ…………」


 今は私の胸に顔をうずめ、子供のように肩を震わせていた。

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