第285話 再会
ネクロゴブリコンと出会って話を聞いたヒッテ達は次に賢者バッソーに会いに行くことにした。
バッソーはフィーと同い年だが、ヒューマンなのでかなりの老齢である。グリムナと初めて出会った時が62歳、その後一年旅をしてから5年の時が経っているので現在は68歳のはずである。
正直この世界の平均年齢を大きく越える。おそらく再会しても一緒に旅を続けることはできまい。それでも彼に会えばヒッテも何か思い出すこともあるかもしれない。
だがその前に一旦彼女たちはアンキリキリウムの町に戻ることにした。フィーのたっての希望であったが、はっきり言ってヒッテもこれには賛成であった。
疲れたからだ。
アンキリキリウムの町を出てネクロゴブリコンの住処にたどり着くまでに1週間、彼の住処で一日休んで次の日から帰路につき、帰りは二日で町に帰った。
つまり、都合10日間の道程である。久しぶりにベッドのある所で寝たい。それが二人の希望であった。
ヒッテはもっと過酷な環境、ウニアムル砂漠で2週間前後の旅路を経験しているものの、しかし今はその記憶はおぼろげであるし、たとえ経験していたとしても年頃の少女が野宿というのはしたくないものだ。
「ふぃ~、やっぱりベッドは最高ね」
「いつまで寝てるんですか、フィーさん。お昼になっちゃいますよ?」
「もうちょっとダラダラさせて~……10日間も野宿生活だったんだからちょっとくらいいいじゃない~」
「そうですか、ヒッテはちょっとお散歩してきますけど」
そう言いながらヒッテは自分のカバンのストラップをたすき掛けにかけた。5年前に比べるとヒッテも随分大きくなり、たすき掛けにカバンをつけるとパイスラッシュができるようなお年頃である。
「それに、10日間野宿って言ってもそのうち一泊はネクロゴブリコンさんのところで寝られたじゃないですか」
フィーは寝返りを打ってヒッテを指さしながら言う。
「あのねぇ、あんな洞窟の中なんて野宿と何が違うっていうのよ! 私はダークエルフよ? アーバンなライフのエンジョイ勢なんだから!」
「はぁ、その設定まだ続ける気なんですか?」
「え? なに? 設定って?」
「ダークエルフって設定ですよ」
「…………」
突如、フィーは顔面蒼白になり、だらだらと汗を流し始めた。この女、本気で言っていたようだ。
「フィーさん?」
「ぐ」
フィーは寝転がって頬杖をついていたが、ヒッテに追及されると、頬杖を外してその場にガクッと突っ伏した。
「ぐおー、ぐおー……」
そのままいびきをかき始めた。まさかの寝たふりである。
「聞こえてると思いますから言い続けますけど、もうヒッテはフィーさんのこと思い出してますからね? 当然お母さんの事、メルエルテさんの事も思い出しましたし」
「う、ぐおー、ぐおー……」
まだ寝たふりを続けるフィーを見てヒッテは小さいため息をついた。
「じゃあ、ヒッテは行きますから、鍵かけておいてくださいね」
そう言ってヒッテはドアを開けて外へ歩いて行った。ドアが閉められてしばらくするとフィーがガバッと起き上がる。
「ふぅ、何とか事なきを得たわね……」
得ていない。
というか寝たふりをしようが、聞こえていないふりをしようがすでにヒッテが記憶を取り戻したという事実は変わらないのに、この女はいったい何がしたいのか。『バレた』という事実から目をそらしさえすれば何か解決するのだろうか。
こういうのをオーストリッチ症候群という。
――――――――――――――――――
ヒッテはぶらぶらと町の中を歩く。アンキリキリウムの町は彼女の生まれた町だ。そして旅に出ていた1年間以外はずっと彼女はこの町で暮らしてきた。
とはいえ、もちろん12歳になるまでは奴隷商の売り物だったので自由があったわけではない。たまに運動のためと、町の清掃や土木の作業の助っ人で駆り出される以外はほとんど町に出ることはなかった。
