第136話 弁護士バッソー

「ちょっと待って!! バッソーが弁護士ってどういうことなの!? フィー! どうなってんの? これ!!」


 バッソーの『弁護士』という言葉にグリムナは即座に拒否の意を示し、フィーに尋ねた。


「いや~、結局最後の最後まで条件の合う弁護士が見つからなくってさ……そしたらバッソーが20年前くらいに弁護士の資格とったことがあるっていうのよ。なんか一時期資格試験がガバガバのゆるゆるだった時代があったらしくてさ……」

「お主のアナルみたいにな」

「誰のアナルがゆるゆるじゃい!!」


 ともかく、その資格が今をもってまだ有効だったということである。しばらく言い合っていると再び裁判長から「不規則発言を慎むように」と注意され、全員が静かになった。

 しかしそんな発言などしなくともこの法廷は既に不規則な出来事の連続である。このまま続けてよいのだろうか、とも裁判長は思ったがメザンザが傍聴に来ているのだ。少なくとも法廷の体裁は整える程度には続けなければならない。諦めて裁判長はバッソーに弁護側の意見陳述を求めた。


「こほん、まず、皆さんはロリコンとはなんであるか、ご存じでしょうか……」


 バッソーの弁護が始まった。グリムナは不安な気持ちでいっぱいであるが、関係のない傍聴人共はにやにやと笑いながら聞いている。ハプニング続きのこの法廷が面白くて仕方ないのだ。


「確かに、少女の体は美しい、膨らみきらない途上の胸、まだ毛も生え揃っていない陶磁の如く美しい肌、汚れを知らない美しい瞳……」


「異議あり、今回の事件と関係のない話です!」


「異議は認めますが話は続けなさい。ちょっと興奮してきたから」


 即座に検事が異議を唱えたが裁判長は話の続きを促した。もうこの男、投げやりである。ちなみに本当に関係ない話である。


「実際私もそちらのヒッテ殿にケツを蹴られたときには凄まじい性的興奮を覚えました」


 チッと、ヒッテが舌打ちをすると、バッソーがゾクゾクっと恍惚の表情を見せた。彼にとってはこれもプレイの一環でしかないのかもしれない。


「しかし今回の件についてはそういった類のものではないのです。グリムナは決して少女趣味というわけではありません。私はこの数か月間彼と共に旅を続けています。今回渦中のヒッテという少女ともともに。その上で言わせていただきますが、彼を簡単に『ロリコン』という一言で片付ける事はできないのです」


 バッソーは一度深呼吸をしてから話を続けた。


「彼は……童貞です……」


 ざわっと辺りが色めき立った。グリムナは顔を赤くして両手で顔を塞いでいる。まさか関係のない傍聴人が大勢いる場所でそんな話題になるとは思ってもみなかった。サードレイプ劇場の始まりである。


「被告人、間違いありませんか?」


「ど……童貞……ちゃうわ」


 童貞丸出しの解答に法廷は爆笑に包まれた。裁判長も腹を抱えて笑っている。なんだこの茶番。


「ま、童貞かどうかは本法廷の核心に迫る部分なので今は保留としましょう。重要なのは、彼の自信なさげな態度、卑屈な性格に見てわかる通り、彼が大変にモテないということです。つまり、女性と縁のない彼が少女に救いを求めたとしても仕方ないと言えるでしょう……」


 顔を両手に当てて突っ伏していたグリムナであったが「ん?」と顔を上げた。何やら雲行きが怪しくなってきたような気がしたのだ。


「自分に自信の持てない男性が「これなら優位に立てる」と少女に救いを求めるのは度々ある事なのです。しかし誰が彼を責められましょう。彼もまた、人間関係が希薄になった現代社会の、被害者と言えるのではないでしょうか……以上で陳述を……」


「ちょ、ちょっと待て! ちょっと待てーい!!」


 バッソーが「ん?」と振り返る。裁判長も発言を認めたのでそのままグリムナがバッソーに物申す。


「ちょっとおかしいだろう!! 俺はやってないってのに、何勝手にやったことにして、情状酌量を求める方向にまとめようとしてるんだよ!! おかしいだろうそんなの!!」


 バッソーはこの反論を全く予期していなかったようで意外そうな表情で答えた。


「え……あ? そっち? ワシはてっきり、童貞だけども指くらいは入れてるかと思ってたもんで……」


「なんも入れてないわ!! 名誉棄損で訴えるぞ!!」


「被告人と弁護人は意見の調整くらいからしてから来てください。それでは、原告側の意見陳述に入ります」


 グリムナは悔しそうに唸っている。結局バッソーが出てきても事態は何も良い方向に転がらなかった。まあ、正直言ってあのじじいには何も期待はしていなかったが、まさか罪を認める方向に転がすとは思っていなかったのだ。


