第102話 断罪イベント

 さて、エルフの隠れ里に着いて、翌朝のことである。


 メルエルテは自宅の一室で椅子に座っており、それを囲むようにグリムナ一行が立っている。断罪イベントである。


「いくら何でもやり過ぎです……」


 グリムナがそう彼女のことを咎める。なにを咎めているのか。もちろん昨晩の大騒ぎの件である。フィーに睡眠薬を盛り、グリムナをけしかけ、夜這いさせようとしたのだ。いくら何でも人権無視が過ぎる。


「見合いとか、そう言うレベルじゃないですよ……初対面の相手にいきなり娘の貞操を奪わせようとするなんて。自分の子供は所有物じゃないんです。親が子を好きに扱っていい権利なんてありませんよ」


 グリムナがそう言うと、メルエルテはふてくされながら反論をした。


「ふんっ、ヒューマンの村じゃもっと酷い事してるじゃない。食い詰めて子供を女郎部屋に売ったり、口減らしで殺したりなんてよくあることでしょう? それに比べりゃ私のした事なんて随分人道的よ? なにしろホモにしか興味を示さない不良少女に異性愛の素晴らしさを教えてあげようとしてるんだから!」


 だからと言ってやっていいことと悪いことの区別もつかんのかこの女は、とグリムナは言おうと思ったが、それより早くフィーが口を開く。


「なにが『素晴らしさ』よ。異性愛なんてチン負けメスイキするための前振りでしかないじゃない」


 ヒッテがグリムナの肘の辺りをちょいちょい、と指で叩いてきた。


「どうした? ヒッテ?」

「今フィーさんが何を言ったか分かりましたか?」

「いや全く」


 実際言葉の意味は分からない。しかし何がいいたいかは何となく分かる。どうせまたホモの話題に違いないのだ。彼女が必死で話しているときは大抵聞く価値はないし、聞いてもほとんど分からないから気にする必要もない。


「そうは言うけどさ、いろいろなことを経験することはあなたの作家としての実力にも繋がるんじゃないの? 実際あんたの性の描写って一本調子で飽きてくるのよ。あなた処女だからそういう詳しい描写できないんじゃないの?」


 メルエルテは今度は作家としての経験をたてに反論を試みた。数百年生きているだけあって口の減らない女である。


「なっ、しょっ……しよ、しょしょ処女じゃないっちゅーねん!」


 明らかに動揺している反論である。額に汗を浮かべるフィーの言葉には何の説得力もない。


「そうは言うけどさあ……」


 そう言うとメルエルテは椅子から立ち上がり、本棚から数冊の本をごそごそと取り出した。


「実際あんたの小説読んでみてそう思ったんだから仕方ないじゃない」


 なんと、娘のBL小説を読んでいたのだ、彼女は。フィーは一瞬たじろぐような姿勢を見せたものの、それで自分の信念を曲げるような女ではない。両者一歩も退かぬ姿勢である。


 メルエルテはそのままパラパラと本のページをめくり始めた。まさか、ここで読み始めるつもりか。


「『……そう言うと、ブロッズはグリムナの首に手を回しながらながら耳元に囁くように吐息をかけた……』あれ? この『グリムナ』ってそこにいるグリムナのこと? あんたこれ本人にちゃんと許可取ってるの?」


 当然取っていない。そこについてはグリムナも非常に思うところあるのだが、何にしろ本人の目の前でやるのだけはやめてほしいと彼は感じた。フィーだけでなくグリムナまでいたたまれない表情となる。


「まあいいや、もうちょっと先だったな……『二人はこれまで会えなかった心の隙間を埋めるように獣の如く激しく求め合ったのだった』……あなた、この『獣のように激しく』ってフレーズ好きよねぇ……こればっかじゃない」


 人は死後、罪の重さに応じて地獄に行くという。


 いったいどれほどの罪を重ねたら、『自作のBL小説を目の前で母親に朗読される』という地獄を味わうことになるのだろうか。


「このフレーズ気に入ってるのか知らないけど、実際獣のセックスって淡泊なだけじゃない? ……あれ?」


「みんなどうしたの? 黙っちゃって」


 もはや、メルエルテ以外の全員がいたたまれない表情をしている。これが数百年生きたエルフの実力というものなのだ。

 グリムナは彼女への非難は諦めて、自分たちの話を進めることとした。


「ともかくですね、ヒッテの手首にかけられてるレイスの呪いを、解いてほしいんです。できますか?」


 メルエルテはヒッテの方を眺めながら足を組んで座り直した。もはや完全に断罪されるものの態度ではなくなっているが、それを咎められるものなどいない。


「それね……呪いじゃないわよ」


 自らの髪の毛先をいじりながら事も無げにメルエルテはそう答えた。ヒッテを呼び、手首を出させ、それに優しく自分の手を添えて言った。


「これはね、メッセージよ。そのレイスが何者かは知らないけど、あなたに近いものを感じてこのメッセージを託したのね……いい? メッセージを開くわよ」


 そう言うとしばらくヒッテの手首にある痣をゆっくりとなでてから、フッ、と息を吹きかけた。すると、ヒッテの手首についていた痣が一カ所に集まり、やがて宙に浮いて小さい球状のもやになった。


