第274話 さっすが~、オズ様は話が分かる
「何を休んどるかぁ!! しっかり行軍せんかいぃ!!」
「サー! これでも全軍、力の限り行軍しております、サー!」
森の中の街道をすさまじい轟音の怒声が鳴り響く。1万人規模の軍隊の行進。その中央に陣取っているのは、騎馬に跨った禿げ頭に胸まである白いひげを蓄えた老人。箒のような見た目であるが、何を怒っているのか、顔は真っ赤である。
口でクソをたれる前と後に「サー」をつける、隣にいる副官の言葉を受けて、彼は急に立ち止まった。それに合わせて副官も馬を止める。
「貴様ァ! 上官に口答えするかぁ!!」
そう言うとひげのじじいは馬から副官の方に跳躍しながら殴りつけた。二人は絡まるように馬から転がり落ちる。
「サー! 申し訳ございません、サー!」
「声が小さあああぁぁぁい!!」
馬から転げ落ちても二人のコントは終わらない。
この二人、髭じじいの方がターヤ王国の猛将、『激昂』の二つ名で知られるオズ・ヒェンタープーフであり、殴られている方が彼の副官、いや本来は引退していたので元副官、ウェンローである。
周りの兵士達も足を止めてこのやり取りを見つめている。中には肩で息をしている者も多い。苛烈な行軍で知られるオズ・ヒェンタープーフ将軍の作戦中、数時間おきに繰り返されるこのコントの時間だけが唯一の休憩である。
ウェンローは行軍中、周りの状況を見ながら、兵の疲れを感じ取ると、定期的にヒェンタープーフのカンに障る様な言葉を吐いて兵を休ませるのである。自身は殴られながら。
そういった細やかな気配りの上でヒェンタープーフの強行軍はいつも成り立っているのであるが、結局彼は引退した後も、それに気づいていない。
「おじい様、あまり怒ってばかりいると、また血圧が上がってしまいますよ」
2人がコントを繰り広げていると、後列から葦毛の馬に乗った物腰の柔らかい少年が声をかけてきた。
「おお、おお、バァッツ! この老いぼれの体調を気遣ってくれるとは、ほんにお前は優しい奴じゃのぅ」
瞬間、先ほどまで達磨の如く顔をしかめていたヒェンタープーフの表情がエビス顔になる。目じりがこれでもかと下がり、髭で隠れているものの、口角は逆に上がり、まるでそこらにいる好々爺のような顔である。どうやら話からするとこの少年はヒェンタープーフ将軍の孫のようである。激昂の二つ名を持つ彼も孫には弱いようだ。
「バァッツ、バァッツや、もう少しじゃ。もう少しでこの国はお前の物じゃぞ。カルドヤヴィを落とせば革命軍の如き烏合の衆など敵ではない。首都も王宮も全部焼き払って再開発じゃ」
言ってることが無茶苦茶である。このジジイぼけてるんじゃないのか。
「お、おじい様……前から言ってますが、それ本気なんですか? そのぅ、南部の方で、ベアリス様が戻ってきたって噂ですけど……」
「ほほ、あんな小娘が戻ってきたからなんじゃ? そも、彼奴は追放された身。まあ、追放してやったのはワシじゃがな。機会を見て、そんな小娘ぶっ殺してやるわい。お前は自分が国王になった後の心配だけしておればよいのじゃ」
もはや正気なのかどうかすら疑わしい内容の、与太話を続けるヒェンタープーフ。ぼけてしまってそんな事を言っているのなら、将軍として問題があるし、この発言が全て事実でもそれはそれで大いに問題がある。バァッツと話を続ける将軍にウェンローが話しかける。
「将軍閣下、そろそろ行軍を再開しましょう」
「じゃぁっかしぃわ!! このボケェ!! 今ワシとバァッツが話しておるじゃろうがああぁぁぁ!!」
ヒェンタープーフの鉄拳制裁により、またもウェンローの身体が宙に舞った。
さて、その頃行軍の先頭ではちょっとしたトラブルが起きていた。彼らも後ろが止まったことに気付いて、それぞれが休憩を取っていたのだが、その彼らの道の先をふさぐように、一人のワンピースを着た痩せっぽちの少女が立っていたのだ。
仁王立ちである。腰に手を当て、これでもかと薄い胸を張り、ドヤ顔で立ちはだかる。そのあまりにも自信満々な表情に、兵士たちも困惑している。そのうちの一人が思い切って正体不明の臭い少女に声をかけた。
「今はまだ休憩中だが、行軍の邪魔だ。どっかに消えろ、小娘」
すると少女は全く臆することなく、ようやく話しかけた兵士に待ってましたとばかりに答えを返す。
「ヒェンタープーフ将軍に伝えてください。ベアリス王女がお話があると」
「べっ、ベアリスって王女の!?」
「そういえば、遠くからしか見たことないけど外見上の特徴は一致するぞ。すごく臭いけど」
「なんでこんなところに!? 偽物じゃないのか?」
口々に兵士たちがざわめき立つ。
