第104話 またお前か

「コラーッ!!」


 その甲高い声に全員が振り返り、いや、声のする方を見上げた。


「私の家にいたずらしないでくださ……アレ? グリムナさん?」


「ベ……ベアリス様……?」


 そう、グリムナ達をかわいらしい声で怒鳴りつけたのは、ターヤ森林王国の元王族、現在は追放されてアンキリキリウムの町でホームレスをしているはずのジェットコースター女、ベアリス(元)王女であった。

 見ると、前に会った時も着ていたワンピースを着ており、小脇には何やらバスケットボールよりも少し大きいくらいの土の塊のようなものを抱えて、肩にはこの間も持っていたスコップを担いでいる。


「こ、こんなところで何を……?」


 意外な場所で意外な人物に出会ってしまった事に驚愕しながら、グリムナが何とか声を絞り出す。


「見て分かりませんか?」


 分からぬ


 ベアリスはグリムナ達の答えを待たずして階段を使わずに、土塊を脇に置いてから、ピョン、とグリムナ達の立っている場所まで飛び降りた。しかしこの少女は結局このダンジョンで一体何をしているのだろうか。彼女からすれば『見ればわかる』ことらしいのだが、グリムナにはそれが全く分からない。遺跡の調査だろうか、それにしても王都を追放されて今はただのホームレスのはずの彼女が遺跡の調査などする意味がそれこそ分からない。


「家を作ってるんですよ」


 グリムナの隣で、彼の顔を見上げながらベアリスはそう言った。


「家か……」


 そうぼそりと言いながらグリムナは辺りを見回した。彼女はここで家を作っているそうである。しかしざっと見たところでは家などどこにも……


「えっ!? 家!? もしかしてこれがッ!!」


 グリムナが激しく首を左右に振ってダンジョンを見ながらそう言う。どうやらヒッテ達も事の次第が分かり始めたようで、狼狽えながらもダンジョンを見回す。


「えへへ、よくできてるでしょ? ここまで作るのに2か月近くかかっちゃいましたよ!」


 ベアリスが少し照れ臭そうに、しかし自慢げにそう言った。まさかのまさかである。この深さ3メートルほどもある巨大な穴を彼女一人で掘ったというのか。しかもこれがただの彼女の住居だというのか。


 先ほどは柱のイミテーションを見て、神殿にしては作りが『甘い』と感じていたグリムナだが、これが16歳の少女が趣味で作った自分の住居だ、となれば当然話は別である。


 精巧だ。


 むしろ精巧すぎる。ただの住居にここまで精密な加工が必要なのか。壁には全く用途上必要のない柱風の装飾が施してあるし、階段も自分だけが住処に使うのならはっきり言って必要のない物だ。その証拠に今ベアリスが現れた時は階段を使わずに飛び降りていた。しかも最初は石を削り出して作ったのかと見紛うほどの綺麗な加工面であったことも確かだ。


 グリムナはちらり、と奥の方にあるダンジョンの入り口と思っていた横穴を見る。その視線に気づいたようでベアリスはすぐに口を開いた。


「あ、そっちは寝室です。ダメですよ? 乙女の寝室に侵入なんかしちゃあ」


 そう言いながら笑顔を見せるベアリスであるが、はっきり言って乙女の寝室、というよりは巣穴である。


 さて、そうすると今グリムナ達が立っている一番深い場所は何なのか。この場所は先ほどの巣穴よりもさらに一段低くなったところに広めのスペースがとってある。何に使う場所なのか。一人で暮らすだけなら広間も前庭も必要ないはずだ。グリムナがそのことを聞くと、ベアリスは嬉しそうに答えた。


「ここはですね、プールです!」


「ぷーる?」


 思わず聞き返すグリムナ。それも仕方あるまい。普通の人間はプールなど一生知らずに過ごす。川や海で泳ぐことも一般的にはない。それこそ暇と金を持て余した王侯貴族か、武人の水練でもなければ『泳ぐ』こと自体一生せずに過ごすのだ。プールなど存在自体知らないのだ。


「そんなものを家に作って一体どんな利点が……」


「泳いだら、楽しいじゃないですか」


 グリムナはいろいろと頭の処理が追い付かなくなってきた。この辺の細かい所は正直言って彼女と問答しても仕方ないのかもしれない。前回会った時くらいから気づいてはいたものの、彼女は結構ぶっ飛んだ性格をしているのだから。


