第403話 炊き出し
破壊の限りを尽くし、竜は西へと去っていった。
方角からすればおそらくはピアレスト王国。最大の都市であるアンキリキリウムか、そこからさらに西へ行って王都スレッサントを目指すのか。いずれにしろその先でもまた哀しみの嵐が吹き荒れることだろう。
聖騎士ブロッズ・ベプトの先導により避難して行った市民たちは、およそ半数は散開するように、密集を避けて山中へと疎開し、もう半分ほどは更地となったローゼンロットへと戻って来た。
騎士団も魔法師団も壊滅し、今は残存兵は多少いるものの、すでに機能していない。合体巨大ロボ、ゲーニンギルグもすでに粉々になり民を守るものはこの首都にはいない。
なにより、雷雨と竜巻の中、神に抗う英雄の如く戦った大司教メザンザですら、竜を倒すことは出来なかった。
他の国にも、おそらくは、これほどの戦力は存在しない。つまり、人類は、竜に敗れ去ったのだ。もはやできることは、神に祈ることと、逃げ惑うことだけ。審判の時は来てしまったのだ。
絶望と共に、人々は安堵してもいた。
この残酷な世界にもやはり、神はいたのだと。
そして思った通り、人類は間違ったことを繰り返していたのだ。悪が跳梁跋扈し、善良なる人々が割を食う世界など存在してはならないのだ。
神が我々に、愚かな人々に罰を与えるべく動いたのだ。
『悪いこと』を『悪い』と叱ってくれる、人間以上の大いなる存在がこの世界にもいるのだ。
同時に、叱られるまでそれを理解できなかった悪い人間は全て滅ぼされるのだろう、とも理解していた。竜がまた戻って来たならば、次に死ぬのは自分達だろう、と。
レイティは竜と、大嵐によって破壊された町の残骸を前に呆然としていた。
「これほどまでとは……」
竜の復活を目指してヴァロークの一員として活動していた彼女にとっても、その惨劇の跡は予想以上のものであった。
もはや乱行に及ぼうという気概のある悪党すら、ローゼンロットの跡地には存在していない。ただただ、絶望の残骸が寄り集まり、洪水の跡の雑草のように、ただ立っているだけなのだ。
「滅んで当然……なんスよね……人間なんて」
「レイティ……なのか?」
誰に語り掛けるともなく力なく呟いた彼女に後ろから声をかける者がいた。振り向くと、そこにはボロボロの布切れをマントのように羽織った二人の黒髪の男女が立っていた。
「グリムナ……さん?」
レイティがそう呟くと、グリムナは彼女に駆け寄り、泣き出しそうな表情でレイティを抱きしめた。
「良かった……!! 生きていたんだな。……本当に、よかった」
レイティの胸がチクリと痛む。
自分はこの惨劇を巻き起こした、ヴァロークの一員であるというのに。もはやこの罪悪感に耐えられそうにない。いっその事ここですべての罪を告白してしまえば、少しは楽になるだろうか。そう考えた。
「ここに来る途中アムネスティにもあったよ。……それにしても、本当に無事でよかった。知っている顔を見られただけで、少しは元気になれた気がするよ」
しかし、おそらくこの男に罪を告白したとして、彼女が望むように、自分の罪を責めてはくれまい。きっとすべての罪を容易く許してしまうのだろう。
「ってか、あの悪魔に出会ったんスか……相変わらずだったッスか? あの女は」
知っている人物の名前が出てレイティも少し笑顔が浮かんだ。絶対に会いたくはない人物ではあるが、それでも自分の知っている人間が生きていると分かると少し軽くなる自分の気持ちに「現金なものだな」と、少し呆れた。
「アムネスティさんは、息子さんを亡くされて……少し、いや、かなり落ち込んでいるようでした……」
ヒッテがレイティの言葉に答えた。
「そうスか……あの女にも、そんな人間らしい感情があったんスね……」
軽口を叩きながらも、心の中でレイティは落ち込む。以前はアヌシュの件で彼女をなじっていたが、彼女の息子が亡くなったのが竜のせいだとすれば、その遠因は自分にもある。何のことはない、一皮むいてみれば自分だって同じなのだ、と。
「グリムナさん達は……何しに、このローゼンロットに来たんスか?」
そう言いながらレイティは辺りを見回す。ここが、この瓦礫の山が、かつての『花咲く都のローゼンロット』と謳われし風光明媚な首都の風景なのだと、言外に語っているのだ。
「ここが……そうなのか……」
グリムナも愕然とした表情を見せる。
「俺が裁判でさんざんな目にあわされたローゼンロット……」
レイティは思わず苦い顔をする。
「今は、あのあたりに少し集まってるのが全ての住人ッスよ……」
レイティがそう言うとグリムナはふらふらとその方向、集まっているかつての住人達に向かって歩き始めた。ヒッテは慌てて足取りのおぼつかないグリムナについていき、彼を支えるように腕に抱き着く。
「あ、どこ行くんスか……」
レイティがそう声をかけると、グリムナは立ち止まって顔だけで振り向いた。その表情には、力が感じられない。以前の、理不尽な目にあっても決して折れない強い意志の男は、いったいどこに行ってしまったのか。
「けが人が大勢いる……手当てをしてあげないと……」
そう答えると、レイティの反応を待たずにまたふらふらと歩いて行った。
一人残されたレイティは、行動原理としては変わっていないものの、以前と雰囲気が大幅に変わってしまったグリムナの様子に戸惑い、そして独り言を呟いた。
「ボクは……一体どうしたらいいんスか……」
「もし暇なら、炊き出しを手伝ってくれんかね?」
思いもよらずその独り言に応える声があった。彼女が振り向くと、そこには40代くらいだろうか、少しふっくらした、赤い衣装に身を包んだ大柄な中年男性がいた。この絶望的な状況にもかかわらず、笑顔をのぞかせている。
「だ……誰スか……?」
いぶかしげな表情で尋ねるレイティに中年男性は笑顔を見せる。
「え? 酷いなあ、俺の事忘れたのかい? はっはっは」
高らかに笑うが、しかし本当に身に覚えがない。こんな男性と自分は知り合いだったろうか、と首を傾げていると、その中年男性は懐からぼろきれを取り出し、形を整えてからそれを頭にかぶった。
「これでわかるかな?」
頭頂部の尖った、赤い覆面、これは確かに見覚えがある。
「ファング枢機卿!?」
「ちょっと服装が変わったくらいで分からなくなるなんてひどいなあ」
「分かる訳ないじゃないッスか!!」
さすがにいつも覆面をしていた男の素顔を急に見せられたからと言って分かるわけがない。というかこの男、巨大ロボの自爆で吹っ飛んだと思っていたが無事だったのか。
レイティが注意深く彼の様子を観察すると、彼はスコップを持っており、その足元にはいくつかの樽と鍋が乱雑に並んでいた。
「これか? これはその辺りの土の下を掘って、保存食を発掘できたんだ。誰の物かはもうこんな状態じゃわからないし、調理してみんなで分けようと思ってな」
レイティは彼の姿に我が目を疑った。この絶望と悲しみが支配している首都の残骸に、まだ足掻き、前に進もうという気概のある者がいたのだと。
「ボクが……ボクみたいな奴が、手伝っていいんスか……」
「もちろん! 大歓迎だよ!」
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