「ええ~、性交を行ったという、直接的な証拠を出すことは非常に難しいですが、いくつか状況証拠を持っている証人を呼んでありますので、まずはそちらを呼びたいと思います。ええ、まずは世界樹の守り人でもあるエルフ、メルエルテ氏からです。どうぞ」


 傍聴人が「エルフ」「世界樹」と口々に呟く。やはりここでも『エルフ』のネームバリューは非常に高いようである。それならグリムナもフィーを効果的に使いたいところなのだが、いかんせんポンコツで活用しにくいのだ。

 メルエルテが証人台の報に移動すると、小さい声で「おお……」と歓声が上がった。エルフなど初めて見る、という傍聴人がほとんどである。確かにメルエルテは年は取っているものの、それでも大変に美しい。聴衆は彼女を一目見られただけでも今日来たかいがあったと感じるほどであった。


「彼らも覚えているでしょうけど、グリムナ達とは北にあるエルフの隠れ里で会っているわ。たしか件のヒッテちゃんに掛けられた呪いを解くためにね。その時のグリムナの取り乱し様ったら無かったわ。最初は私妹か何かかと思っていたんだけど、聞いたら違うって言うし。あ、兄弟と思ったのは仲がよさそうだって言うのもあったんだけど、瞳と髪の色が同じって言うのもあったんだけどね。」


 メルエルテは余裕の表情で話しながら、時折グリムナやヒッテの方を見てフン、と鼻で笑う。彼女からすれば娘を振っておいてグリムナがのうのうとしているのがよほど腹に据えかねていたのだろうか。確かにあの時すでにヒッテとグリムナの間には信頼関係が構築されていたように感じられた。しかしだからといって逆恨みしてロリコン疑惑をかけるなど、していい事ではない。彼女の証言自体も、自身の心証を語っているだけでどうにも信ぴょう性の薄いもののように感じられた。


「……それでね、世界樹を見た時にそこのグリムナがなんて言ったと思う? 「ちっちゃ」よ? 「ちっちゃ」! 世界を支える大樹に向かって「ちっちゃ」って!! ああ、これは、アレだな……この男、ちっちゃい奴が好きなんだな、って私は確信したのよね……」


 なんだか話が怪しい方向に逸れ始めた。関係あるような、ないような……しかし裁判長はエルフという種族に気を使ってか、なかなか言い出せない。


「……それでね、グリムナと、フィーに夫婦になるつもりはないのかって聞いた時も……ああ、フィーって言うのはそこにいる私の娘なんだけどね。この娘ってのがまた……外見は私に似ていいんだけど、だらしないというか……社会性がないというか……何度言ってもなかなか家業を継ぐ意思を見せなくて、ある時私、とうとう怒っちゃってね……」


「あの、すいません……要点をかいつまんで話していただけると……」


 とうとう裁判長の教育的指導が入った。


「はぁ? 何よあなたエルフの話が訛ってて分かりづらいって言うの? この差別主義者レイシストが! それはヘイトスピーチよ!!」


 差別主義者という単語を聞いて裁判長はギクリ、とした。そして同時に傍聴人席にいるアムネスティの眉がぴくりと動く。彼もやはりヤクザ集団の人権騎士団が怖いのだ。


「だいたいここ『花咲く都のローゼンロット』とかいう割には全然花が少ないじゃないの! エルフはもっと緑豊かな土地じゃないと森林力が枯渇して死んじゃうのよ!! 不細工で下劣なヒューマン共は平気かもしれないけど、エルフをこんな空気の汚い所に招くなんてそれだけでヘイトクライムよ!? 一体どうなってるのよヤーベ教国は!!」


 彼女の独壇場はまだまだ終わりそうにない。グリムナは一つため息をついた。久しぶりに会ったが、やはりめんどくさい女はめんどくさいままであった。

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