第122話 お金がない!

 ブロッズとの戦いに実質的に勝利を上げ、一路南の大国、オクタストリウムを目指して進むグリムナ一行。その足取りは意外にも軽かった。


 それもそのはず、これまで全く手がかりの無かったヤーンに関する情報をブロッズから得られたためである。これまでは正直言って何の当てもなく「ヴァロークが手薄だから」という理由だけで南を目指していたところ、ブロッズから得た情報により確実なヤーンの所在を掴んだのだから当然である。


 加えて南に向かうにつれ、世界樹や地母神の遺跡近くにいたときよりも格段に暖かくなってきている、そのことによる効果も大きかった。


 グリムナ達は情報収集をする必要がなくなったためヤーベ教国は慎重にパスし、西側にこれを迂回して現在はイセール共和国という国の商業都市、コスモポリという町の宿に宿泊していた。


「ご主人様、上機嫌ですね」


 宿で朝食を取りながらヒッテがグリムナにそう語りかけた。結局ブロッズとの衝突の後、ヒッテのグリムナの呼び名は「ご主人様」に戻ってしまったがグリムナ自身はあまりそれを気にしてはいないようである。

 グリムナにとってはあの時一度だけでもヒッテが腹を割って話をしてくれた、それだけで十分だったのだ。


 グリムナはむしゃむしゃとサラダを食べながらそれに答える。


「まあ、今までさんざん当て所ない旅を続けてきたからな。はっきりとした目標ができればそれだけでも心が軽くなるってものさ」


 気持ちよく答えたグリムナであったがフィーは頬杖をついてなんだか不機嫌そうな表情をしている。鶏胸肉のソテーを口に放り込みながらグリムナにもの申した。


「ふぅん……まあそれはいいんだけどさ、私の目算だと、そろそろ路銀が厳しくなってくるんじゃないの? その辺は大丈夫なの?」


 旅をすれば金がかかる。フィーの心配は尤もである。尤もであるが、しかしこの女は同行している誰にもあかしていないが、実は出版物で多額の印税収入があるのだ。

 それもグリムナを題材にしたナマモノ系のBL小説で、である。グリムナ自身もこの小説によって多大な迷惑を被っているのだから本来ならばそれをいくらか差し出してしかるべきなのであるが、このクズ女は当然そんな人間の出来たことはしない。


「ん~、それなんだよなぁ……」


 グリムナがとたんに険しい表情になる。サラダを食べ終えて、少し考え込むような表情を見せた。


「ま、あんたはヒッテと一緒に物乞いでもして食いつなげばいいんじゃないの? 私は申し訳ないけどそのところは別会計でやらせてもらうわよ……」


 奴隷と物乞いを一緒くたにするような発言をしたフィーをヒッテが睨むが、フィーは素知らぬ顔で答える。


「なによ、こないだだってベアリスのところで虫食べてたんでしょう? 私には無理だけど、ヒューマンならいざとなればどうとでも食っていけるでしょう」


 エルフの差別感情爆発である。さらにこの女はどこがどう繋がったのかつい最近「グリムナが自分のことを好きだ」と思いこんでいたようで、それを正面から否定されたのと、その後グリムナとヒッテがいい雰囲気になったのに気付いて以来、妙に二人に対して突っかかってくるのだ。


「まあ、実際路銀の件はどうにかしなきゃいけないしな……」


 ここでグリムナははぁ、と深いため息を一つついた。


「『アレ』を……やるか……バッソー殿、フィー、悪いが協力してくれるか?」


「な!? 『アレ』をやるつもりなのか……?」


 バッソーが顔を青くして答える。


「サラダしか食べてないと思ったらそういうことか……いつやるの……?」


 フィーも露骨に嫌そうな表情をして訪ねる。


「今日の昼……いや、飯時は避けた方がいいな……昼過ぎにやるから準備しといてくれ」


 重苦しい空気が辺りを包んだ。





 その日の昼過ぎの二時、町の広場で人だかりが出来ていた。この商業都市コスモポリは各地の商隊の拠点としてもよく使われており、その町の中心の広場は多くの人が行き交い、大道芸などをする人も多い。そこにグリムナとフィー、それにバッソーが陣取っていた。


