第373話 サイコメトラー

 それから何度実験しても、間に何人挟んでも、ニブルタは一度も間違うことなく小石がどの箱に入っているかを指し示した。


 グリムナはじっくりと考え込む。フィーとメルエルテは躍起になってニブルタのイカサマを暴こうと実験を繰り返している。


「ちょっと、最後に一回だけ、いいか?」


 そう言うとグリムナは三つの箱を一か所に固めて置き、そして全員にテーブルから反対方向を見るように指示をした。


 カコン


 おそらくは箱に小石を入れた音、その後少しして小さい音……おそらくこれは蓋を占めた音だろう。その音がした後、グリムナは全員にテーブルの方を向くように指示をした。


「ニブルタさん、お願いできますか?」


 グリムナがそう言うと、ニブルタはまた迷うことなく箱を選ぼうと……したのだが、手が止まった。


 ニブルタは「む……」と唸ってしばらく固まっていたが、やがて一つの箱を選んだ。しかしグリムナがその箱のふたを取ると、そこに石は入っていなかった。初めての誤答である。


「どういうこと? グリムナにはこの能力の正体が分かったの?」


 フィーの問いかけにグリムナは「まだそうとは言い切れないが」と前置きをしてから答えた。


「おそらくは、サイコメトリー能力だ」


「サイ……なに?」


 サイコメトリー


 その能力の定義は非常にあいまいではあるが、共通して言えるのは非生物である物質に人間の残留思念が残り、それを読み取ることができる能力である。


 なるほど、確かに人の感情や反応を見ながら答えを予想したのではなく、小石を入れた箱自身から人の記憶を読み取っていたのならば、ベルドの実験で誰も答えを知らない状態で出題をしたのに正解できたことの説明はつく。


 そしてグリムナは一か所にまとめた箱の中に、どれかに入る様に小石を投げた。そして、自分は投げた後、どの箱に入ったのかを見ずに蓋を閉めた。


 つまり、箱に入れた時から、自分にもどの箱に小石が入ったか分からないようにしたのだ。


 つまり、人の記憶と意思の介在しない実験の仕方をすると、ニブルタはこれを答えることができなかった。


「サイコメトリーなんて! そんな魔法聞いたこと無いわよ!!」


 フィーは叫ぶように否定しようとしたが、しかしメルエルテは冷静さを保ったまま答える。


「魔法じゃないみたいね……魔力の放出は感じなかったわ。そういうスキル……としか言えないけれど」


 しかしそれでもフィーは納得いかないようできょろきょろと辺りを見回す。


「そうね……たとえば……あ、ヒッテちゃん! そのペンダントちょっと貸して!」


 フィーが話しかけると、ヒッテは自分の首に提げられていた赤い宝石のペンダントを外し、彼女に渡した。


「ニブルタ、これが……そうね、ヒッテちゃんが誰から貰ったものか分かるかしら?」


 ニブルタはフィーからペンダントを受け取り、しばらく目をつぶってから答える。


「貰ったのは随分前ですな……5年……6年前か……人ならざる魔の者……名はネクロゴブリコン」


「なっ……ネクロゴブリコンですって!?」


 フィーが驚愕して歯の根をガチガチと鳴らす。


「なんてこと……」


 小さく声を漏らしてガックリと項垂れた。


(なんてことだ……合ってんのかどうか……分からない!!

 こんなことなら答えの分かる問題出せばよかった……)


 アホなのかこの女。自分が正解を知らない問題を出してどうするんだ。


(ネクロゴブリコンに貰った……? そうだっけ? 言われてみればそんな気もするけど、てっきりグリムナに貰ったもんだと思ってた……)


 フィーはちらりとグリムナの方を見る。グリムナもやはり驚愕した表情を見せている。


 能力のことを指摘したグリムナ自身も、これほどの高精度で6年も昔の事を言い当てられるなど思っていなかったのだ。


「くだらねぇ」


 ベルドが椅子の背もたれに体重をかけて、天を仰いで両手で顔を覆った。


「くだらねぇ……『人と人が分かりあう力』を期待してきてみれば、ふたを開けてみればイカサマみてぇな超能力か……」


「そんなことはありません」


 ベルドはこの結果に大層来た外れだったようだが、慰めるようにニブルタが声をかけた。


「『知る』ことは『分かる』事のきっかけに過ぎません。きっかけさえあれば、人は分かりあえるものだと思います」


 そう言いながら、ニブルタは、フィーの持ってきた石、ヤーンの遺骸のかけらを手のひらの中に優しく握っていた。


 おそらくはフィーがそれを持ってきたことで、ヤーンの『記憶』を受け取ったのだ。それは、彼らにとって、彼の『魂』が、無事この村に帰ってこれた、という事なのかもしれない。


「これは……コルヴス・コラックスがみんな持っている力なんですか?」


 ヒッテがそう尋ねると、ニブルタはそれを肯定した。


「これがリヴフェイダーさんの言っていた共感力の正体ってことですか……もしかして」


 このやり取りから、ヒッテが何かに気付いたようであった。


「ニブルタさん達が一万年も昔の、過去の出来事をまるで見て来たかのように正確に語るのって、本当に『見ている』からなんじゃないですか? サイコメトリーの能力によって」


「まさか、『見てきたように』じゃなくて実際に『見てきた』ってことか……?」


 グリムナが彼女の言葉に驚いて聞き返すと、ニブルタは笑顔でそれを肯定した。ヒッテは彼の返答に何か気づいたことがあったようで、ハッとして口に手を当てた。


「ヒッテのお母さんが『竜を見たことがある』と話したこと……覚えてますか?」


 そう。確かに言っていたのだ。その時は『竜と言ってもウニアの事ではない』か、『適当にホラを吹いただけだろう』という事で一笑に付していたのだが、コルヴス・コラックスの能力を知った今になると、また違った答えが出てくる。


「ニブルタさん、あなたは……竜を見たことはありますか? 竜とは、いったい何なんですか?」


「あなたがたは……もうおおよその事は分かっておられるのでは?」


 しかしグリムナ達は誰もその言葉には答えなかった。ある程度の考えはあるが、しかし推論の域を出ないものである。


「竜は……人が生み出したものです」


 ニブルタは遠くを仰ぎ見るように目線を外してゆっくりと語りだした。


 グリムナ達が言う所の『サイコメトリー能力』、それは元々フローキ達の一族が持っていた特殊スキルであった。この大陸の人たちに彼らの血が混じることでそれが広がったのか、それともこの大陸の人々も元々その力を持っていたのかは分からないが、今現在大陸のほとんどの人間が微弱ながらもこの力を持っているという。


 それはもはや『虫の知らせ』程度の力であり、とても今ニブルタが見せたような手品まがいの力とは似ても似つかないものであるが。


 そして、言い伝えにあるという竜の出現する条件。世が乱れ、末法の世となり、人々が絶望した時に出現するという。


 ならば、人々がこの世界に絶望し、自ら死を願うほどに疲れ切ってしまったのならば、その人々の願いをかなえるためにこそ竜は現れるのではないか。


「まあ、最後のはニブルタの推測に過ぎませんが」


 ニブルタはそう呟いてカップに入っていた白湯をくいっと飲み干した。

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