しかし5年前に主人がいなくなってウルクに保護されてからは基本的には身分としては奴隷であるものの、自由市民と変わらない生活はしてきた。
ヒッテは街並みを眺めながら思いを馳せる。一年間の旅路に。
グリムナとは、いったいどういった人物なのだったのだろうか。
年端もいかない、12歳の少女を奴隷商から購入し、大陸中を引き連れ、なにが目的なのかは分からないが、危険な旅をしていたように思う。
記憶はあやふやであるが、実際何度も危険な目にあっていたようにヒッテは漠然と思っている。(主にグリムナが)
どちらにしろ、ろくな人物じゃないだろうということだけは確かだ、と彼女は考える。
旅の相棒にわざわざ女の子、それも12歳の子供を選ぶというのがまずおかしい。完全にロリコンキモオタドクズ短小包茎ハゲヒキニートの思考だ。
フィーやネクロゴブリコンはその男に悪印象は持っていないようではあるが、しかしきっとやべー奴に違いないだろう、とヒッテは思った。外面上どうであっても、その内心は分からない、と。
ヒッテはなんとなしに雑貨屋に入って、旅に出るうえで必要な日用品を適当に見繕う。何が足りないかは前回、ネクロゴブリコンの住処への探索でだいたいわかった。火打石、ナイフ、カップ、お椀……そんな日用品を適当に見繕っていると、他の客の話し声が聞こえてきた。
「もう行きましょ、グリムナ」
「!?」
それは女性の声であったが、しかしどこかで聞いたことがある様な、ないような……いや、それはどうでもいいのだ。その声は確かに『グリムナ』と、そう言っているように聞こえた。
(グリムナ!? グリムナってまさか!!)
慌ててヒッテは声の聞こえた、棚の向こう側に回り込むが、しかし確かにそこから声は聞こえたのにもういなかった。店の外に出てしまったのだろうか。
ヒッテは軽く店内を見回してから店の外に出ようとする。しかし、何者かに肩を掴まれた。
「おっと、お嬢ちゃん、それまだお会計してないだろう?」
「あ……」
小さく声を漏らしてからヒッテは抱きかかえていた雑貨をすぐにカウンターに持って行って支払いを済ませようとする。
「い、急いでるんで……」
「分かった分かった、そう慌てるなって」
品物を一つ一つ確認しながら店主がメモを取る。急いでいると言っているのになんとももどかしい。
「あれ? お嬢ちゃんもしかして酒場で歌ってる子かい? 俺何回か聞きに行ったことあるんだよ。こりゃちょいと安くしてやんねぇとな」
笑顔でそんなことを店主が言った。普段であればうれしい申し出であるが、しかし今はそんな事よりもさっきの声の主が、そして呼ばれたのが誰なのかを早く確認したい。
「そんなのいいですから早くしてください! 本当に急いでるんです!」
「わ、分かったよ。そんなにまくしたてないでくれ」
店主は少しバツが悪そうにそう言って金額を提示した。ヒッテは普段なら一気に買うんだから安くしてくれ、とか値下げ交渉をするところなのであるが、言われるままの金額を出して商品をバッグに入れ、すぐに外に駆け出す。
「さっきの声の主は? 店内にはもういないはず」
先ほどの声の主は全く姿が見えていなかったので、声しか頼りになるものがない。ヒッテは店の前の通りを北方向に駆け出す。
もうすぐ昼飯時だ。もしかしたらその『声の主』もこれから食事をとるのかもしれない。『早く行きましょう』とはそういうことなのかもしれない。そう思って飲食店街の方向に走り出したのだ。
「あっ」
しかしあまりに急いでいたため、走り出してすぐに躓いてしまった。
地面が近づいてくる、そう思って両手を前に出した時だった。
誰かの腕が、転びそうになったヒッテの体を支えたのだった。
「大丈夫か?」
ヒッテの体を抱きかかえて、言葉少なにそう尋ねたのは、黒髪の、二十歳前後くらいの精悍な顔立ちの青年だった。
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