「さあ、お立ち会いお立ち会い! 世にも珍しいマジックショーの始まりだよ!!」


 バッソーがそう声を張り上げると、集まった観衆から野次とも歓声ともつかない声があがった。グリムナは軽装でなにも持たずに立っており、フィーは黒い大きめの外套で体を覆っている。

 三人の前には人が一人寝られるくらいの大きさの材木が寝かせてあり、そのすぐ横にはなぜレバニラ炒めが置かれている。


 この世界にも奇術、マジックというものは存在する。しかし現実に魔術が存在する世界でその存在はあまり人気が無く、それだけで飯を食っている人間というものは皆無である。むしろ小器用さと軽業を駆使する大道芸の方が人気が高く、この広場に多くいる大道芸人の殆どが軽業師である。


 実際グリムナを囲んでいる聴衆の多くが期待に胸を膨らませている、と言うよりは「いったいなにを見せるつもりなんだ」と上から目線でニヤニヤと嘲笑しているようである。


「本日の奇術はこちら! 世界樹を守るエルフ、フィー・ラ・フーリによる人体切断マジックじゃ!!」


 バッソーがそう叫ぶとフィーがバサッと外套を脱ぎ捨てた。見目麗しく、スタイルのいいエルフの肢体に観衆が「おおっ」っと声を上げる。


 「なるほどそういうことか」と観衆が納得する。奇術とは名ばかりで実際にはこの美しいエルフによるセクシーショーなのだな、ということである。観衆が盛り上がるとさらに人が集まり、集まった人々がフィーの美しさに大いに期待を寄せ、さらに歓声を上げる。


 しかし彼らは知らないのだ。これから始まる地獄のショーの幕開けを。


「さあさあ、ここに取り出したるはエルフの里に古くから伝わる『世界樹のレイピア』、この世に切れぬものはないという業物よ!」


 澄んだ、よく通る声でフィーがそう声を上げると聴衆はおおっと歓声を上げる。当然『世界樹のレイピア』などという代物は存在せず、持っているのは彼女の普段使いのレイピアである。なんなら敵を斬ったことよりも藪の枝を払うことの方が多いような業物だ。

 しかし観衆は大盛り上がりである。フィーはいつもよりも少しおめかしして胸のあいた服を着ている。当然人の耳目を惹くためであるが、観衆は「やっぱエルフは美人だな」とか「美女は声も美しい」とか口々に彼女を誉め称える。まだ何もしていないのにだ。


(ちょろっ! ヒューマンちょっっろっ!!)


 フィーはフィーでこの観衆の声が悪い気はしないのだ。オタク気質で普段人の目に触れることはしないどころか旅にでる前はろくに外にも出なかった彼女だが、少しセクシーな衣装を着て人前に出るだけでこれほどまでにもてはやされるとは彼女自身思っていなかったのだ。


(不細工なヒューマン共クソちょろいわ!! 別に世界樹の守り人なんてしなくても私ヒモだけで食っていけるんじゃない!?)


 たったこれだけのことで彼女は有頂天である。さすがの調子コキだ。


 さて、フィーは足下に置いてあった薪を近くに居たおっさんに手渡して自分の方に投げるように促した。


「トウッ!」


 薪が投げられると、彼女は持っていたレイピアでそれを一刀両断にした。またも大歓声があがり、口笛が鳴り響く。試し斬りであるが、確かに重量のないレイピアで薪を両断、それも空中で、となるとなかなかそんな芸当が出来る人間は少ない。フィーの足下には早くも数枚の投げ銭が落ちた。


(ヒューマン本当ちょろいわ!! 箸が転がっても可笑しい年頃か! もうグリムナがなんかしなくても私の薪割りだけで食っていけるんじゃないの!?)


 オタクとはなぜこうも調子に乗りやすいのか。しかし、まだ人体切断マジックなど始まってもいないのにオーディエンスの盛り上がりは最高潮である。


「さて、この『世界樹のレイピア』の餌食となり両断される悲しき生け贄は、あ、スパチャありがとうございます。こちら、やがて世界を救う英雄、グリムナァッ!!」


 バッソーがそう紹介し、グリムナが両手をあげてそれに応えると観衆は大ブーイングでもってそれを迎えた。

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