第8話 捕縛

「フフ……ねぇ、私たち、他の人にはどう見えるのかな……?」


 ラーラマリアの言葉にグリムナは何も答えず、死んだ魚のような目をしている。それもそのはず、この問いかけはもう4回目である。


「どう! 見える! かな!?」


 ラーラマリアの鈎突き3連発がグリムナの右脇腹にクリーンヒットし、苦痛に顔をゆがめる。


「……だ、だから『恋人同士』って、……そういう『設定』だろう……」


「は!はぁ~!? こっ、恋人同士って! なに調子乗ってるのよ! 潜入に調度いいからそういう設定でやってるだけなのに! 大した力もない回復術士が! 勇者と恋人って!? ちょ、調子乗りすぎじゃないのかしら!!」


 顔を真っ赤にしてグリムナの肩をバシバシ叩きながらラーラマリアがそう言う。自分で問いかけておいて答えたら否定する。いったい何がしたいのか。非常に面倒くさい性格である。


「あの……いいんだけどさ、あんまり大きな声で『勇者』とか言わない方がいいんじゃないのかな? 身分を隠して潜入してるんだから。」


「ま、まあ……それもそうね。ところで、歩くのも疲れたし、どこかで『休憩』しない? ほ、ほら! あそこの宿屋に『休憩』って書いてあるし……」


「そこの茶店に入ろうか……」


 まだ脇腹を押さえながらグリムナがそう言い、近くにあった茶店に入った。


 ふう、と一息ついて茶を飲みながらオープンカフェで二人が休憩していると、シルミラが小走りに近づいてきた。


「どうしたの?シルミラ。」


 ラーラマリアがそう質問すると息を切らしたシルミラが、少し呼吸を整えてから話し出した。かなり急いできたようだ。何か緊急事態のようである。


「レ、レニオが……レニオが攫われちゃった……」


「はぁ!?」


 グリムナとラーラマリアが綺麗にハモった。


 すわどういうことかとグリムナが質問する。シルミラが言うには二人で街を歩きながら作戦会議をしていたところ、街に出ていた代官のゴルコーク一行に見つかり、声をかけられたのだという。

 ただ、もちろん勇者一行ということに気づいたわけではなく、レニオの外見が大層気に入ったようで屋敷で働かないか、と声をかけられ、レニオが渡りに船とばかりにこれに応じて、そのまま連れていかれたのだそうな。『攫われた』とは少し盛りすぎである。


「んん……ちょっと待って……」


 グリムナが頭を抱えながら考え込む。


「一緒にシルミラが歩いていた時なんだよね? この状況で、ラーラマリアに声がかからず、シルミラを無視して、まず真っ先にレニオに勧誘がいった、と……」


 グリムナのこの言葉にシルミラが一気に不機嫌な表情になる。


「みなまで言わずとも大体わかるわよ……私だって釈然としないけど、実際そうなったんだから仕方ないじゃない。きっとやっぱりゴルコークはガチホモなのよ!」


 不満げな表情を見せるシルミラを置いて、ラーラマリアとグリムナが考え込む。形はどうあれ、レニオの潜入が成功したことになる。内部に入り込めたのだ、あとはレニオに任せた方が良いだろう。レニオが上手くやれるかどうかは彼次第だ。問題はそこから先、どうするかである。

 証拠をつかむまで早くとも数日かかるだろう。もし彼が屋敷の外部へ連絡を取る手段がない場合、彼が証拠を押さえることができたかどうかを知る術がない。さらに、証拠を押さえた後でいつ救出に行けばいいか、それも分からない。救出が早すぎても遅すぎても問題なのだ。


「と、なると、その時一緒に同行してたシルミラは正面から行って正攻法でレニオに連絡を取りたいって要求し続けた方がいいだろうね。友人か、彼女だと思われてるだろうから、それで自然なはずだ。」


「あなた達二人はどうするの?」


 グリムナの提案にシルミラは納得し、その先どうするかを尋ねる。

 グリムナはしばし思案してから言った。


「う~ん、まだレニオと知り合いってことは知られない方がいいかな。シルミラからの経過報告を受けて、救出のタイミングを待つ感じかなあ。」


「だったら……」


 ラーラマリアが席に飲食代金を置いて、グリムナの腕を引っ張って立ち上がった。


「ここでシルミラと話してるのを他の人に見られるのは良くないわ。もう行くわよ。」


 そう言ってシルミラを置いて店の外のストリートをグリムナを引っ張ったまま歩いて行った。


 グリムナの腕に抱き着くように引っ張りながら歩くラーラマリアにグリムナが声をかける。


「ちょ、ちょっと、ラーラマリア、引っ張らないで。いったん腕を離してくれよ。」


「何よ! レニオの時はそんなこと言わなかったじゃない! あんたやっぱりホモなんじゃないでしょうね!? レニオならよくて私ならダメなの!?」


「い、いや……そうじゃなくて、胸が、当たっているというか……」


 グリムナが顔を真っ赤にしながらそう言う。確かに腕に抱き着くようにしているのでラーラマリアの豊満な胸がグリムナの腕に密着しているのだ。彼にはそれが非常に気まずくてならない。

 これにラーラマリアが顔を真っ赤にして反論する。


「は、はぁ~!? 何言ってるのこの非常時に! こっちはまじめにやってるのにそういうセクハラ発言やめてもらえますぅ!? こっちは全然そういうアレじゃないのに、なんかそう意識されちゃうとこっちもアレになっちゃうっていうか~!!」

「だからどういうアレなんだって……」


 いつも通りの挙動不審なラーラマリアに疲れながらも突っ込みを入れるグリムナ。


「だ、だいたい! 勇者に腕組んでもらって『離してくれ』とか不敬っていうか~!」

「だから『勇者』とか大きな声で……」


「勇者? もしかして『勇者』ラーラマリアか? こんなところで勇者が何してるんだ?」


 歩きながらすったもんだしていると後ろから声をかけてくるものがいた。


「何よあんた……」


 不機嫌そうな表情で振り向きながらラーラマリアが答えると、声をかけたのは軽装な鎧に身を包んだ男であった。おそらくこの町の衛兵であろう。即座にラーラマリアが腰の剣に手をかけるのをすぐさまグリムナが止める。いくら何でも攻撃の判断が早すぎる。


「勇者? 聞き違いじゃないの? 噂の勇者がこんな田舎でブラブラしてるわけないじゃないの。」


 不機嫌な顔のままラーラマリアがそう受け答えする。もし一般人だとしたら衛兵相手にこんな横柄な受け答えはしないと思うが。


「怪しいな……聞いていた勇者の身体的特徴とも一致するし……ゴルコーク様のことを何か調べに来たんじゃないのか? ちょっと詰め所まで来い。尋問してやる。」


 この衛兵、有能すぎる。


「違うって言ってるでしょう! 勇者なんて知らないわよ! いい加減にしないと切り捨てるわよ!!」


 一般人は衛兵を切り捨てたりしない。


「ますます怪しいぞ。やっぱりお前、噂に聞いてる勇者と、その恋人なんじゃないのか!?」


「いかにも。話が分かるじゃない。有能な衛兵ね。」

「おぉい!!」


 グリムナが突っ込みを入れるが、もう遅い。

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