第273話 話は聞かせてもらったぜ
「よりによってオズ・ヒェンタープーフか……」
会議室の机でトットヤークが苦々しそうな顔でそう呟き、眼をこすった。
「そのぉ……今更ですが、例の『王女』を人質に降参を迫ればよかったんじゃ……」
「バカ言え!」
会議机に着席している幹部の発言をトットヤークは一蹴した。
「あんな偽物のグール、すぐに見抜かれるのがオチだ! よしんばうまく騙せたとしても、元々あのヒェンタープーフってやつはベアリス王女と折り合いが悪いんで有名な奴だ。ヘタすりゃこれぞ好機とばかりに王女ごと殺そうとする可能性だってあるぞ!!」
会議室がざわつく。幹部たちは「ええ?」「まさか」と口々にぶつぶつと言っているが、しかしそんな案をいくら出したところでベアリスはもう追放してしまったのだ。騙せようが騙せなかろうが、アレが本物だろうが偽物だろうがすでに詮無き事。今はなすべきはそこではない。
「とにかく! あのヒゲじじいを迎え撃たなきゃならん! 戦況はただでさえよくないんだ! ここで負けたら革命の炎は消えちまう! 籠城するか、森林地帯で強襲するか、二つに一つ、策を考えなきゃならんのだ!!」
その時、バァン、というドアの開く音と共に少女の大声が鳴り響いた。
「話は聞かせてもらったぜ!!」
全員が振り向く。そこにはやせっぽちのプラチナブロンドの少女が立っていた。
「ひああぁぁぁぁ戻ってきたああぁぁぁぁぁああ!!」
突然のベアリスの登場にトットヤークが椅子から転げ落ちながら驚く。スーモも大変に取り乱している。
「あややや……き、聞いたことある……捨てても捨てても戻ってくる人形! 呪われた人形! か、髪が伸びる……」
「え……そりゃ髪ぐらい伸びますけど」
「やっぱりいいぃぃぃ!!」
何がやっぱりだ。
「あのですねぇ、別に皆さんのコントを見るために戻ってきたわけじゃないんですよ」
お前も含めてコントだ。
「今必要なのはヒェンタープーフ将軍の対策でしょう? そして私はこのカルドヤヴィを戦場にしないためなら協力する意思があります!」
突然のグールからの救援の申し出。トットヤークは事態を把握しかねてはいたが、しかしゆっくりと立ち上がり、椅子に座りなおしてから答えた。
「百歩譲ってだ。……百歩譲ってお前がグールじゃなく、本当にベアリス王女だったとして、だ」
「百歩も譲ってまだそこですか」
「なぜ俺達に協力する? お前は王党派のビュートリットのところから攫われてきたんだろう? うまいことやって逃げ出せたってのになんでわざわざ戻ってくる? 俺達は敵だろう」
そう。トットヤークからすればまずそこが謎である。人質にされるか処刑されるか、このフィンベルク城はベアリスにとって死刑囚の拘置所にも等しい場所であったはず。ならばなぜせっかく首尾よく出られたのにわざわざ戻ってきたのか。それが彼には分からない。
「だから言ったじゃないですか。私はこの国の王族、民を守る義務があります。この首都が戦渦に巻き込まれそうだというのにどうしてそれを見逃せましょう。いや見逃せまい」
見事な反語である。
「それが分からねぇってんだよ!」
トットヤークが机をドンッと叩いた。この男、相手が人間と分かると強気だ。
「てめぇ分かってんのか? 俺達はお前の親族を全員処刑したんだぞ!? 悔しくねぇのか? 憎くねぇのか? そんな奴になぜ協力する!? 俺達をハメる気だろう!」
この問いかけにベアリスは答えず、目を伏せ、ゆっくりと近づいてトットヤークに詰め寄った。トットヤークは思わずのけ反ってしまう。気圧されたのではない。臭いからだ。
「憎くないわけないでしょう……」
その瞳は確かに激情に満ちた瞳であった。普段は物腰が柔らかく、深刻な事態でもあくまで飄々とした態度をとり続けるベアリスには珍しく、怒りを滲ませていた。
