23話 神様⑥

 感情が追い付かない。

 とは、さすがにもう言っていられない。


 私の遅すぎる感情も、いい加減ここまでくれば追いついてきてしまう。

 言葉の意味も理解できるし、そこに込められた想いもわかるし、神様がどれだけ本気であるかも伝わってくる。

 ただし問題は、だからと言って冷静な反応ができるわけではないということだ。


「あ、あの、か、かみ、かみ、かみ、神様」


 噛みすぎである。

 しかも口の中までちょっと噛んでしまった。


 わずかな痛みに顔をしかめつつ、私はどうにか落ち着こうと息を吸う。だけど、水を含んだ冷たい夜の空気を体いっぱいに吸い込んでも、少しも熱が冷めた気はしない。むしろ、答えを待つ神様の視線を前にして、ますます熱くなっている気さえする。


「か、神様、その、私」


 じわりと汗のにじむ両手を握りしめながら、それでも私は口を開いた。

 動揺して上手く言葉が出なくても、ここで口をつぐむわけにはいかない。

 視線を逸らすわけにもいかない。逃げ出すことなんて許されるわけがない。


 だってこれは、プロポーズだ。

 それも、一度は空振りをさせたうえでの、改めての言葉なのだ。

 神様が、本気で本心から告げてくれた大切な想いなのだ。


 曖昧にごまかすことはできない。うやむやには流せない。

 きちんと受け止めたい。きちんと答えたい。

 ちゃんと、私自身の気持ちを、私の口で伝えたい――――と。


「神様、私は――――――――」

「エレノアさん、どうでしょう」


 思っていたのだ、が。


「私の今の姿は、エレノアさんの好きな『イケメン』とは言えませんか?」


 そんな乙女心を押しのけて、待ちきれなかった神様の言葉が落ちてくる。

 しかもなんか、妙な言葉だった気がする。


 ――――…………はい?


 せっかく追いついた感情が、またしても追い抜かされていく。

 私もしかして、割と乙女心を台無しにされるようなことを言われたのではないだろうか……?


 などと出鼻をくじかれた私をさておき、神様はさらに言葉を続けた。


「あの、自分で言うのはちょっと恥ずかしいのですけど、今の私はそう悪い姿ではないと思うんです。エレノアさんの好みに沿っているかはわかりませんが、『イケメン』の部類には入れていただけるかと」


「…………は」


「それにたしか、序列の高い神の聖女にもなりたがっていらっしゃいましたよね? 神殿の序列は人間の決めた基準ですが、一応私は最高位ということになっています。……それから、ええと、自惚れですが力ある神であるとも自負していますので、人間たちもそれなりの対応をしてくれるはずです」


「………………あの」


「あと……ええと、そうだ! 今の私なら、結婚式もご一緒できます! アドラシオンに協力を頼めば、大概のことは準備できるはず。賑やかな式でも優雅な式でも、エレノアさんの望む理想の結婚式が――――……ああ、いえ、エレノアさんが望んでくださるのなら、なのですが」


「………………………………」


 さておかれた私は、呆然と神様の言葉を聞き続けることになる。

 途中で言葉を差し挟もうにも、神様は聞いてはくれない。というよりも、耳にも入っていない様子だ。


 語る神様の顔に浮かぶのは、私に負けず劣らずの動揺だ。

 緊張してそわそわと落ち着かず、私を窺い見る目には不安が覗く。


「あの、エレノアさん……」


 未だ返事のできない私へ、神様はおそるおそる呼びかける。

 自分で言うくらいの端正な顔を歪ませ、自惚れではなく力あるくせに怯えたように目を伏せて、神様はしゅんとうなだれた。


「やっぱり――お嫌でしょうか」


 口にするのは、聞いているほうも苦しくなるような沈んだ声だ。

 見るからに落ち込んだ様子の神様に、私はぎゅっと眉根を寄せる。


「今までずっとエレノアさんには、苦労ばかりかけてきましたし……」


「………………」


「『無能神』の聖女だからと蔑ろにされ、辛い思いをさせてしまいましたし…………」


「………………………………」


「今の私なら、もうエレノアさんに迷惑をかけることはないと思っ―――」


「………………………………ああああああ!!! もう!!!!」


 なおも言い募ろうとする神様に、私はついに耐え切れなかった。

 思わず神様を遮って声を上げ、うつむく神様をギッと下からのぞき込む。

 私の険しい顔に神様がぎょっと身を強張らせているけれど、知ったことではない。こればかりは、悪いのは神様の方である。


「神様、間違っているわ! 間違っています!!」

「は、はい……?」


 神様はおののきながらも、困惑の顔で首をひねる。

 見るからにピンときていない彼の顔には見覚えがあった。今よりほんの少し前、アドラシオン様ことユリウス殿下がした表情である。


 ――やっぱり似た者兄弟だわ!!


 と思う私の内心を知らず、神様は首を傾げたまま、本当に困ったようにこう尋ねた。


「…………なにが間違っているのでしょうか?」


 その問いに、返す答えは決まっている。

 私は神様を見上げたまま、間髪入れずに全力で答えた。


「なにもかもです!!!!」



 容姿も、序列も、神様が力ある神であることも。

 理想の結婚ができなくても、『無能神』の聖女として苦労しても、神様が『無能神』であっても、なくても。


 そんなの。





 ど――――――でも、いいのである!!!!!!!!!!!!!!!

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