第385話 三戦

「もっと! もっと強く念じて!!」


「……(なんだか産婆みたいだな)」


 ラーラマリアはウルクに言われ、渋々また目を閉じて『何か』を念じるふりをする。


「なぜだ」


 ウルクは大分その表情に焦燥感が現れている。


「竜の魔石が全く共鳴しない……なぜだ? 前は釣れたてのサバみたいに共鳴してたのに……」

「そこまでじゃなかったと思うけど……?」


 もはや涙目のウルクにラーラマリアがさらっとツッコミを入れる。確かにそんなマナーモードみたいな共鳴の仕方はしていなかった。


 やはり、どれだけ念じても竜を呼び出すことは出来ず、以前は何もしなくとも共鳴していたメザンザとラーラマリアの竜の魔石も何の反応も見せない。


 しかしラーラマリアはこうなることが分かってはいた。その理由を彼女はよく理解しているのだ。


 ウルクはラーラマリアの方を睨んで指さしながら叫ぶ。


「お前がヤル気無いせいだ!!」


 見抜かれた。


「んなことないわよ、真面目にやってるわよ」


 やっていない。


 5年前のあの時と今ではラーラマリアの内面が大幅に違うのだ。たとえ状況が同じでも。


 5年前はグリムナが手に入らないことに絶望し、完全に自暴自棄になっていたが、今は違う。たとえ自分がグリムナの隣にいられなくとも、それでもグリムナのために、世界のために戦う、その決意を胸に秘めている今は、あの時とは違うのだ。


 ラーラマリアはちらりとレイティを見る。彼女は中庭にある木の根元に膝を抱えて座り、じっと地面を見つめていた。彼女だけが知っている。ラーラマリアの心の内が5年前とは大きく違うことを。


(思いつめた表情をしている……正直彼女がどういう判断を下すのかは分からないけれど)


 ラーラマリア自身、なぜ自分が彼女に心の内を語ってしまったのか、それははっきりとは分からなかった。


「……竜の魔石を使わじとも、斯様かように乱れた世ならば、そう遠くなく竜は甦るであろう」


 メザンザが青い空を見上げながらそう言う。晴れやかな青空。しかし同じこの空の下、今もターヤ王国軍とヤーベ教国軍は激しく鎬を削る戦いをしているはずである。


 戦とはその場で人が死ぬだけではない。市井の人間も徴用で男手がとられ、敵軍から略奪を受け、味方からは徴発を受ける。哀しみの連鎖は波紋のように広がり続けるのだ。


しかしウルクは不満顔である。ただ竜をよみがえらせるだけではない。彼は、竜の被害をこれまでで最大のものにしたい。それこそ大陸の全ての人間が死んでしまうほどの甚大災害にしたいのだ。


 ぎろりとラーラマリアを睨んだ。まさしく彼女は『計り知れない人間』だ。何を考え、どういう行動をとるか、それは本人しか分からない。


「やはり……グリムナを殺すべきだったか……」


 親指の爪を噛みながらウルクは呟く。しかしその言葉にもラーラマリアは表情を崩さない。そう、もはや後の祭りなのだ。


「奴の居場所さえ、掴めれば……」


 現在、ヴァロークはグリムナの足取りを見失っているのである。


 以前のグリムナは派手な金髪に長身の勇者ラーラマリアと、二人のエルフを連れて旅をしており、非常に目立つため、目撃証言が集まりやすく、居場所の特定をするのが容易であった。


 しかし今は違う。パーティーは解散し、ヒッテと二人旅をしている。グリムナとヒッテの二人はともに中肉中背で地味な黒髪にブラウンの瞳。二人ともそれなりに端正な顔立ちはしているものの、正直言って全く目立たない外見的特徴である。


 グリムナがどこにいるのか、どこを目指しているのか、何をしようとしているのか、それが全く分からないのだ。それを知っているからこそのラーラマリアの余裕の笑みである。


「分からぬのならば炙り出せばよい」



「炙り出す?」



 メザンザの言葉に思わずウルクが聞き返す。炙り出すとはどうやって? 人質でも取るというのか。彼はちらりとラーラマリアを見る。彼らの手にしている人材の中で唯一グリムナと近しい人物。だがこの暴力の権化のような人間を人質に取るなど現実的ではない。彼女が協力的ならともかく。


