第367話 信心が足りない
「あんだけ自身満々で迷いおったんか、おう?」
「あぁ!? やんのかオルルァ?」
「やめなさいあんたたち!」
険悪な雰囲気のグリムナとフィーのにらみ合いをメルエルテが止める。
予想通り。
ほぼ全員(フィーとメルエルテ除く)の予想通り、
現在は休憩も兼ねて焚火を囲んで全員で作戦会議中である。
この森にも道がないわけではない。魔族の支配する領域、ウェンデントートへの街道はある。当然そこを歩いていけば問題なく街には着くが、しかしグリムナ達が今目指しているのはそこではないのだ。彼らの目指すのはこの森の最深部。
ヒッテが地図を広げる。細かい道は記入されてないものの、しかしこの森のおおよその外殻部くらいは地図に入っている。
里の外の人間の侵入を拒み、尚且つ『迷いの森』の結界の内部だけで生活を完結させる。
そう考えた時に必要な生活領域の大きさ。
そして必要な水源。
さらにコルヴス・コラックスだけで生活しているのならば、『血が濃くなりすぎない』ためには人口はどの程度必要か。
それらを考慮すれば、森の中のどの辺りに里が作れるかは、おおよそ絞り込めてくる。そこに向かって森の中を進んでいたのだが……
グリムナとフィーを諫めたメルエルテは話を続ける。
「私とフィーはしっかりやってたわ。でもグリムナとベルドはくっだらねぇどっかで聞いたような悲しい過去話くっちゃべって、真剣にやってないから道に迷ったのよ!」
「え?」
独断専行で歩いてた奴がまさかの責任擦り付けである。
「あんた達フィーの事信じてないでしょ!? エルフっていうのはそういうのに敏感なんだから! エルフの事を信じてないから、パーティーのエルフポイントが足りなくて迷っちゃったのよ! 信心が足りないの! 分かる!?」
「ええ……?」
メルエルテは両手を広げ、空中に向かって、誰に話しかけるでもなく声を発する。
「エルフを信じよ」
次いでフィーも同じように両手を広げた。
「エルフを信じよ」
グリムナが茫然としていると、メルエルテがキッと彼の方を睨み、小さく「ホラ」と促すように言う。
さらに二人はまた両手を広げる姿勢になって次の言葉を口にする。
「エルフを試すな」
「エルフを試すな」
またグリムナの方を見て、小声で「ホラ」と言う。
(え? なにこれ? 俺達もやる流れなの?)
グリムナが渋々、様子を窺うようにしながらゆっくりと両手を広げようとすると、ヒッテが口を開いてそれを止めた。
「さっき歩き回ってる時に気付いたんですけど、ただ迷ってるわけじゃないです。木に印をつけながら歩いてたから分かったんですが、まっすぐ歩いてるはずなのに明らかに同じ場所を何度もぐるぐる回ってました」
「迷いの森の結界か……」
干し肉をつまみながらベルドがそう言う。
「その『石』の使い方は、結局分かったの?」
グリムナが問いかけると、フィーはポケットからリヴフェイダーに貰った石を取り出して空に透かすように掲げて眺める。凄いアホ面である。この様子だと何も分かってなさそうだ。こんなことならばリヴフェイダーに詳細を聞いてから来るべきであった。
「とりあえず、今日はまだ時間がありますからもう少し進んでみましょう。何かわかることがあるかもしれませんし」
ヒッテの提案で、少し休憩してからもう一度森の奥に進んでみることにした。
「ヒッテ、本当にすまないが、あのバカエルフ二人の面倒を見ててくれるか? 俺はベルドを見てるから、あいつらが暴走しないように見張っててくれ。何するか分からん」
「すまん、『足は引っ張らない』なんて偉そうに言っておいて、結局このザマだ」
申し訳なさそうな表情でベルドが呟く。
ヒッテはしばらく呆けたような表情でグリムナの方を見つめていたが、やがてにこりと笑って応えた。
「分かりました」
「悪いな。なんか、いつもヒッテに頼りきりで……」
「いえ、ヒッテは、グリムナさんのそういう所、好きですよ」
唐突に『好き』と言われてグリムナはびっくりしてしまうが、ヒッテは顔を紅くして、慌てて直前の言葉をごまかすように付け加えた。
「ち、違います! そういう『好き』じゃなくて、人間的に好き、というか、その……」
ポン、とヒッテの肩が叩かれた。フィーである。
「メスの気配を感じて来たんだけど……」
「黙れ。巣穴に帰れ」
グリムナの言葉を無視してフィーは饒舌に語る。
「でも分かるわ、ヒッテちゃん。そこいらのスケベ野郎どもみたいに女にだけ甘いんじゃなく、こんなゴリラみたいな外見のむさい男にも優しい、そういう所に惚れたのよね?」
「聞こえてるんだが。誰がゴリラだ」
「しかもただのゴリラじゃなく過去に自分のケツ穴をねらった男! まさに『汝の敵を愛せ』、これはもう物語の発展を想像せずにはいられない!」
そろそろ殴って黙らせるか、グリムナがそう思った時であった。フィーが戻ってきたため一人で先頭にいたメルエルテがグリムナ達の方に声をかけてきた。
「ねぇ、これあんた達の知り合い?」
メルエルテは彼女の場所から10メートルほど先に落ちているぼろきれを指さしていた。
知り合い? ぼろきれが? 疑問の尽きないグリムナにメルエルテはさらに言葉を続ける。
「確かにこの魔力は見覚えがあるのよね……たしか、そこのガキンチョにかけられてた呪い……それに似てる気がするわ」
そう言いながらヒッテの方を指さす。ヒッテは「自分のこと?」という感じで小首を傾げながら自らの顔を指さす。
しばらく互いに話の通じない状態が続いていたが、動きがあった。文字通り、そのぼろきれが『動いた』のだ。
地面に広げるように落ちていたぼろきれは中心に渦巻くように巻き込みながら、捻り、盛り上がり、その中心から人の顔が覗いたかと思うと、いつの間にかフード付きのマントを羽織った中年のやつれた男性の姿に変わっていた。
「やはり、あなた達でしたか。あなた達なら歓迎です。ようこそ、コルヴス・コラックスの里へ……」
やつれた、青白い肌の男性。黒髪に、大分白髪が混じっている。年の頃としては50から60代といったところ、グリムナの親世代くらいである。
しばらくその異様な登場の仕方に呆けていたが、グリムナは「あっ」と声を上げた。どうやらこの人物に心当たりがある様だ。
「あんたもしかして、ヤーンの父親なのか?」
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