第325話 これだから最近の若いもんは

 傭兵団や野盗の類。


 こういったものが小規模な村を襲うことは乱世では特段珍しい事ではない。


 だが物には限度というものがある。


 尋常であれば、「おうおうおめぇら、この村は随分と不用心だ。特別に俺達が用心棒をしてやろう」などと武力をちらつかせながら凄んでくる。


 「へぇ、ありがたい事です。どうぞよしなに」と村人が返し、金品を差し出す。


 これで仕舞いだ。


 野盗どもは乱暴狼藉を働き、数人は刀の錆になるやも知れぬ。女は犯され、ことあるごとに村人の財産は奪われるだろう。だがそれでも嵐が過ぎるのをじっと待つしかないのであるし、じっと待っていればいつか嵐は過ぎ去る。


 野盗どもも皆殺しにして全て奪うなどという無茶はしない。あまりにやりすぎると焼き畑農業よろしく最終的には自分の首を絞める羽目に陥るし、国軍が出てくる可能性もある。


 だからこんなことは滅多にないのだ。


 滅多に。


「野郎ども、予定通り好きに暴れろ! 殺し尽くし、奪い尽くし、犯し尽くせ!」


 「おお!」と傭兵どもが声を上げる。


 オーガは村人を掴んで頭からかじり、ドワーフは薪でも割るかのように斧を振り下ろす。ジャグラーの持っていたカトラスは傭兵どもにいきわたり、外に逃げようとすれば弓矢でハチの巣にされる。


「なんということか、最近の野盗は常識がないのか。これだから最近の若いもんは」


 その言葉を最後に村長はオーガの胃に収まった。


「に、逃げて……くそっ、もっと早く決断してれば……ッ!」


 ヒッテは拳を固く握り、歯噛みする。もっと早く助けに入れば、傭兵団が村を狙っていると知らせれば、包囲網を築かれる前に避難させられたかもしれないのに。後悔の言葉ばかりが頭に浮かんでくる。


「死ねっ!」


 傭兵の一人がカトラスを彼女の頭に振り下ろす。ヒッテはその手をパリィして相手の後ろ側にスライドする。振り向きざまに切り返しを食らわせようとする傭兵の右ひざに間接蹴りを食らわせて体勢を崩すと、そのまま左ストレートで顎をかすめるように打ち抜く。


 相手がプロの傭兵だろうと、彼女自身何度も死線を潜り抜けた経験がある。記憶が無くなっていても、小脳はそれを覚えている。絶望的な状況でも、最後の最後まであきらめない。それは、誰から教わったことだったか。


「ちっ、お目当ての勇者様はこれでも出てこねぇか、本当にいねぇのかもな」


 ノルディンは愚痴りながら一息で跳躍してターゲットに近づく。


 先ほど村人に危機を知らせて邪魔してくれたガキ。アイツだけはこの手で始末してやる。ノルディンがターゲットに絞ったのは、ヒッテであった。


「俺は舐められんのが一番ムカつくのさ! それがガキならなおさらよ! その上メスガキならダブルアップってとこさ!!」


 しまった、こいつは格が違う。ヒッテは間合いの詰めるスピードでそれを感じ取った。殺られる。そう思った時だった。


「!!」


 不意にノルディンが危機を察知して後ろに跳んだ。彼が進行する予定だった場所に矢が飛んでいき、その後ろに居た傭兵を貫いた。


「まったく……ヒッテちゃんも無茶するようになったわね……誰に似たのかしら」


 危うく殺されるところだったというのにノルディンは顔に笑みを浮かべていた。


「エルフ……それもダークエルフか……空振りかと思ったが、こいつぁ思わぬ拾い物。ツキの女神は俺に微笑むか」


 立ち上がって、今度は笑みを抑えきれないようにニタニタと笑いながらカトラスでフィーを指さした。


「野郎ども! エルフは殺すなよ!! 高く売れる!!」


 一通り指示を出し終えるとノルディンは深く息を吐いて辺りを見回す。やはりただの農村、先ほどのガキと飛び入りのエルフが細々と抵抗した位で後は逃げまどうばかりである。ふと、ノルディンはあることに思い至って、足元に倒れている村人を蹴った。