 他には、トゥーレトン。


 グリムナの故郷であり、そこの人間を人質にとれば間違いなくグリムナは来る。しかし距離が離れすぎている上に、そもそもグリムナに連絡が取れない。侵攻するにはピアレスト王国を通過しなければならないし、兵站もかかる。ターヤ王国と戦争中の今、そこに武力は割けない。


 よしんば、少人数で隠密作戦を実施して人質に取り、『御触れ』を出して「人質を取った」と周知するにしても、今度は逆に一般人にまでこの異様な作戦が知られてしまう。やはり現実的ではない。ならばいったいどうやって。メザンザはにやりと笑って口を開いた。


「グリムナと昵懇なる人物である必要はない。近くの村を適当に襲えばよい」


 その言葉を聞いてもやはりウルクにとっては意味不明であったが。


「儂はグリムナと二度拳を交えておる。奴の人となりをよく知っておる」


 ラーラマリアの顔面が蒼白になった。彼の考えが分かったのだ。


「たとえそれが自分と無関係な人間であっても、罠だと分かっておっても、奴は人を見捨てることなどできん。無視などさらに有り得ず。ちょうどよい、前線の兵站に不安がある。近くの村を徴発と称して片っ端から略奪蹂躙せしめれば良い」


 その言葉が終わるか終わらぬか、刹那であった。ラーラマリアは即座に聖剣を抜き放ち、メザンザに切りかかった。


 この男を生かしておいてはならない、この男こそ死すべき悪だ、とっさにそう判断したのだ、が。無情にも横なぎに繰り出されたその剣の峰を叩いてメザンザは斬撃をしのぐ。


「尻尾を出しおったな、め! あまねく愚か者どもの希望め! 二度も遅れはとらぬぞ」


 唐突な事態の転換にレイティは思わず立ち上がる。その姿を見てメザンザは言葉を続ける。


「赤毛! お主は知っておったな? この女に世界を滅ぼす気などないことを」


 その言葉に思わず体がすくむ。全て見抜かれていた。二人の立ち振る舞いから察していたのだ。このは全てメザンザの掌中にあった。絶望の色が中庭を支配していた。ラーラマリアは言葉を発さずに一気に間合いを詰めて切りかかる。


 しかし全ての攻撃が弾かれる。メザンザは逆に距離を取ろうとし、それを許さぬと、ラーラマリアが距離を詰める。


 通常であれば拳と剣の戦い。拳の者は距離を詰めようとし、剣の者は距離を取ろうとするが、しかし完全に逆の構図である。以前にラーラマリアは超接近戦でメザンザを破った。それは、拳のメザンザこそ衝撃波での攻撃で遠距離を得意とするからである。


 勝ちに徹すればメザンザに実は勝機がある。距離を取ってひたすら衝撃波の攻撃に終始すればよいのだから。それを分かっているから、ラーラマリアは近づき続ける。攻撃の手を緩めない。接近戦を続ければ勝機がある。たとえ、二度も同じ手が通じる相手ではないとしてもだ。


 だが無情にもメザンザは笑みを見せ、動きを止めた。


「この五年、儂が寝て待っていたとでも思うたか。ビショップカラテはさらなる高みへと昇っておる」


 歯を食いしばり、足を内股に。大地を引き裂くがごとく両足に力を籠め、両腕は脇を締め、見えない空を引きちぎるがごとく前腕を外に引き絞る。


超硬度バリカタ三戦サンチン!!」


 動きが止まった。


 首をとれると思った。


 しかしラーラマリアの聖剣は受けも捌きもしないメザンザの首に弾かれた。


「なにっ!?」


 休む間もなく切りつけるが、しかし全てを弾かれる。微動だにしない大司教の肉体に。


 基本にして奥義、カラテに伝わる究極の守りの型。完成されたそれは大型投石器カタパルトの一撃すら跳ね返すという。


「おとなしく聖剣を置いていけ、勇者! 勇気だけではカラテに勝てぬ!!」


 その時であった。


 誰も気づかなかった。その男の存在に。中庭に侵入者があったことに。


 全身を鋼と化し、前面、背面、全ての防御を最高までに高める三戦サンチンその死角を何者かが突いたのだ。


 メザンザのケツの穴を、片手剣レイピアが貫いていたのだ。


「ブロッズ!!」

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