……助けてくれ……


……ヤーンを……助けてやってくれ……


 そう、声が聞こえて、黒いもやは消えた。


「ヤーンを助ける……? どう言うことだ?」


「それは知らないわよ。ヤーンって知り合いなの?」


 ううむ、とグリムナは考え込んでしまう。まあ、知り合いと言えば知り合いだが、正直そんなによくは知らない。しかし、加害者だと思っていたヤーンに助けが必要とうはどういうことなのか。あのレイスは結局何者なのか。


「思うに、そのレイスってヤーンって奴の親族かなんかなんじゃないかしら? それでヤーンを助け出してほしいんじゃないの? 何から助け出すのか知らないけど」


 と、いうことなら確かに話は繋がる。メルエルテの言うとおりだ。そして助け出すとなると、もしやヴァロークから抜け出せるよう手伝って欲しいということではないだろうか。


「あなた、もしかしてコルヴス・コラックス?」


 ヒッテに話しかけたメルエルテの言葉に全員が疑問符を浮かべる。不穏な空気を感じ取って彼女はすぐに言い直した。


「違うの? 『歌い手の一族』とかいう……」


 彼女の口から出たのはネクロゴブリコンが口にしたのと同じ単語であった。思わずグリムナが聞き返す。


「それを知ってるんですか。今回の件と何か関係が?」


「多分、そのレイスと、ヤーンってのはコルヴス・コラックスの一族よ。コルヴス・コラックスには精神感応力がある。あなたがその血を引いてることにレイスが気づいて助けを求めたけど、あなたの精神感応力が弱くて伝わらなかったんじゃあないかしら」


 確かにヒッテの母親はネクロゴブリコンも言っていたが、歌い手の一族であろう。しかし父親は誰か分からない。つまりは純血ではないために精神感応力が足りなかったのかもしれない。


「ちなみに、ヒッテの母親は『竜を見たことがある』と言っていたそうなんですが、その、コルヴス・コラックスの能力で過去の出来事を見たりとか、できたりするもんなんですか?」


「さあ? そこまでは分からないわ。私もコルヴス・コラックスについては噂に聞いたことがあるだけで、会ったこともないし、どこにいるかも知らないしね。母親が適当ぶっこいただけなんじゃあないの? 母親って結構子供に適当なこと言うわよ?」


 なるほど、それは彼女を見ているとよくわかる。グリムナはもう一つ、気になることを訪ねた。


「ところで、前回の竜が現れたとき、メルさんは子供だったってフィーに聞きましたが、何か竜について覚えていることありませんか?」


 しかしこれにもメルエルテは色よい返事はしなかった。


「竜はヒューマンの国の方でばかり暴れてて、こっちには来てないから分からないわ。こっちでは竜の被害はなかったけど、その後何年も飢饉が続いてね。そっちの被害の方が酷かったわよ」


 やはり竜のことについてはあまり分かることはなかった。しかしここは元々の狙いであったヒッテの呪いが解けただけでも収穫であると言えよう。


「ちょっと事実をまとめた方がいいかもしれんのぅ……」


 バッソーがそう言うとグリムナは少し考えてからゆっくりと話し始めた。


「ヒッテの一族はコルヴス・コラックスと言って、精神感応力を持っている。そんで、ヤーンも、それに……あのレイスか。生きてるのか死んでるのかは分からないけど、ヤーンを助けてくれって……」


「でもヤーン自身がどこにいるか分からないからどうしようもないわよね?」


 フィーがそう言うと、グリムナは俯いて静かに喋った。


「まあ、そっちは会えたら、かなあ……なんの手がかりもないもんな……」


 彼からすると、カルケロの件でも一度ヤーンとは会って話がしたいのだが、現状ヤーンとヴァロークにはなんの手がかりもないので接触のしようがない。


「他は……正直大した手がかりは何もないな……予定通りカルケロのダイイングメッセージに従ってネクロゴブリコン……師匠に会いに行くか」


 グリムナはメルエルテの方に向き直って別れを告げる。


「メルさん、ありがとうございました……ご迷惑をおかけし……いや、迷惑をかけられ……? まあとにかく、俺たちは南に向かいます。さようなら」


 メルエルテは何も言わなかったが、不満そうに手をひらひらと振ってそれに答えた。


 グリムナ達はエルフの里を後にして南へと旅立っていった。メルエルテはしばらくそれを見送っていたが、しばらくしてからボソッと一言呟いた。


「このままじゃ終わらないわよ……覚えてなさい……」

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