「偽物も本物もありません。私がベアリス王女です。ヒェンタープーフ将軍にお話があります。取り次いでください」
堂々たる物言い。『臆する』という言葉を知らないベアリスの威風堂々たる態度に兵士たちはたじろぎ、気圧される。
「どうする? 本物じゃないのか?」
「しかし偽物だったらどうする。将軍に殴られるのは俺、嫌だぞ」
ざわつき、色めき立ちながらも何人かは将軍の元へ走って行った。騒ぎを聞きつけてか、続々と兵士たちが集まり、騎乗の者達、『騎士』も来て森の中に人だかりができつつあった。
(まずいな……逃げ道がなくなっちゃった……)
ベアリスは取次に行った兵士を待ちながら周囲の様子を確認する。木がまばらに生えている森の中、ベアリスの陣取っていた街道の真ん中を中心に、人だかりはどんどんと大きくなっていっており、ベアリスは完全に囲まれる形となった。
さすがにこれだけの軍隊に囲まれるとベアリスも怖気づく。彼女はポケットの中の『野風の笛』をぎゅっと握った。
(大丈夫、私にはお父様がついているんだ。きっとうまくやれる。それに、グリムナさんなら、どんなに絶望的な状況でも諦めたりはしない……)
―――――――――――――――――――――――
「なぁにぃ!? ベアリスだとぅ?」
「ひっ、そうであります、サー!」
ゴッ、と、鈍い音が響いて報告に来た兵士の顔にヒェンタープーフの拳がめり込んだ。殴ったことに特に深い意味はない。
ヒェンタープーフの顔はまた達磨のような激昂の表情に戻っていた。
「案内しろ!」
ウェンローに抱え起こされた兵士はふらつきながらゆっくりときた道を引き返す。まさに青天の霹靂ともいうべき情報であったが、ヒェンタープーフは移動しながら考えをまとめる。
(なぜベアリスがこんなところに……? 生きとったというのは本当じゃったか。しかし、なぜ南部ではなく、首都に?)
馬に揺られながらヒェンタープーフはちらり、と周囲を見渡す。
(この情報はまだだれも掴んどらん。つまり、ワシが最初に見つけた情報じゃ。ならば、握りつぶすのが最善! そう、ワシ等ヒェンタープーフ家がこの国の権力を握るにあたって最大の邪魔者は革命派ではなく王家の生き残り)
ヒェンタープーフが馬を進めるとモーゼの十戒の海割りの如く人垣が割れてゆく。やがて、小さく、道の真ん中に仁王立ちしている少女の姿が遠くに見え始めた。
「おじい様、僕、年も近いので何度か会って話したことがあります。まだ遠くてよく見えませんが、間違いなく王女様ですよ! やっぱり生きてらしたんですね」
バァッツの言葉にヒェンタープーフはにやっと口の端を歪める。
(僥倖じゃ! この情報を最初につかんだのが他の誰でもなくワシじゃったこと! これはもはや天の導きとしか思えぬ。天がワシに『この国を盗れ』と言っておるのじゃ!)
やにわにヒェンタープーフは馬の速度を上げる。
「偽物じゃ! ぶち殺せええぇぇぇい!!」
ヒェンタープーフは抜刀した。周囲の兵士たちは突然の展開に呆けている。
(そして! 仮にこの件が明るみになっても、ワシが「偽物だと思ったら違ったみたい。てへぺろ」と言ってしまえば、それを咎められる王はもうこの国にはいない!)
そう、先ほど言っていたベアリスを亡き者にして国を手に入れる、という妄言。あれは本音だったのだ。
しかし周囲の兵士は呆然とするばかりで動こうとしない。このままでは逃げられかねないと思ったヒェンタープーフはダメ押しの言葉を発する。
「身分詐称の小娘をぶち殺せ! 早いもん勝ちじゃあ!! よぉし、この女はお前達にくれてやる。好きにしろぉ!!」
この言葉にはさすがに兵士たちの心も踊った。何しろつらいことばかりでうまみのないヒェンタープーフの強行軍。女も長いこと抱いていない。そんな時に斯様な美しい少女を好きにしてよいといわれたのだ。
事実、苛烈で知られるヒェンタープーフの軍隊で反乱がおきないのは略奪や強姦に彼が寛容だからである。
「さっすが~、オズ様は話が分かる!!」
ベアリスの周囲にいて様子をうかがっていた兵士達も我先にと走り出す。
「はぁ……まあ、なんとなくこうなるような予感はしてましたけどね……」
ベアリスはこの異常事態にも取り乱すことなく、一つ深いため息をついて、ポケットから先がはみ出た状態で入っていた黒い『野風の笛』を取り出した。
「てへぺろぉ!!」
十分に加速したヒェンタープーフが掛け声とともに剣を振りかざしベアリスに肉薄する。
ベアリスはゆっくりと笛に口を押し当て、そして『野風の笛』を吹いたのだった。
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