第45話 パンツ会談

「情けねえ野郎だ。暗黒騎士団ともあろうものが敗北するなんてな……」


「なんとでも言え……」


 町のはずれ、人影のない雑木林の中で二人の男が話をしていた。片方の大男は座って俯いており、もう一人は立って、その男を叱責しているように見える。


「その覇気のねぇ顔だ! てめえ本当に泣く子も黙るあのベルドか!? 勇者か? あの小娘に負けたからか?」


 そう言いながら座っている男を叱責していた痩せ型のオールバックの髪型の男は、ベルドの顔を蹴り飛ばした。ベルドは蹴られるがまま吹っ飛んで地面に突っ伏した。


「暗黒騎士団の面汚しめ! あんな小娘、俺が始末してきてやる」


「そんなことをして、何の意味がある……?」


 ベルドのこの言葉に痩せた男は顔を怒りにゆがませ、再度ベルドの腹を蹴り飛ばした。


「俺達ゃ大陸最強の騎士団だ……その看板を汚されて今後の仕事に影響が出たらてめぇ責任取れんのか? あぁ!?」


 そう言いながら痩せた男はベルドの腹をけり続けた。やがてベルドが荒い息とともに血を吐き出すと、ようやく痩せた男の気もおさまったようで蹴るのをやめてベルドに話しかけた。


「ベルド、てめえは昔っからそうだ……口では大層な事ばかり言いながらもいざやるとなるとビビっちまって委縮する。そんなだから騎士団でもいつまでも下っ端なのさ。このダンダルク様が本当の暗黒騎士ってものを見せてやるぜ」


 そう言うと、ダンダルク、と名乗った男はニヤニヤ笑いながら姿を消した。





 一方その頃、ラーラマリア一行とグリムナ一行はラーラマリアが出した一枚の男物のパンツをテーブルの前に置き、向かい合って座っていた。


(パンツ……? なぜパンツ? パンツがどうかしたの……?)


 フィーが困惑顔で考え込んでいるが、当然このラーラマリアの唐突な行動の答えは出ない。ヒッテも同様に意図をはかりかねているようだが、シルミラ達やグリムナは比較的落ち着いているように見える。


「俺のパンツがどうかしたか? というかなぜこれを持っている?」


「グリムナのパンツなのこれ?」


 フィーがグリムナの方に顔を向けて聞くが答えは返ってこない。グリムナはじっとラーラマリアの方を見ている。というか、食堂のテーブルの上にパンツを置くなど不衛生である。しばらく沈黙が続いた。ラーラマリアはしばらくなにか考えていたようだが、やがてゆっくりと口を開いた。


「私の荷物に紛れ込んでいたのよ。返すわ」


 話とはこれなのか。これだけなのか。たったそれだけの為にわざわざ呼び止めたのか。ラーラマリアの奇行は今に始まったことではない。シルミラとレニオはその奇行がグリムナと一緒にいるときは特に酷いことは良く知っている。そして彼女のグリムナへの想いも。だからと言ってパンツが何なのかと言われてもよく分からないが。

 一方グリムナはというと、当然彼は『グリムナと一緒にいる時のラーラマリア』しか知らないので、ラーラマリアとは常に奇行をとり続ける生き物だと思っている。そんな奴のこの一連のパンツ行動について特に理由を求めたりはしないのだ。


 グリムナは件のパンツを手に取ってじっくりと見てみる。何やらシミがいろいろとついている気がする。確かに見覚えのあるパンツなのだが、俺のパンツはこんなに汚れていただろうか、と疑問に思ったものの、それを自分のポケットにしまいながら「すまなかったな」とラーラマリアに声をかけた。


「代わりのパンツを所望する」



「はぁ!?」



 全員である。


 全員が同時に、このラーラマリアの言葉に対して疑問の声を上げた。さすがにこれはグリムナにとっても想定の範囲外の言葉であった。


「ど……どういう理由で?」


 さすがに意図をはかりかねたグリムナがそう問いただすと、ラーラマリアはしばらく首をかしげながら考えてから口を開く。リアクションからすると、やはり何も考えておらず、聞かれてから理由を考えているような感じである。