 さて、グリムナは一旦頭の中を整理して、一つ一つ疑問点を解決していくことにした。


「まずですね……アンキリキリウムにいたんじゃないんですか? なんでこんなところに家を作ってるんですか?」


「まあ、それには深い理由があるんですよ……」


 少し暗い表情になってベアリスは話し出した。


 彼女が言うには、ベアリスと数名のホームレスが協力し合って町の中にある広場で暮らしていたのだが、グリムナ達と別れたすぐ後に、役人が来て占有している場所を明け渡すように言われたのだという。所詮は公共の場所を不法占拠しているホームレスに過ぎない彼女らの立場は弱く、ほとんど抵抗もできずに追い出されてしまったのだという。


「くっそ、ゴルコークの野郎、ベアリス様の事をよろしくって言っておいたのに、正反対の事しやがって!」


 爪を噛みながら悔しがるグリムナだがベアリスがそれを諫める。


「仕方ないですよ。彼は代官とはいえ公僕ですから。公僕とは一部の市民ではなく全体への奉仕者でなくてはなりません。彼は職務を忠実にこなしただけです。税金払ってない上にターヤ王国の関係者の私は市民かどうかも怪しいですし」


 微笑みながらそう言うベアリスだが、グリムナは納得がいかないようだ。


「その……追い出されるときにベアリス様は役人やゴルコークに何も言わなかったんですか? 話を通せば多分保護してもらえたと思うんですが……」


「私は既に王家を追放された身ですからね。今更過去の権威を笠に着て何かしようって気にはなれないですよ。だから何も申し立てませんでした。それに、私だけが助かっても、他のホームレス仲間の人たちは追い出されてしまいますし」


 意外にも人間のできた発言である。王都にいる間にこの考え方ができていたらきっと追放されることもなかっただろうに。


 しかし、本来なら元王族。普通なら国を追放されても、別の国に亡命したり、有力な商人や貴族のもとで保護されるものであるが、まさかこのようにホームレスをしているなどとは父王でも想像できまい。さらにベアリスは続ける。


「で、ですね。仲間の人達とは別れて、私は適当にそのあたりの村をぶらぶらしていたんですが、ある時気付いたんですよ。どうせ金のない生活を送るなら、都市部よりもむしろ山に入った方がリッチな生活ができるな、って」


 リッチとは……


 グリムナはじめ全員が微妙な表情になるが彼女はそれでも言葉を続ける。


「で、どうせ誰のものでもない山の中で暮らすんならちょっとリッチなおうちでも作ってみようかな~、と」


 そう言いながらベアリスは階段を上って先ほどの土塊を取りに行った。それにしてもそんな思い付きだけでダンジョンと間違われるような建造物を作ってしまうのだから大したものである。


「それは一体……?」


 ただの土塊にしか見えないかたまりを大事そうに持っている彼女に不思議に思って疑問を投げかけたが、ベアリスはそれには答えずに、一度それを頭の上に掲げて地面に叩きつけ、それをもって答えとした。


 グリムナは「何が何だか分からない」という表情を浮かべているが、ベアリスはお構いなしに素の土塊を持っているスコップで粉々にしながら話す。


「これはですね、アリ塚です!」


 そう言いながら彼女は粉々になったアリ塚を山の形にしてから、中央を凹ませてカルデラ状にした。


「そこにあるかめを取ってもらえますか?」


 言われるがままグリムナはプールの隅に置いてあった瓶を持ち上げた。存外に重い。中にはどうやら水が入っているようである。それをベアリスに渡すと、少しずつ先程のアリ塚のカルデラの中に流し込みながらそれをこね始めた。丁度パスタを作るような感じである。


 アリ塚はやがてどろどろのセメント状の何かに変貌していた。いや、セメント『状』ではない。もしかしたらセメントなのかもしれない。ベアリスはグリムナ達にプールの外に出るように言うと、それを掌で掬って、プールの内側に薄く塗りだしたのである。


「こうやって、水回りになるところに塗って、乾燥すれば石膏のように固まって水槽になるらしいんですよ……」


 言いながら作業を続けるベアリスだが、グリムナ達はただただ阿呆のようにぼうっと見ているだけである。


 いったい彼女はどこへ向かおうとしているのか……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る