「親兄弟を殺されて、相手を憎いと思わない人がいると思いますか?」
そのあまりの迫力に、スーモが腰に差した剣の柄に手を伸ばしたが、ベアリスはすぐにいつもの表情に戻った。
「そりゃあなた達が権力欲に取り付かれて反乱を起こしたって言うなら絶対に許しませんけどね? でも違うでしょう? この国の未来を憂いて、民のために立ち上がったんでしょう?」
ベアリスの言葉に、トットヤークは「もちろんだ」と自信をもって答えた。
「家族を殺されたのはそりゃ腹が立ちますし、あなた達の革命が正義だったとも思いません。あなた達のとった方法が正しいのか正しくないのか、それは後世の歴史研究家にでも任せるとしましょう。ですが、あなたがそれを『正しい』と思ったのなら、迷わず『そうすべき』です」
(なんなんだ、この女は)
トットヤークは、前日牢屋で見た時とは別の、ベアリスに対する底知れぬ『異質さ』に恐怖心を感じていた。ここまで割り切れるものなのか。いや、先ほどの眼差しを見ると割り切れているわけではないことは見て取れる。
重要なのは……
そう、重要なのは、『割り切れていない』にもかかわらず、それを『理性で抑え込んでいる』という尋常ならざる精神の強さである。本能的に『この女には敵わない』と、トットヤークは感じ取ったのだ。
「でも、そうですねぇ。信用できないって言うなら、一つ交換条件を設けましょうか……」
ベアリスはトットヤークから離れ、テーブルにドン、と両手をついて周りを見回してからゆっくりと口を開く。
「カルドヤヴィからの撤退……それと引き換えにヒェンタープーフの進軍を止めましょう」
「なっ……」
「皆さんの目指す世界は身分制度のない平等な共和制でしょう。それならば私はターヤ王国の元首として、改革を推し進めることを約束しましょう。つまり、あなた方がヒェンタープーフとの戦いで死ぬことは、犬死にでしかありません」
この言葉に会議室にいた幹部連中は猛り狂った。
「ふざけるな、信用できるか! 貴族の豚め!!」
「我らに全面降伏しろというのか!?」
そう、首都からの撤退。それは革命軍にとっては敗北を意味する言葉である。敗北の代わりにヒェンタープーフの進軍を止める。それは一見すると全く意味のないことのように見えたのだが、しかしベアリスの見ているものは違うのだ。
「目的を見誤らないでください。あなた方の敗北とはなんですか? それは革命の失敗ではないですか? 革命とはすなわち民主化でしょう。私はその民主化は約束すると言っているのです」
ベアリスは見事な堂々たる論説を繰り広げるが、しかし革命軍の怒りは収まりそうにない。まるで動物園のような吠え声が会議室にこだまする。
「貴族の言ってることなど信用できるか!」
「数百年にわたり民衆から搾取してきた奴が何を言うか!」
言っている内容は大同小異、ほとんど同じである。しかし怒号の飛び交う会議室の中、トットヤークがスッ、と手を上げると、場は静まり返った。ベアリス関連ではとんだ醜態を見せたものの、しかしやはりこの男の影響力は甚大なのだ。
トットヤークはゆっくりと口を開ける。
「さっきからてめぇ……本気で言ってんのか……?」
トットヤークはドン、と、手を会議机の上に乗せ、噛みつくのではないかと思われるほど近くでベアリスを睨む。
対するベアリスは全く臆することなく睨み返す。
しばらく無言でにらみ合いが続いたが、やがてトットヤークは距離をとって落ち着いて話しかけた。
「約束が果たされねば、お前はどうする?」
ベアリスはまだトットヤークを睨みつけたまま、右手の人差し指と中指を立てて、自分の首筋に当てながら答えた。
「この首を、差し出しましょう」
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