27話
――で。
「リディって、ほんと力を抜くの下手よね。そんなことだから空回りしちゃうのよ」
「か、空回りなんてしていないわ! これは作りすぎたわけではなく、予定通りでしてよ!」
「つーか、いい加減俺を荷物持ちにするのやめろよ! どいつもこいつも!」
人気のないテラスに、私とリディアーヌ、ついでにオマケ一人。
三者三様の声が響き渡る。
紅茶の香りを楽しみながらの上品なお茶会――なんて考えるのも馬鹿馬鹿しい菓子の山を前に、もはや誰もマナーなんて気にしない。
取り分け用の皿を手に菓子をつつきつつ、みんな好き勝手に騒いでいる。
「だいたい、なんでこいつがいるんだよ! 俺は聞いてねーぞ!」
「私だって、ルフレ様がいるなんて聞いていなかったわ! というかあなた、リディにもいいように使われているのね……!?」
「べ、別にわたくしはそんなつもりでは! ルフレ様をいいように使うなんておそれ多――――いえ、待って! あなた、いつの間にわたくしを愛称で呼ぶようになっていて!?」
「えっ、今さら!?」
大混線の会話の中、リディアーヌが聞きとがめた言葉に、私はぎょっと目を見開く。
いつの間に?――と聞かれると全く覚えていないが、たぶん、結構前から変わっていたはずだ。
――だって『リディアーヌ』って長いし。呼びにくいし。
それにアドラシオン様はともかく、ルフレ様だって『リディ』呼びなのだ。
じゃあ私も呼んでやれ、と呼んだ結果。
リディアーヌから特に反応もなかったので、そのまま呼び続けていたのだけれど――。
「わたくしは許可した覚えはなくってよ! 勝手に呼ぶなんて失礼だわ!!」
気がつかれていなかっただけだった。
リディアーヌは怒ったように「ツン!」と顎をそらし、いかにも不満げに言い放つ。
「そういうのは、仲良くなってから呼び合うものでしてよ! わたくしたち、友達でもないのに! ちょっとお茶会に呼ばれたからって、勘違いなさらないで!」
胸を張るリディアーヌに、私はしばし瞬いた。
言いたいことはいろいろあるが、何より一番は、これである。
「…………ちょっと?」
とは。
いったいどういう意味だろうか、と私は周囲を見回した。
目に入るのは、テラスを埋め尽くす菓子の山だ。
丸のままのケーキ、何種類ものタルト。こんもり盛られたドーナツに、かごいっぱいのビスケット。私の持つ皿の上には、切り分けられたアップルパイ。奥の方にあるムースは、まだ手を付けられてもいない。
お茶の香りなど楽しむ余裕もないけれど、お茶自体も種類は豊富だ。
茶葉から淹れ方までこだわった無数のお茶は、そんじょそこらの貴族が手を尽くしてもそろえることはできないだろう。
これがちょっと。
もしかしてブランシェット公爵家的にはこれでもちょっと――なのだろうか?
「いやこれ、ちょっとで済む茶会じゃねーだろ」
荷運びをさせられたルフレ様が、私に代わって呆れたように息を吐く。
そのままビスケットをかじりつつ、彼は何気ない調子でこう言った。
「昨日の夜から、ずーっと準備してたじゃねーか。アドラシオン様もどうしたのか不思議がってたぞ。今日も朝からそわそわして、誰に会うつもりかと思ったら、よりにもよってこいつかよ!」
実に容赦のない暴露である。
取り澄ましたリディアーヌの顔が、その表情のまま見る間に赤く染まっていく。
頬から顔全体、耳や首まで真っ赤になったところで、リディアーヌは耐え切れなくなったように叫んだ。
「もう! ルフレ様! なんで余計なことを言うんですの!?」
穏やかな午後のテラスに、リディアーヌの声が響き渡る。
照れを隠すように顔をしかめるリディアーヌに、まだまだ口を閉じないルフレ様。
騒がしい景色を見やり、私はついつい吹き出してしまう。
――今度は、神様も呼べないかしら。
笑いながら考えるのは、なぜだか留守番中の神様のことだ。
私が『約束がある』と言うと、彼は快く送り出してくれたけれど――これなら、一緒に来てもらってもよかったかもしれない。
自分の姿のこともあり、あまり外に出たがらない彼でも、きっとこの場所なら楽しんでもらえるはず――――。
などという穏やかな気持ちは、次の瞬間に吹き飛んだ。
「――――見つけた! こんなところにいたのね、偽聖女!」
そんな声が響いたのと、アップルパイをぱくりと口にしたのはほぼ同時。
嫌な予感に振り返れば――やはり。
ロザリー……ではなく、その取り巻きの一人が、息を切らしてこちらに飛び込んでくるところだった。
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