「ええっとねぇ~、今まで荷物にパンツが入っていたから、それが抜けるとこれまでと重心の位置が変わるのよね。ボディバランスの変化は気づかないうちに体を蝕むのよ」


「パ……パンツである必要はないのでは……? 布切れか何かでいいんでは?」


 グリムナは当然の質問を返すが、この程度で揺らぐラーラマリアの鉄の意志ではない。


「今までパンツが入っていたんだから、パンツで補充するのが当然よ。しかも今は暗殺者に狙われてるんだし。わずかな重心の変化も命とりよ。あなたが持ってきた話だったよね?これ」


「じゃ、じゃあ! このパンツ返すから、これずっと持ってりゃいいだろうが!!」


 グリムナはそう言ってラーラマリアから渡されたパンツを返したが、ラーラマリアはこれを受け取らず、グリムナに新しいパンツを要求した。


「こっちはもう匂いがなくなっ……いや、こんな汚いのじゃなくて新しいのを出してよ。あんた花も恥じらう乙女にこんな汚いパンツを持たせるつもりなの? そういうので興奮するの? どっかおかしいんじゃないの?」


 普通乙女はパンツを要求したりはしない。


「いや、だってね……そもそも宿に荷物置いてきたから、今代わりのパンツなんて持ってな……」


「脱げよ」


 時が止まった。全員が動きを止めた。まるで深い井戸の中に落とされてしまったかの如く、その場にいる皆が自分の心の臓の音以外何も動いてはいないのではないかと思えるほどの長い沈黙が流れた。

 実を言うとシルミラはこのパンツ問答が始まったあたりからこういう流れになるのではないか、とは思っていたものの、ここまでストレートに要求を突きつけるとは思っていなかったのだ。


「脱げよ。そこに今履いてるでしょうが。お前が今はいてるパンツは飾りか」


 飾りでも飾りでなくとも、どちらにしろアウトなラーラマリアの発言である。


 とにかく汚いパンツはいらないと言ったはずの勇者様がなぜか脱ぎたてホカホカの新鮮パンツをご所望なされてるのだ。もはやこれに反論を許すような性分なら彼女は最初から勇者などと呼ばれてはおらぬだろう。


「落ち着いて、ラーラマリア、自分が何言ってるか分かってるの? あなたさっきから言ってることが矛盾だらけよ……」


 これにレニオが反論を試みたのだが、ラーラマリアはそれを無視して言葉を発した。


「こちらとしては速やかなパンツ交換の儀を望むわ。その際不正が行われないよう、同性のレニオを立会人としてたてます」

「なるほど」


 なるほどじゃない。


 レニオは一瞬で陥落した。


「まあ、あれだよね。ここでうだうだしてても仕方ないし。ささっとそこのトイレでパンツ交換してこようか。大丈夫、アタシがちゃんと立会をして不正はなかったって証言してあげるから。ホラ、何やってるの、早く立って、グリムナ!」


 若干興奮したような口調でグリムナをトイレに引きずり込もうとするレニオ。もはやグリムナは死んだ魚のような表情をしている。もはや絶体絶命かと思われたその時、二人を制止する声が聞こえた。


「待ちなさい」


 声を発したのはフィーであった。


 グリムナの表情に安堵の色が見えた。そうだ。パーティーを追い出された時とは違う。彼は今一人ではないのだ。仲間がいるのだ。仲間がいるからこそトロールと戦うこともできた。暗黒騎士を倒すこともできた。グリムナは独りではないのだ。


「私も立ち会うわ。正確に言うとグリムナがパンツ交換をしているところをレニオが立ち会うのに私が立ち会うわ。不正が行われないようにね。立会人は両陣営の者がいないと不正が行われないとは言い切れないでしょう」


 この女に期待したグリムナが馬鹿だった。


 まさかの立会人の立会人であったのだ。


「さあ、グリムナ、行きましょう。レニオさんも。まあ、積もる話もあるでしょうし、パンツ交換の際二人に何か接触があったとしてもそれは小さなハプニングよ。そこは私の関知するところではないからモリッとやってもらって構わないわ。できれば私からよく見える角度でやってほしいけれど」


 グリムナは二人に連行されるように両手をそれぞれ抱えられてトイレに連れていかれた。

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