第440話 彼女の名は
静かな、小高い丘の上に、彼の診療所はあった。
故郷……トゥーレトンの村の近くにある小高い丘の上。その一番高いところに彼の住処であり、貧しくて尋常の治療の報酬を払えない人々が助けを求めてやってくる診療所があるのだ。
丘の上からは辺りの野山を一望でき、山を二つほども越えると、旧ベルシスアーレの町、現在ではベルアメールの丘と呼ばれる場所がある。
「ただいま、ヒッテ」
グリムナがそう言ってドアを開けると椅子に座って編み物をしていたヒッテが顔を上げて笑顔を見せる。
「グリムナ、シルミラさんの様子はどうだった?」
ヒッテの問いかけにグリムナは笑顔で応える。
「ああ、大分良くなってたよ。それに、いい知らせもあるんだ」
そう言って彼はテーブルの上に荷物袋を置き、出張診療の報酬としてもらった野菜や干し肉などを取り出し始めた。
「シルミラと、レニオの、子供ができたらしいんだ」
ヒッテは「まあ」と声を上げて胸の前でパン、と手を叩いて喜んだ。
もう五年も前の事になるが、彼らの第一子は、野風の笛の影響もあり、流産してしまった。二人は憔悴しきって心の平衡を失っていたが、しかし時の流れとグリムナの治療で以前と同じくらいの生活を送れるように回復していた。
ヒッテは自分のお腹をさすりながら、幸せそうな表情を浮かべる。彼女のお腹は、座っていてもかろうじてわかるくらいには大きくなっていた。
「じゃあきっと、この子とも、お友達になれますね……」
グリムナは笑顔を浮かべ、そしてヒッテに優しくキスをしてから、同じように彼女のお腹を撫でた。
「最近は随分暖かくなってきたし、きっと世界はいい方向に向かっている……俺達の子供が、きっといい世界を作るさ……」
「そうね……」
しばらくそうやってグリムナとヒッテはお互いの体を気遣うように撫で合っていたが、やがてヒッテは真っ直ぐにグリムナの方を見つめた。
「グリムナ、私、もし生まれてくる子供が女の子だったら、つけたい名前があるんですけど、いいですか?」
「ああ……どんな名前なんだ? 教えてくれるか?」
ヒッテは再び自分のお腹に視線を落とし、優しくそれを撫でながら答えた。
「ラーラマリア、って言う名前です……」
「……いい名前だ。きっと、心優しい子に育つだろうね……」
水底のうた ~ヤンデレ勇者に追放された回復術士、世界中のホモにけつを狙われるけど、今更ノンケだと言われてももう遅い。助けて~ @geckodoh
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