第272話 追放(2年連続2度目)

 ベアリスは、ゆっくりと歩を進める。


 夏もそろそろ終わりである。しかしまだ朝方、心地よい風が彼女の頬を撫でる。思えば、こうやって思う存分に陽の光を浴びるのはいつ振りだろうか。


「まさか本当に追放されちゃうとは……」


 彼女はくるりと後ろを振り返る。首都カルドヤヴィにそびえたつ白亜の城、フィンベルク城。しかしノイシュバンシュタイン城の様な高層の城というよりは漆喰で作られた日本の城に近いような実戦的なつくりである。遠くから眺めると羽を休めている白鳥のように見えることから白鳥城とも呼ばれる。


「本当にいいのかなぁ……」


 ベアリスは少し困ったような表情でそう呟いた。彼女はこの城から追放されるのは二度目である。一度目は『パンがないならブリオッシュを食べればいいじゃない』発言が問題視され、父王により追放され、二度目はネズミの死骸に湧いたウジ虫をつまんでいたら、なんだかよく分からないけれど追放された。よくよく追放に縁のある女である。


「さて、どうしましょうかねぇ……」


 ベアリスはそう言いながらごそごそとポケットの中身をまさぐって外に出す。ポケットの中にあったものはグリムナから受け取った、ターヤ王国の至宝『野風の笛』と追放される際にトットヤークから渡された金子きんす。意外にも解放軍はそういうところは紳士的であった。祟られたくないかもしれないが。


 とにかくベアリスは近くにあった食堂に入ってパンと肉のスープを注文して食べることにした。何をするにも腹が減っては戦はできぬ。


「久しぶりのちゃんとした食事……やっぱりちゃんと調理されたものは美味しいですね……塩気がある」


 食事をしながら、ベアリスは「どうしたものか」と考える。無事解放されたのだから別にビュートリットの場所に帰ればよい。ここからビュートリットのいるカルティッシウムまでは約百キロの道のり。ベアリスの健脚ならば4・5日で踏破できる道のりなのだが、しかし本当に帰っていいものなのか……自分はここで何かするべきことがあるのではないか、そう考えていたのだ。


 食事を続けていると、昼飯時で後から店に入ってきた市民たちの声が聞こえてくる。


「ヤーベ教国の首都で『竜』が現れたってよ……結局すぐ消えたらしいが、ローゼンロットは町がボロボロらしいぜ」

「ホントかよ……竜って、伝説の竜か……?」


 話の中心は南の方角で現れた『竜』の事であった。


(とうとう竜が……グリムナさん達どうなったのかな……)


 ベアリスはともに旅した仲間、グリムナ達に思いをはせる。グリムナの性格ならすぐに助けに来そうなものであるが、しかし来ていないということは、自分の居場所を知らないのか、その『竜』に対処するために南に行っているのだろうな、と考えた。


 他に話として聞こえてきたのは、やはりこのターヤ王国の内戦の話ばかりであった。皆一様にこの国の状況を憂い、先行きの不安を感じているようであった。まさに、世界に絶望の色が濃くなってきている、ベアリスはそんな印象を受けた。


「そういやあさ、王室の最後の生き残り、ベアリス王女だっけ?」


 話し声に自分の名前が聞こえてきて、ベアリスは耳をそばだてる。


「ああ、あのひでぇ発言して国を追放されたっていうバカ王女だろ? 『パンが無いならケーキを食べろ』とか……」


(うう……すみません……)


 自身を非難する声であるが、事実なのでベアリスは言い返せない。


「革命派に殺されたって噂だったけど、生きてたらしいぜ?」


「マジか? 国が大変な時だってのに、いったいどこで何してんだろうな?」


(あなた達の目の前でパンとスープを食べてますよ……)


「そんな事より早く避難しねえとやべえかもしれないぜ。王党派はあの『激昂のヒェンタープーフ』が出てきたって噂だ。革命派ももう終わりさ」


(え?)


「あのじじい引退したんじゃなかったのか? 王国のピンチにいてもたってもいられなくなったってことか?」


「そ、その話! 詳しく聞かせてください!」


 ベアリスは思わず立ち上がって話をしていた男たちに走り寄って訪ねた。『激昂のヒェンタープーフ』その名に聞き覚えがあったからだ。男たちは急に話に入ってきた少女に少し驚いているようである。


「お、おう……なんだお嬢ちゃん。詳しい話ったって、今話したのが全てさ」


 男は鼻をつまみながら答える。


「この町はもうすぐ戦場になんのさ。かつて王国最強と謳われたヒェンタープーフ将軍が兵を率いてもう目と鼻の先まで来てるらしいからな。どっちが勝とうが、ひでぇ戦場になるぜ。今のうちに逃げといた方が賢明だな」


「な……なんてこと……あのヒェンタープーフ将軍が……」


 ベアリスはわなわなと震えながら自分の席に戻った。ストン、と椅子に腰を落としてから俯いて考える。


 『激昂のヒェンタープーフ』……森林王国ターヤの有力な将軍であり、元々は北方蛮族からの攻撃を何度も退けた猛将として知られる。ベアリスの記憶が確かなら年は60過ぎ。体調不良で退役したと聞いていたはずであった。


 そして、このヒェンタープーフはベアリスの天敵でもある。


 筋金入りの若者嫌いで懐古主義の化け物。10歳の頃には『最近の0代は辛抱が足らん』と発言したという噓かまことか分からない逸話があるほどだ。


 しかしターヤ王国の重鎮であり、ベアリスの祖父の代の頃からの功労者でもあるため国王も強く言えず、納得のいかない施政があれば王宮まで直接殴り込みに来ること数知れず。


 そんなヒェンタープーフとニートで国士様だったベアリスが上手くいくはずもなく、顔を合わせれば説教が始まり、1時間ならまだよい方、虫の居所が悪ければ3時間以上も廊下で辻説教されることもよくあったのだ。


 さらに彼は戦場では『激昂』の二つ名に恥じない苛烈な進軍を見せる。


 裏切り者、軍紀を乱すものは容赦なく処刑。行軍について来られない者は見捨てる。そのくせ略奪行為については軍人の当然の特権と考えているらしくえらく寛容。そして当然ながら敵軍には一切の容赦の心を持たない。それがまだ他国の人間や蛮族ならよいのだが、此度は内戦である。


(あの人が本気で戦ったなら、このカルドヤヴィが地獄になるのも想像に難くない……)


 ベアリスは顔面が蒼白になった。このままカルティッシウムに帰るか、こちらに向かう軍隊があるのならそれに保護してもらうのが最善と思っていたが……


(よくよく考えれば私は王族なんだから……何があろうと国民を守らなくっちゃ。自分だけが助かろうなんて、虫が良すぎる……)


 ベアリスは顔を上げ、天井を睨みつけた。


(そうだ。グリムナさんが何があっても仲間を助けるのと同じように、私だって国民を助けなきゃ!)

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