第42話 暗黒騎士ベルド

 まさかかような如き悪辣な輩が聖堂騎士団に所属しているとは。


 グリムナの顔に嫌悪の感情が走る。目の前の大男はゆっくりとシャツの中に右手を入れて短剣を取り出した。はたしてそれはフィーの予測通り刃厚のチンクェディアであった。


「俺の名は第4聖堂騎士団、通称暗黒騎士団のコマンドの一人、ベルド・ルゥ・コルコスだ。尤も、第4騎士団は通常の兵員はいなくて、コマンド級の騎士しかいないがな……ラーラマリアの前に一発景気づけにお前を血祭りにあげてやる」


 ベルドはそう言うと下卑た笑いを浮かべながらナイフを構える。一見するとオーソドックスなマーシャルアーツの構え、体の左側を前に出して半身に構えている。通常の剣技と違うところは引いた右手にナイフを構えているところである。相手の攻撃を左でさばいて確実に右の一閃でとどめを刺す、ナイフ使いが相手を殺害する時にとる構えである。


 グリムナも腰に差していたナイフを抜いて構える。彼も同様に右手にナイフを持ったが、ベルドとは逆に右側を前に出した半身に構える。ナイフをとどめの武器と考えているベルドと、防御の装備と考えているグリムナの思想の違いからである。グリムナの構えは相手の攻撃に化し、外す、八卦掌の思想に近い。


 先ほどナイフを取り出すときに確認したが、ベルドは衣服の下に鎖を着込んでおり、その上にベルトで上半身にナイフを吊っていた。ナイフを攻撃に使わないグリムナには鎖帷子の防御力はあまり関係ないが、シャツと薄手の鉄板を張っただけのグラブしかつけていないグリムナよりは大分ウェイトのハンデがあるように見えた。しばらく相対したまま相手を観察していると、一瞬ベルドの口がキュッと結ばれた。


 その刹那高速のジャブが飛んできたがグリムナはすんでのところで重心を後ろに逸らし躱す。口の動きが一瞬の『力み』をグリムナに伝えたのだ。加えて言うならベルドのファイトスタイルは蹴りやジャブで相手を崩してから右のナイフでとどめを刺す形であり、前方にナイフを構えて防御態勢をとっているグリムナ相手だと攻撃の射線が確保しづらいのだ。


「チッ、どうせばれるならいつもの両手剣を持ってくるんだったな……」


 ベルドが独り言ちる。どうやら使い方は把握しているものの、このナイフは彼の普段の得物とは違うようである。グリムナはこれなら十分戦いが成立するぞ、と手ごたえを感じ取った。確かに大柄で圧力のある相手だが、トロールのリヴフェイダーに比べれば大したことはない。パワーも、突進力も対応できる範囲だ。そう考えているとベルドがいったん攻め手を休めて口を開いた。


「俺の方はいいとして、てめぇは何者なんだよ? 勇者のファンクラブメンバーか? 推しメンが暗殺されそうで必死になってんのか?」


「それこそお前には関係のない話だが、俺は元勇者一行のメンバーなんでね。古巣の人間が狙われてるのに黙ってられないのさ」


 グリムナのこの言葉にベルドは少し驚きの表情を見せた。


「なるほど! ってことはてめえがあの有名なグリムナか。ホモ疑惑で勇者パーティーを追放されたっていう。へへ、なかなかかわいい顔してるじゃねぇか。ラーラマリアの前にてめぇのけつの穴をたっぷり可愛がってやるぜ」


 そう舌なめずりしながら言うベルドにグリムナは悪寒を覚えた。お約束、というものか、やはりこの男もホモであった。いや、バイか。グリムナのお菊さま絶体絶命の危機である。


 ベルドは前蹴りとローキックで牽制しながら戦術を組み上げる。何とか対応できる、そう思いながら猛攻をかろうじて凌いでいたグリムナにベルドは少し距離をとって右手の短剣を前に構えて一瞬静止した。


「食らえ! ブラックプリズン!!」


 ベルドが恥ずかしい必殺技名を叫びながら一気に間合いを詰める。ナイフの先からグリムナまではまだ1メートルほど離れていたはずであったが、閃光とともにボディーブロウのような衝撃がみぞおちを襲った。


 リヴフェイダーの張り手を食らった時と同等か、いや、そこまでの衝撃はなかったがやはり一瞬呼吸が止まって体が硬直してしまう。それだけではない。手足にしびれがあり自由に動かない。これは技ではない、『魔法』である。小技で牽制しながらベルドは魔力を練っていたのだ。

