20話

 とまあ、そういうわけで。


「――――ああああああ! あの神官! ほんっとにムカつく!!!!」


 謹慎を言い付けられてから五日。

 結局、百五十枚に増えた反省文を提出し、晴れて自由の身になった私は、五日ぶりの食堂で荒れに荒れていた。


「なーにが『もう二度と無駄なことはするな』よ! 『俺の出世に響くんだから』なんて言われたって知ったことじゃないわ! だいたい、無駄はどう考えても、増えた五十枚でしょう!?」


 時刻はいつも通り、神様方のお世話を終えた夕暮れどき。

 夕食時を過ぎ、人の減った食堂の一角でやさぐれつつ、苛立ちに任せて勢いよく煽るのは、度数の強いワイン――などではなく、ごく普通の紅茶である。

 やけ酒ならぬやけ紅茶を飲み干し、私はガチンと勢いよくカップをテーブルに叩き下ろした。


「結局、他国の神話まで調べさせられたし、なんの意味があるのよあの反省文!?」


 建国神話だけでは残り五十枚を埋められず、調べに調べた他国の神話を思い出し、知らず荒い息を吐く。

 おまけに、他国の神々はこの国に比べると圧倒的に数が少ないうえ、国同士で主神として扱われる神がかぶっている場合も多い。

 賛美だけで埋めるのは難しく、最終的にはちょっとした論文みたいなものを提出する羽目になってしまったのだ。


 ――まあ、勉強になったけど! この国にはいない神様ばっかりだったし、新鮮だったけど!!


 それを採点して返すというのは、どこからどう考えても嫌がらせである。

 出したばかりの反省文を目の前で読まれ、『四十五点』と言われた私の気持ちたるや。

 微妙に点が取れているだけに、むしろ〇点と言われるよりも複雑な気持ちになってしまった。


 ちなみに、神様の方はどうにかこうにか交渉――というよりも、駄々を捏ねに捏ねて、なんとか一日二時間の外出を認めさせた。

 神殿のはずれにある神様の部屋は、反省部屋から片道一時間。二時間とはつまり、神様のところへ走って行って、挨拶をして帰るだけの時間でしかない。

 ここ数日間で頭に残っているのは、息を切らせて現れ、ろくに話もしないまま去っていく私を見送る、唖然とした神様の顔ばかりである。


 もちろんいつもの食堂に寄る時間などないので、食事は反省部屋のある建物内の、神官用の食堂で受け取ったものだ。

 こちらの食事も豪華ではないけれど、『無能神』用の腐りかけの食事と比べたらよほどマシなのがまた腹立たしい。

 おかげでリディやマリたちに食事を分けてもらわずに済んだのは、不幸中の幸いだろうか――と、悔しさを噛み締める私を囲むのは、いつもの顔ぶれだった。


 マリとソフィに、リディアーヌ。

 五日ぶりに再会したそれぞれの反応はと言えば――。


「せ、聖女になってまで反省文って……見習いじゃあるまいし……! も、笑いすぎてヤバ……!!」

「ほんと、さすがエレノアだわ……! 最近見かけないから、どうしたのかと思えば……!!」


 大爆笑である。

 息を切らせて笑うマリとソフィに、「ぐう……」と私は唸る他にない。


 ――こ、こっちの気も知らないで……!


 と顔を赤くするけれど、これがマリやソフィだったら、たぶん私も笑っていたから文句は言えない。

 マリたちの言う通り、反省文なんて未熟な見習いが書かされるもので、仮にも聖女になるような人間が課せられるような罰ではないのだ。


 ――うう……それもこれも、ぜんぶレナルドが悪いのよ!


 八つ当たりに強くテーブルを叩くと、私は怒りと羞恥に染まった顔を上げた。

 未だ笑い続けるマリたちをひと睨みし、気持ちを切り替えるようにリディアーヌに目を向ける。


「とにかく! これでもう謹慎は終わったのよ!」


 反省なんてなんのその。

 百五十枚も反省文を書いても、私の決意は変わっていない。

 むしろ五日も謹慎させられたおかげで、余計にやる気は増している。


 なんとかして、アマルダにもレナルドにも目に物を言わせてやろう!――と、私は前のめりにリディアーヌに詰め寄る――が。


「今日から穢れの原因探しを再開するわ! 遅れたぶんを取り戻さないと!」

「いいえ」


 端的な声が、私の勢いを制止する。

 瞬く私の目の前。

 隣に座るリディアーヌは、マリたちのように笑うこともなく、険しい顔で私を見つめていた。


「その高位神官――レナルド・ヴェルスの言う通りよ」

「リディ……?」


 前のめりになったまま、私はリディアーヌに眉をひそめた。

 だけどリディアーヌは私を一瞥だけして、無言のままマリとソフィに視線を巡らせる。

 順に私たちを見る彼女の表情は、冗談を許さないほど真剣だ。

 笑い転げていたマリたちの顔からも、波が引くように笑みが消えていく。


「エレノアが穢れに襲われなかったのは運がよかっただけ。たまたま穢れに気付かれず、たまたまソワレ様がお傍にいてくださった。こんな幸運が、何度も続くとは思えないわ」


 リディアーヌの声は淡々としていた。

 胸を反らし、眉間にしわを寄せた表情は、どこか怒っているようにも見える。

 きつめの彼女の顔立ちと相まって、少し怖いくらいだ。


 ――でも。


「あなたが謹慎している間にも、穢れは増え続けていたのよ。そのことで、マリとソフィにも調査を中断してもらっていたけれど――」


 一度目を伏せると、リディアーヌは静かに頭を横に振る。

 気付かれないようにそっと唇を噛む姿が、隣にいる私には見えてしまった。

 悔しさとやるせなさを呑みこむように、ぎゅっと目を閉じる姿も。


「あなたの話を聞いて、決心がついたわ、エレノア。……いいえ、本当はもっと早く決意しておくべきだった」


 再び目を開けると、リディアーヌは顔を上げた。

 きつく私たちを見据えるその顔に浮かぶのは、揺るがない決意の表情だ。


 黙りこくる私たちをもう一度順に見て、彼女は重たい口を開く。


「調査はここで終わりにします。わたくしのために、これ以上あなたたちを危険に晒すわけにはいかないわ」


 断固とした声とは裏腹に――赤い瞳に、深い後悔と罪悪感をにじませながら。

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