第284話 次の目的地

「そう言えばさあ」


 一通り話が終わるとネクロゴブリコンが奥の方にあるかまどで火を焚き、お茶を全員分淹れた。

 大きなテーブルはないので各自適当に石の上や地べたなどに座って休憩しながらそれを飲んでいる。洞窟の中は相変わらずランタンの弱弱しい光が照らし続けている。


 フィーの言葉にヒッテとネクロゴブリコンが顔を上げると、彼女は言葉を続けた。


「ブロッズ・ベプトってあなたの弟子だったの? つまり……グリムナと穴兄弟ってことなのよね?」

「兄弟弟子です」


 ヒッテが即座に訂正すると、ネクロゴブリコンは木製のカップから顔を上げて記憶を探る様に目を細めて話し始めた。


「本人から聞いたのか? まだ儂の事を師匠と思ってくれているとはな……」


 そう言ってネクロゴブリコンはカップを地べたにコトン、と置いた。ゴブリンの表情を読み取るのは難しいが、懐かしむような、悲しむような、そんななんとも言えない表情であった。


「まだ奴がほんの子供の頃じゃ。森に迷い込んだ貴族の小僧っ子をしばらく保護してやった……ただそれだけじゃ。師匠というほどのものでもない」


「でも向こうはそうは思ってないわよ」


 フィーもカップを地べたに置いて、胡坐をかいて座ったまま口を開く。


「こう……その、アレよ。ブロッズは……」


 口を開いたものの言葉が続かない。この女の記憶力はどうなっているのか、日常生活が心配になってくる。


「なんかね? グリムナみたいに世界を救おうとしてんのよね。あいつなりの方法で」


なんともぼんやりした話であるものの、しかしネクロゴブリコンはそれに対し別の問いかけを重ねてきた。


「ところで、そのグリムナはどうしておるんじゃ? さっきはなんか聞きそびれてしまったが、一緒ではないのか?」


「それが全っ然! 5年前一瞬だけ竜が現れたじゃない! あの時みんなローゼンロットにいたんだけど、それ以来ぷっつりいなくなっちゃうし、ヒッテちゃんも行方不明になったかと思ったら記憶を失ってるし、もうさっぱりよ!」


「……竜の気配は、儂も感じておった。じゃがそれも結局復活が不完全だったのかすぐに消えてしまったようだ。ヴァロークがどう動いているのかも、今となっては情報は入ってこない。どうやら完全にヴァロークは過激派に乗っ取られてしまったようじゃの」


 ヴァロークは元々竜から人を守るために作られた組織であったが、ウルクを中心とする、戦乱で家族を失うなどして、人類に恨みを持つ者達が中心となって、竜を使って人類を滅ぼそうとする過激派が現れていた。


 どうやらこの5年のうちにヴァロークはそう言った者共に完全に乗っ取られてしまったようである。そして、ヴァロークの重鎮でもあったネクロゴブリコンはどうやら爪弾きにされてしまったのだ。


「だが、儂が考えるにグリムナはきっと生きておる」


「奇遇ね!  私もそう思ってたのよ!!」


 ネクロゴブリコンの言葉にフィーは喜色満面、彼の両手を握って答えた。一瞬そのリアクションに気おされたが、ネクロゴブリコンは落ち着いて言葉を続ける。


「目的が同じならば、ブロッズを探せばいつかはグリムナにたどり着くかもしれん」


「なるほどブロッズを……それは私の旅の目的とも一致しそうね」


 今更ながらではあるが、フィーの本来の旅の目的とは、BL作家の取材として『ホモを間近で観察する』ことである。


「しかしブロッズかぁ……ヤーベ教国にはもう戻りたくないんだよなぁ」


 正直言ってフィーはヤーベ教国には嫌な思い出しかない。監禁されるわセクハラ拷問されるわ失禁するわ竜は復活するわ勇者に足折られるわ、挙句の果てにはあの場所は未だに大司教メザンザが君臨しているはずである。


 しばらく考え込んだままのフィーを見かねてヒッテが口を開いた。


「他に旅の仲間がいたような気がしたんですけど……」


「おお、そう言えば前回ここに来たときはいたな」


 これにネクロゴブリコンもすぐに反応したが……


「……?」


「…………」


「えと、すいません、ホントにフィーさん記憶失ってないんですよね?」


「……?」


 しばらくそうしてフリーズしていたフィーであったが、やっと合点が言ったようで大声を上げた。CPUの処理速度が大分遅いようだ。


「ああ! 思い出した、バッソーの事ね!!」


 正直言ってフィーのこのリアクションにヒッテはかなり不安になった。ホントにこの女についていって大丈夫なのか、という不安だ。色々忘れすぎじゃないかこの女。はっきり言って記憶喪失になっているヒッテといい勝負である。


「そうね、バッソーの居所ならわかるわよ。一回会いに行ったし。ただ、年齢的に考えてもう一緒に冒険、っていうのは難しいかもしれないけど、何か思い出すかもしれないし、一緒に行ってみましょうか」


 そう言ってフィーはヒッテの方を向いて微笑みかけた。


 いろいろとポンコツではあるものの、しかし無駄に考えこまないフィーの性格は周りの者を落ち着かせ、冷静にさせる効果がある。

 差し迫って何かをしなければいけない時は殺意しか湧かないが。

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