第384話 告白

「とはいえさあ……」


 薄暗い部屋の中、昼食をとっていたラーラマリアは口の中のサラダを嚥下してから対面に座っているレイティに話しかけた。


「どうやって竜を復活させるつもりなのよ。っていうか竜って本当に存在するのよね?」


 頬杖をついてやる気のなさそうな態度で言葉を続ける。ラーラマリアに対し、赤毛の女性、レイティは苦笑しながら答える。


「どうなんスかね? その辺はあのおっさんウルクさんに聞いて欲しいッス。ていうか誰も確かなことは分かんないんじゃないスか? 竜の復活に立ち会った人なんていないんスから」


 ラーラマリアは若干イラついたような表情を見せ、ソーセージにフォークを突き刺しながら愚痴るように言う。


「『どうなんスかね』じゃないわよ……いい加減ね」


 この態度にはレイティも少し不満そうな表情を見せる。


「いい加減とはなんスか……そもそもはしてるッスよね? 5年前に姿だけは見せたんスから」


「まあねぇ~」


 なんとも気のない返事をするラーラマリア。それまでは食事をしながら、いかにも雑談という感じで適当に受け答えしていたが、食事を終えるとレイティの方をじっと見て彼女に尋ねた。


「あんたはさぁ、なんでこの世界を滅ぼしたいの? まだ若いし可愛いのに、人生なんてこれからでしょ?」


「可愛いのは否定しないスけど、こんな淀んだ世界じゃどんな人間だってお先真っ暗ッスよ。狭い大陸の中で少ないパイの奪い合い。しかも誰も譲り合い助け合いなんかせず、持たざる者は奪われ、持つ者はより多くため込もうとする。一回世界をリセットしないと何ともなんないスよ」


「ふぅん、あんたは『持たざる者』だった、ってわけね……」


 そう言ってラーラマリアは頬杖をつき、よそ見をしながらボソリと呟く。


「くっだらね……」


 この言葉がカチンときたようでレイティは立ち上がりながらテーブルとドン、と強く叩いた。


「くだらないとはなんスか!! 好きな男に振られただけで世界を滅ぼそうとするあんたの方がよっぽどくだらないッスよ!!」


 しかしラーラマリアはレイティのこの態度にも驚くでもなくバツが悪そうにするでもなく、落ち着いた表情で、ただただ不思議そうに彼女を見つめるだけだった。


「ラーラマリアさんみたいな強い人には、分かんないんスよ。『弱者』の気持ちは……犯され、踏みにじられ、虐げられ続ける……そしてこれからもそれが続く人間の気持ちっていうのは!」


「でも今こうやって、元気にしてるじゃない。弱者が虐げられるから、弱者もろとも世界を滅ぼすなんて矛盾してない?」


 あまりにも何でもないことのように言う。していないから分からないのだろう。そう感じてレイティはあきらめの表情を見せながらストンと椅子に腰を下ろした。


 彼女はもうこれ以上の議論はするつもりはなかったようであったが、しかし今度はラーラマリアの方から話しかけてきた。


「あなた、ことはある?」


 呆けた表情を見せるレイティ。それもそのはず、のならここにいるはずがない。当然の仕儀である。ラーラマリアは不敵な笑みを見せた。彼女もこれが愚問であることは分かっているのだ。


「ないでしょう……だからを平気でしようとする……命がどれだけ尊いか、死がどれだけ恐ろしいかを知らないから」


 レイティはあっけにとられた表情をしている。彼女がどんな人間かは報告書でよく知っている。命の価値をいうものを全く解そうとせず、人間というものを解そうとせず、邪魔者は平気で殺す。そんな人間だと聞いている。そのサイコパスが唐突に命の尊さを説きだしたのだ。


「私もね……正直つい最近までわかってなかったけどね。『命の尊さ』……でもね、一度『死んで』よぅく分かった。肉体が滅びるのは怖くない。でも『想い』がなくなるのは無理……耐えられない。あんなにつらかったことが、苦しかったことが、……嬉しかったことが……全部無かったことになるなんて」


 ラーラマリアは目に涙を浮かべていた。


「死の寸前……自分の浅はかさを嘆いたけど、もう遅かった。

 それでも、何の巡りあわせか、私はまた目を覚ましたわ。五年の時を経て。でもさ……私はこんなだから、それでもまだ命の尊さに気づいていなかった。自分やグリムナの命は尊いと思っても、他の人たち、名も知らない、星の数ほどいる人達もみんな、同じ想いを抱えて生きてるなんて」


 ラーラマリアは優しい笑みを浮かべてレイティに語り掛ける。彼女の記憶にはないが、それはまるで母親が幼子に語り掛けるようであった。


「グリムナと一緒に旅をして、やっと分かったの。命は、簡単に奪っていいものなんかじゃないんだって」


 涙を流しながらそう語るラーラマリアの表情を見て、レイティは震えていた。その時の感情がなんだったのか、彼女が気づくのはもっと、ずっと後のことになるが。


「間違った世界を終わらせるために、全てを殺すなんて、それこそ間違ってる。

 あなたは本当はそれに気づいてるんじゃあないの? 誰かにそれを止めてほしいんじゃあないの?」


「ボクは、間違ってなんか、ないッス……」


 ラーラマリアは涙を拭いて、そして微笑んだ。


「ふふ……もしあなたがグリムナと一緒に旅をしてたら、きっとコロっと考えを変えてたでしょうね。そんなチョロそうな顔してるもん」


 そう言ってラーラマリアはドアを開けて、外に出て行った。張りつめていた緊張が解け、レイティは大きなため息を吐いた。


 とんでもないことを知ってしまった。


 やはり、ラーラマリアは世界を滅ぼす気なんてない。


 むしろ、ウルクやメザンザの一番近くにいて、それを止める気だと気づいた。


 しかし、彼女はなぜそれを敵である自分に話したのか。それが分からなかった。


「言わなきゃ……」


 そう。これは必ずウルクに報告しなければいけな事案である。言わなければならない。それは分かっているのだが。


 だがもう少しだけ。もう少しだけ、彼女が何を見せようとしているのか、それを知りたかった。


 少し遅れて彼女は正気に返り、慌ててラーラマリアの後をついていくようにドアを開けた。



――――――――――――――――



礼拝堂のある敷地の中庭、ウルクとメザンザは真剣な表情で立ち話をしていた。


「一なるものは百なるものの如く……」


 その間にはラーラマリアから借りた聖剣が地に刺してある。


「これで本当に前は竜が召喚できたのか……?」


何故なにゆえ斯様かような仕儀と相成ったのか……」


 その中庭にラーラマリアとレイティが歩いて入ってきたが、二人は相も変わらず真剣な表情で話し合っていて気づかない。


「ちょっと呪文の唱え方を変えてみよう。『百なるもの』の前にちょっと溜める感じに……」


「全体的にやをら溜めを作ったほうが、なるやもしれぬ」


 二人と少し距離をとったところからレイティが話しかける。


「どっスか?」


 真剣な表情の二人はそれに答えない。メザンザは両手を広げて顔を天高く向け、ゆっくりと歌うように呪文を唱え始めた。


「ダメっぽいわね……」

「ダメっぽいスね……」

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