第44話 偽装結婚

「よし、ちゃんと財布はあるな」


 暗黒騎士のベルドを倒した次の日の朝である。時刻はまだ6時ころ。ようやく朝日が町を照らし始めた時間であるが、最近朝早めに起きて荷物とヒッテの所在を確認をするのがグリムナの癖になっている。

 フィーの呪法が作動しているのでもう荷物を盗まれることはもうないとは思うが、旅を重荷に感じてヒッテが何も盗まずに脱走してしまうかもしれない。暗殺者と戦うような危険な旅なのでそれはそれでよいのかもしれないが、こんな中途半端な気持ちのままヒッテと別れたくはないのだ。


 確認が終わるとグリムナはポットに入れてあった水をタンブラーに入れて口に注ぎながら昨日あったことを思い出す。


 ラーラマリアの命を狙っていた、戦闘狂で暴力と姦淫を好む悪魔のような男、ベルド。グリムナの必殺技で倒したものの、結局奴に『改心』の効果があったのかどうかは確認できずに宿に帰ってしまった。

 あまりにも指が臭かったからだ。


 気になることは二つある。一つはあの邪悪の権化のような男、ベルドが本当に改心するのか、ということ。もう一つはラーラマリアを狙っているのは本当にベルドだけなのかということだ。フィーはターヤ国内の村でベルドの声を聴いていた。その声が独り言なのか、誰かと話していたのかが分からないのだ。


「んむ……ご主人様、もう起きたんですか? ご主人様よりも遅く起きるなんて奴隷失格ですね……」


 眠そうに眼をこすりながらヒッテがそう言って起き上がった。


「いや、今更そんな猫被るような発言しなくていいから。みんなお前の本性分かってるから。ていうか普段の態度の方がよっぽど奴隷失格だから」


 何とも言えない表情でグリムナが朝一番の突っ込みをヒッテに入れると、フィーの方も起き上がってきた。ようやく彼女も寝る時に服を着るようになってくれた。あまり邪推はしたくないが、もしかしたらダークエルフの彼女からしたら人間如き下等生物に裸を見られてもなんてことないのかもしれない。


 それよりもグリムナが今気になるのはヒッテだ。どうにかして彼女の心を開いてもらいたい。まだ子供なのだ、年相応の生き方をしてもらいたい、というのがグリムナの率直な意見である。


「朝飯をとったらラーラマリア達のいる宿に向かおうか」


 そう言いながらグリムナはタンブラーの中の水を飲みほした。




 昼前の時間、グリムナ一行はラーラマリア達の泊まっている宿に移動し、宿の食堂にラーラマリア一行も含めて全員で着席していた。まだ昼飯時には早いため客はほとんどいない。


 グリムナは正直言って気が重かった。今回は暗殺者がいる、という件を注意するだけなのであるが、ラーラマリアと雑談ならともかく正面切って何か意見するとたいていの場合ぐだぐだになって叩き潰されるのがいつものパターンなのだ。ラーラマリアは基本的にこちらの事情も話したいことにも一切耳を貸さないし、シルミラがそれをサポートするように意味不明なロジックを組み立てて攻撃してくる。口下手なグリムナはいつもこの二人に言いくるめられてばかりだったのだ。


「……と、いうわけでな。実際昨日の夜交戦したんだが、ラーラマリアの命を狙っている者がだな……」

「そんなことよりさぁ」


 とりあえずグリムナは事実だけを並べて、そこから話を進めようと思ったのだがさっそくラーラマリアの横槍が入った。


「なんで女連れなのよ」



 そこか


 そこからなのか


 そこは今どうでもよくないか



 グリムナはそう思って眉間にしわを寄せたが、真剣な面持ちのラーラマリアはどうやら引く気はないようだ。昨日の晩ラーラマリアに敵を近づけないために死闘を繰り広げたというのに、勇者が気にするのはそこなのか、グリムナは絶望した。


「何なのよ……そもそもホモ疑惑があったからだってのに……ホモだと思ったから仕方なくこっちは身を引いたってのに……なんで二人も女連れてんのよ……」


 ラーラマリアはグリムナと視線も合わせずに下を向いて何やらぶつぶつと言っている。これは何やらやばい様子だな、とシルミラが慌てて何かフォローしようとしたが、その動きよりも早くラーラマリアが彼女に食いついた。


「どういうことなのよシルミラ!! あんた間違いなくグリムナはホモだって言ってたじゃない!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ……」


 シルミラはそう言うと、ラーラマリアを立たせて少しテーブルから離れた場所まで連れて行って何やらぶつぶつと彼女に吹き込み始めた。


「……だからね……偽装結婚っていうのがあってね……そうそう……何って、世間体のためよ。そうやって自分と世間をだましてるのよ……」


 何やら断片的に聞こえてくる言葉、特に『偽装結婚』という単語にグリムナは頭を抱えた。二人は席に戻ってきたがグリムナはまだ頭を抱えたままである。


(いや、いいんだ。落ち着け、グリムナ。今重要なのはそこじゃない。とにかくラーラマリアに注意喚起をするんだ。彼女にどう思われたって別にそこはどうでもいいじゃないか)


 大きく深呼吸をするとグリムナは再び話し始めた。山中で出会った暗黒騎士団の団長の事、団長自身は攻撃の意思はないが、ラーラマリアの命をまだ狙っている暗殺者がいるかもしれないこと、そして昨晩実際にそのうちの一人と交戦してこれを打倒したが、暗殺者が彼一人だとは限らないことを。


「昨晩一戦交えた、というのはベッドの上で、という意味でいいわね?」

「殴るぞシルミラ」


 何の感情も感じさせずに突っ込んだグリムナの言葉にさすがのシルミラも調子に乗りすぎたと思ったのか、姿勢を正して黙った。逆にフィーは何かを思いついたのかごそごそと懐から手帳を出して書き込み始めたが、グリムナはもうフィーについてはいろいろと諦めているので気にしない。

 ラーラマリアは仏頂面で頬杖をついてそれを聞いていたが、グリムナが話し終えたのを確認すると口を開いた。


「それホントの話なの?」


 グリムナは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になって固まっていたが、ラーラマリアがさらに続ける。


「暗黒騎士団と言えばあまり表だって行動することはないけど、大陸最強ともいわれる戦闘集団じゃない。ホントにグリムナがそれを倒したっていうの? 二人がかりとは言え……」


 この言葉にさすがにグリムナも抗議の意を示した。確かに戦闘においてグリムナに対するラーラマリアの評価は大変に低かったのだが、それでもあれほどの死闘をなかったことなどにされてたまるか。しかしフィーはあまり興味がないようで、何やら必死で考え事をしながら先ほどの手帳とにらめっこをしている。


「じゃあ聞くけど、どうやって倒したのよ? どんな戦術で、どんな技で倒したのよ」


「そ……それは……」


 グリムナが思わず言葉に詰まる。さすがに浣腸で倒したとは言えない。


「とにかくだ! 暗殺者はまだいる可能性があるんだ!! 十分注意してくれ」


 あまりそこを深く突っ込まれたくないグリムナはそう言って席を立ったが、それをラーラマリアが呼び止める。


「待ってよ! まだ私の話が終わってないわよ!!」


 私の話?こちらから訪ねてきたのに『私の話』とはなんだろうか、とグリムナは思い、再び着席した。こういうところも含めて、この男は話の主導権を握るのが下手なのだ。

 グリムナが着席すると、ラーラマリアはごそごそとポケットから何か布の塊を取り出し、テーブルの上に置いた。



 パンツである。

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