「おい、死んだふりしてんじゃねぇよ、ちょっと聞きたいことがある。起きねぇと殺すぞ」


 村人は少しうめき声をあげてからゆっくりと上半身を起こした。


「おう起きたか。俺はこれでも業界じゃ話の分かる男で通ってるんだ。『話し合い』ってのは大事だよなあ?」


「は……はい」


 村人はノルディンの機嫌を損ねないようにおずおずと返事をする。


「で、よくよく考えたら皆殺しにする前にターゲットの情報をお前らから聞きゃあよかったなあ、と思い出してよ。……オイ、ラーラマリアってのはこの村にいるか?」


「ラーラマリア?」


 勇者ラーラマリアの名。当然この村でその名を知らぬ者はいない。一か月ほど前、

彼女が村に帰ってきて少しの間話題になった。結局その後全く姿を見せなくなったので、あれは何だったのか、少し立ち寄っただけだったのか、と最近は話題に上がることもなかったが、村人は記憶を掘り起こす。


「知らねぇならいいや。おやすみ。名も知らぬ村人よ」

「ま、待ってくれ、し、知ってる! 教えるから命だけは!」


 カトラスを振り上げるノルディンを必死で村人はなだめ、そして村の端の方を指さしながら言った。


「レニオだ。村はずれの赤い屋根の家、レニオの家にいるはずだ!! ここまで教えたんだ、どうか俺の命は」

「ありがとよ。どこへなりと行きな。生き延びられるとは思えねぇがな」


 ノルディンは悠々と教えられた方向に向かって悠々と歩き出す。


「あいつら……勇者を殺して名を上げようって連中なのか……?」


 村人はぼそりと呟いた。この5年間こういった、名を上げるために問答無用で強襲してくるような輩は初めてであったが、しかしよそからこの村を訪ねてくるのは大抵がラーラマリア絡みであった。その多くは教会関係者であったが、5年前にローゼンロットから消えたラーラマリアの行方を捜して彼女の生家のあるこの村に来る者が多くいたのだ。





「おっかしいッスねぇ……」


 トゥーレトンの村の乱痴気騒ぎを遠くの木の枝の上から単眼の遠眼鏡で覗く者がいた。ヴァロークのメンバーである赤毛の女性、レイティである。身分が分かってしまう全身鎧は来ておらず、簡素な鎖帷子の上にぶかぶかの上着を羽織っている。


「確かにこの村に入っていくのを見たんスけどねぇ……」


 遠眼鏡から視線を外してしきりに首をかしげる。


 彼女の第一の目的はまず聖剣の回収。もしくはラーラマリアの回収である。ここ数ヶ月、ローゼンロットからピアレスト王国にかけての地域で「勇者ラーラマリアを見た」という目撃情報が彼女の元に舞い込んできていた。


 ヒッテもアムネスティも竜を復活させるための鍵として使い物にならなくなってしまった今、本当にラーラマリアが復活したのならば是非とも手元に置いておきたい。もしも彼女がヒッテと同じように使い物にならなかった場合でも、最低でもエメラルドソードだけは手に入れたい。そう考えての此度の作戦であった。


 ラーラマリアが完全復活して、さらにエメラルドソードを携えているのならば、いくら数が多くとも傭兵如きでは歯が立たない筈である。仮に傭兵共がラーラマリアを殺してしまったとしても、エメラルドソードさえ手元に戻ってくればそれでよい。そう考えての行動であった。


 だが、ラーラマリア自身がこの町にもういないとなると話が違ってくる。オーガを二頭消費しただけで何の収穫もなくなってしまう。ラーラマリアがこの村に入っていったことは彼女自身の目で確認していたが、しかしその後一か月も全く姿を見ていない。一体何をしているのか。まさかとは思うが目を離したすきに村を出てしまったのか。


 気になることはそれだけではない。


 この村に入っていったとき、ラーラマリアは男を連れていた。


 ラーラマリアの御執心の男、グリムナだ。


「あの男は……一体何者なんスか……」


 レイティはまた遠眼鏡に目を合わせて、覗き込んだ。

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