 さらに間合いを詰めてきたベルドの左手がグリムナの髪を掴む。


「終わりだ。まずは手足の腱を斬って動けなくするか」


 そう言ってベルドがナイフを振りかぶった瞬間、炎の矢が彼を襲った。


「ぐおッ」


 ベルドが炎の矢を前腕で振り払う。


「もうちょっと見ていたかったけど、殺されちゃかなわないわね」


 フィーの援護射撃であった。というか今のやり取りを陰で見守っていたのか。フィーが胸の前で再び印を結んで魔力を集中しようとすると、まだ体が動かないグリムナの体を盾にしてベルドは陰に隠れた。


「おっと! そう何度も同じ手は食わねぇぜ!」


 そのままグリムナの後ろでベルドはナイフをテイクバックする。援軍が来たためまずは頭数を一人分減らすつもりのようだ。だが、刃がグリムナの背中に触れたその刹那、グリムナは錐揉み状に回転して刃を滑らせた。そのままベルドの手首をつかんで正中神経を押し込むように親指で点欠すると、ベルドは痛みでグリムナの髪を離した。

 グリムナはそのままベルドの左手を下におろし、彼の膝を踏み台にして唇を狙うが、ベルドはそれから逃げずに頭突きをグリムナの顔面にぶちかました。


「んぶぅッ!!」


 グリムナは鼻血を噴出しながら間合いを取った。顔面は正中線の一番上、人体にとって危険な急所が集中している場所である。不意打ちでもなければ通常はそうそう簡単に先手をとれる場所ではないのだ。山賊ならともかく手練れ揃いの暗黒騎士団員相手に簡単に攻撃を加えられる部位ではない。早くもグリムナの戦術的欠点が露呈することとなった。


「チッ、くそったれめ! もう麻痺から回復したってのか!?」


 ベルドが悪態をつくが今彼の目の前にいるのはそもそも回復術士なのだということに気づくのはやはり難しいことであろう。逆にグリムナは脳筋にしか見えなかった目の前の大男が魔法を使った事、フィーの魔法を弾いたことに驚愕していた。少し間合いを広げて戦略を練る。やはり戦いの最中に口同士の接触を狙うのは難しい、ならば他に何か手がないか、密かに考えていた秘策をここで使ってみるか……と思案しているのだが、敵は待ってはくれない。


 ベルドはやはりグリムナに的を絞って近接戦闘を挑むべく間合いを詰めてくる。今度は右手のチンクェディアを前にしてナイフでの連続攻撃を仕掛けてきた。援軍があったことで彼も焦っているのだろうか。二人は激しくナイフを打ち鳴らしながら移動して戦う。フィーは二人から距離をとってまた援護射撃の構えに入るのだが、近接戦闘をする二人の位置が近すぎるためまだ機会をうかがっているだけである。


 戦いながら一瞬グリムナがバランスを崩す。好機、とばかりにベルドが間合いを詰めてくるがすんでのところで止まってバックステップした。その瞬間、寸前までベルドのいた場所から火柱がごおっと立ち昇った。


(危ねぇ、さっきのエルフの仕業だな。設置型の魔法罠か)


 フィーがチッと舌打ちをする。よくよく見れば火柱の上がった場所はついさっきまでフィーが立っていた場所である。ベルドに気づかれぬうちに設置型の魔法をかけておいたのであり、グリムナもそれに気づいていたため重心を崩したような演技を敵に見せたのだ。

 しかしそれすらもベルドには躱されてしまった。二人がかりでも互角以上の戦いができるのだ、ベルドは。これが暗黒騎士の実力か。


 フィーは二人の距離が一瞬離れたので即座に弓矢を射るが、ベルドはそれをあっさりとナイフで叩き落す。直後、フィーはもはや遠距離での援護は望めないと感じて腰に差していたレイピアを抜きながら距離を詰める。グリムナも即座に体勢を立て直し間合いを詰めて切りかかる。

 二対一での斬り合いになったがベルドは危なげなく二人の剣をさばき、フィーとグリムナ、それにベルドが一直線上になるように位置取りをする。


「フン、数さえそろえれば勝てるとでも思ったか? 素人め。二人そろって明日の朝のゴミに出してやる」


 そう言うと、ベルドは大きく深呼吸をした。

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