第43話 経絡秘肛
すぅ……と、ベルドがそうしたように、やはりグリムナも大きく深呼吸をしながら両手のグラブを外した。血気にはやっていた頭の中がクリアになっていく感覚が広がっていった。現在、ベルドの正面に相対するようにフィーとグリムナの二人が立っているがこれではだめだ。これではいけない。二対一の利点を生かし切れていない。別方向から同時に、理想を言えば一本しかナイフを持っていないベルドを挟み撃ちするように立つのがベストである。
先ほどはベルドにナイフで切りかかられ、やはりグリムナも同じようにフィーと一緒になって切りかかったが、これはグリムナの戦い方ではない。刃物で切り付ける、など、彼の本来の戦い方とは違うのだ。
ナイフに拘ってはいけない。自分の力は別の場所にあるのだから。
それと、もう一つ忘れがちなのが先ほど食らった彼の必殺技、ブラックプリズンである。混戦となってあの技を使われれば、今度は間違いなくベルドは一瞬のうちにとどめまで刺してくるであろう。
グリムナは段々と自分のやれること、やるべきことが頭の中で整理されていくように感じた。戦闘中、考える暇がない時だからこそ気持ちを落ち着けてゆっくりと考える。それこそが勝利への道となる。彼は以前ラーラマリアにそう言われたことがあった。
「よし、行くぞ！」
そうフィーに声をかけると、グリムナがベルドの左手側から、フィーが右手側から入り込もうとする。それに対しベルドはフィーのいる方から二人の側面に入ろうとするが、グリムナが持っているナイフを投げつけてそれを制する。
「！？」
ベルドは一瞬驚愕しながらも投げられたナイフをすんでのところで剣で叩き落す。たった一つの武器を捨てるなど正気か、これではもうグリムナは攻めることはもちろん彼のナイフを受けることすらできなくなる。いよいよトチ狂ったか、それとも別に武器を隠し持っているのか、そう考える間もなくフィーのレイピアがベルドを襲う。ベルドはそれを自身のチンクェディアで弾いたが、その瞬間、ノーマークだったグリムナが彼の左足首に飛びついた。
グリムナはそのまま彼の足首をかかとを中心に内向き、時計回りにひねって関節を極めるとベルドは激痛に身をよじりながら膝をつく。しかしグリムナは武器を持っていない。彼を拘束した状態でフィーにとどめを刺させるのだろう、とベルドはフィーの動きだけに注意していた。
だが、それこそが罠だったのだ。攻め手はフィーではなくグリムナである。
四つん這いの状態になったベルドの後ろにグリムナは回り込み、神に祈るように両手の指を組んで人差し指だけを立てた状態にした。そのまま、全身全霊をかけて、ベルドのお菊様に立てた両手の人差し指を恐るべき力と速度でぶち込んだのだ！！
「竜牙！ 肛突衝！！」
グリムナの必殺技名コールが雑木林の中に響き渡る。ベルドはその衝撃で一瞬体が浮き上がるほどになり、上半身をエビ反り状態にさせ白目をむいている。明らかにこれは尋常の技でないことがそのリアクションからも見て取れる。
しばらくの沈黙ののち、グリムナは両指をベルドのブラックホールから引き抜き、背を向けてからポケットから出したハンカチで綺麗に拭った。
「経絡秘肛の一つ、前立腺を突いた……」
「お前はもう、逝っている」
「あ……あがが……」
ベルドは両膝を地面について、上半身をそらしたまま白目をむいて硬直している。
「あべし！！」
そう言ったきりベルドは膝をついたまま仰向けに倒れこみ、ビクン、ビクンと数回痙攣して動かなくなった。
「え……？ なに？ 何が起きたの？ どうなってんのこれ……」
フィーが小さい声でそう呟いた。
--ここからしばらく、強烈な表現が続くので心の弱い方や心臓に疾患のある方は読み飛ばしていただきたい--
事態が呑み込めず、フィーはベルドの状態を確認しようと近づいたが……
「うっ、臭ッ！！ イカ臭ッ！！」
なんと、ベルドは意識を失ったまま射精していたのだ。
「これはまさか……伝説に聞く、トコロテンという状態では……」
説明しよう、トコロテンとは直腸からの刺激により前立腺や精巣を直接『押す』ことにより、文字通りトコロテンを作る道具、天突きのように物理的に精液が押し出される状態の事を指す専門用語である。決して医学用語などではないので公の場で使ってはならない。「その単語を知っている」というだけでゲイの疑いをかけられかねない危険な言葉なのである。
--強烈な表現ここまで--
なぜそんなことが可能なのか。グリムナの秘技は元々粘膜同士を直接接触させることで強烈な魔力の伝達を可能にする。しかしそれは魔力の伝達効率が通常よりも高いというだけで魔力発生の仕組み自体は変わっていないのだ。
では、魔法の威力自体を強くすれば皮膚同士の接触や、粘膜と皮膚の接触でも同等の効果が得られるはずである。さらに言うなら直腸には水分やミネラル類を吸収する働きがあり、その力は口腔内よりもはるかに効率が高いのだ。
そこで今回グリムナは皮膚--自身の指先をベルドの直腸に接触させ（考えた上での最大限マイルドな表現）、自身の最大出力の回復魔法を放ったのである。
ともかく、完全勝利である。二対一とはいえ、大陸全土に展開するベルアメール教会の聖堂騎士団、そのコマンド級の騎士を実力で倒したのだ。
「うわ～……マジかこれ……現物見るとちょっと引くなあ……」
アヘ顔でまだ動くことのできないベルドを見下ろしながらフィーがそう呟いていると、雑木林の外の方からヒッテが歩いてきて、恐る恐る声をかけた。
「ご主人様……終わったんですか？」
「ヒッテちゃん、ダメよ！ あなたにはまだこの匂いは早いわ！！」
「匂いが早いってどういうことですか……」
訳の分からないことを言うフィーに怪訝な表情をしながら、ヒッテはグリムナに向かって歩み寄っていった。
「戦いは終わったんですよね？ ご主人様……だったらもうこんな町は……うっ、臭っ！！」
ヒッテが顔をしかめて大声でそう言った。
「ご主人様臭い！！ なんか、うんち臭い！！ いったい何やらかしたんですか！？」
グリムナは戦いを終えた後、フィーがウロウロしてる間ずっと同じ場所に直立不動でいたが、彼自身もやはり指先の匂いが気になっていたようだ。大いなる力を使ったことの代償と言えよう。
「やっぱ臭いよなあ……クンクン……くっさ……」
「なにやってるんですかご主人様！ いくら勇者がお漏らししたからって自分も同じところまで落ちる必要ないじゃないですか！！ ヒッテは悲しいです！！」
「いや、漏らしてはいないけど……とりあえず宿に帰って手を洗いたい……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます