第254話 先っぽだけだから

 メザンザを中心に半球状の衝撃波が周辺を襲う。すでに内からと外から何度も衝撃波を浴びている礼拝堂はボロボロに崩れている。


 辺りには衝撃波により巻き上げられた土砂と、破壊された建物のチリが舞っており、砂嵐のような状態である。怒号と悲鳴が飛び交い、瓦礫に潰された者がうめき声をあげ、助けられなかった家族の死体を前に悲痛な鳴き声を上げる者がいる。

 石造りの建物は地震など想定された強度で作られてはおらず、衝撃波の届かない場所でも崩れているものが目に付く。おそらく崩れていない建物でも内部では家具や本棚に押しつぶされている人もいる事だろう。


 この惨状がまさかたった一人の男によって呼び起こされたものであるとは誰も思うまい。


 その悲劇の中心にいる男がまさかこの国の元首、大司教メザンザであるとは誰も思うまい。


「う……ぐ……」


 グリムナとブロッズが一瞬の失神から目覚めて、瓦礫の中から起き上がる。ブロッズの真空の障壁はメザンザの衝撃波に対しては有効であったが、しかし大きさが足りなかった。回折した衝撃波はやはり二人に深刻なダメージを与えていた。


 もはやメザンザの圧倒的破壊力の前に二人は逃げることも隠れることもままならない。圧倒的強さであった。


「万事休す、か……」


 ブロッズはそう呟くが、しかしグリムナはまだ諦められない。生きている限り、彼には諦める、などという選択肢などないのだ。どんなに泥臭くとも、無様であろうとも命に代えられるものはない、死んだほうがマシ、などという考え方は存在しないのだ。それが彼の哲学であり、教え子のベアリスにも引き継がれている精神である。


「何か、方法があるはずだ……交渉の余地が……」


 グリムナのこの独り言に、ブロッズがハッ、と何かに気付いたようで問いかけた。


「そもそも、メザンザはなぜ君の身柄を……?」


 そう、ブロッズにはいまいちそこがはっきりと分からない。そこが分かれば交渉の余地があるのではないか、そう考えたのだ。が、グリムナは考え込んでしまう。先ほどの、ブロッズが気を失っていた間のやり取りを思い出す。


 まあ要するに、メザンザはホモを隠して大司教の地位にまで上り詰め、そしてホモを隠すことなく(ホモじゃないが)大手を振って歩いているグリムナが憎い、と。概要としてはそういう事だろう。以前は応援している時期もあったりと、いろいろと複雑な感情を抱えているようではあるが。


「そのぅ……大司教がホモで……さっき尻に、何か固いものがあてられてぇ……」


「…………」


 一瞬沈黙が場を支配した。メザンザはまだ巻き上がった砂塵のむこうだ。


「よし! 方針が決まった、グリムナ。ズボンを脱いで尻をメザンザに向けるんだ。それで許してもらおう!」


「ちょっ、ズボンを下ろそうとするな! そんなことするくらいなら死んだほうがマシだ! なんで俺のお菊様を差し出してまで生き延びなきゃいけないんだよ! 人のアナルを何だと思ってるんだ!!」


「お前! 私のケツには指を突っ込んだくせによくそんなことが言えるな!!」


 確かにそのとおりである。ついでに言うならその時の経験が生きて、何とかレイプの危機を脱することができたのだ。かつてのライバルの技、アスタリスクバーストをパクって危機を脱する、熱い展開であった。ホモレイプの危機でなければ。


 しかし、月明りが何かにさえぎられたことに気付いて二人が振り向く。そこには当然憤怒の形相のメザンザ。くだらない話をしている間に距離を詰められていた。


「お主ら……左様な間柄であったか……」


「いやあ……そういうわけでは……流れで、というか」


 どうやらメザンザに今のやり取りをバッチリ聞かれていたようだ。ホモを隠して生きてきた男の前でケツの穴がどうのこうの、と、完全に触れなくていい逆鱗に触れてしまったやり取りである。グリムナは半笑いで答えてごまかそうとするものの、流れでケツの穴に指を突っ込むことなどあるだろうか。


「ド許せぬ」


 メザンザが右拳を引き絞る様に力をためて引く。この至近距離で、もうこれで終わりかと思われたその時であった。人間の胴体ほどの大きさの火球がメザンザの立っている場所に打ち込まれる。メザンザは構えを解き、後ろに大きく跳躍してこれを避けた。


「あつつ!」


 火球は轟音と共に爆発して火の粉を受けたグリムナは熱そうにその場から下がりながら振り向いた。


「待たせてすまんの、グリムナ」


「バッソー殿!」


 火球の魔法を打ち込んだのはバッソーであった。後ろにはヒッテ達も控えている。牢屋を脱出したのか、それとも非常事態のため解放されたのか、それは分からないが、グリムナを助けるために駆けつけてくれたのだ。


「メザンザよ……お主がどんな目的があって暴れておるかは知らぬが、民を巻き込むことに道理などあるまい。争いは何も生まぬ。冷静に話し合ってはみんか?」


「け、賢者になっておられる……」


 そう、レニオの活躍によってバッソーは賢者としての力を取り戻していた。先ほどの強力な火球の魔法もそれによって繰り出されたものなのだ。


「それはそうと、やっぱりブロッズとそういう仲だったのね! 指を突っ込んだって!?」


「お前は当事者で、目の前で見てただろうが」


 予想通りフィーがそこへ突っ込んでくるとにわかに騒がしくなってくる。メザンザは二人にとどめを刺すところを邪魔されていら立っている様子が見て取れた。


「グリムナ、大丈夫でしたか? ケガはないですか?」


 ヒッテが心配そうな表情で上目遣いでグリムナに尋ねてくる。二人は衝撃波を何度も喰らって、服も鎧もボロボロで土砂を浴びた状態、肌の露出している部分も細かな傷だらけで疲労困憊なのが見て取れた。グリムナはヒッテを安心させるように、彼女の頭を優しく撫で、痛みを噛み殺しながら答える。


「ああ、大丈夫だ。先っぽしか入ってない」


「先っぽ?」


「それより今はメザンザだ! どうにかして奴から逃げないと!!」


 余計なことを言ってしまった。グリムナは話を逸らそうとするがヒッテは『何の先っぽか」と、話しの意味が分からずぽかんとしている。


「ちょっと待って、先っぽって何の先っぽ? それ次第じゃ今後の展開が変わってくるわ!」


「うるさい! 何の展開だ」


 当然これにフィーも食いついてくる。どうせ自作小説の展開が変わってくるのだろうが、しかしそんなことに構ってやるほどの余裕はメザンザを前にした今、誰にもないのだ。


 また、地響きが起こった。大きく地が揺れ、体幹の強いメザンザ以外はその場に膝をついてしまう。やはり、メザンザが起こした衝撃波だけではない。それとも彼の攻撃のせいで地盤が崩れようとしているのか。いずれにしろ、大地が揺れているのだけは確かだ。




 そのころ、ゲーニンギルグ城内の建造物群の住民たちは貴重品だけでも荷物をまとめ、この異常な地響きから逃れようと、状況が分からないながらもめいめいのうちに避難を始めている。


 それは、その赤毛の少女も同じであった。ほんの一日前、グリムナを捕縛したときは全身鎧を着ていたが、日も変わって夜となっているため今は普段着を着ている、赤髪でおさげの少女。


「一体……何が起きてるんスか……ウルクさんもいないこんな時に……」


 レイティは念のため帯剣だけして、宿泊施設もある人権騎士団の庁舎から出る。実際にはここはヤーベ教国の騎士団の庁舎に人権騎士団が温情で間借りしている状態である。正直言って人権騎士団は他の騎士団…ヤーベ教国の国防をつかさどる騎士団や、教会直属の聖堂騎士団…から良く思われていない。叙勲を受けていない『自称騎士団』だからだ。


 実際やっていることも『騎士』とは何の関係もないヤクザのような活動ばかりだし、やはり名ばかりの騎士なので剣や槍の扱いについても素人だ。人によっては馬にすら乗れない。もはや何を以て『騎士』とするのか分からない状況である。そもそもリーダーのアムネスティからして剣についた血も拭かずに鞘に納めてしまうようなド素人である。


 さらに言うと騎士団はおろか、一般市民からもよく思われていない。いつ火の粉が降りかかってくるか分からないキチガイ集団だからである。


 それどころか実を言うと一般のフェミニストからすら『あいつ等とはあんまり関わり合いになりたくない』とまで言われている。むしろ『過激で荒唐無稽な主張ばかりするあいつらのせいで女性の社会的地位が認められない』とすら思われている、まあいわば鼻つまみ者の集団である。


 しかし声だけはひたすらにでかいので無視するわけにもいかない、そんな、この大陸でもっともめんどくさい連中がアムネスティ人権騎士団なのだ。


 レイティはしばし自分の腰に差した剣を眺める。


 度重なる地震、そして上司であるウルクの不在、そこから来る多少の恐慌状態にあった彼女であったが、自分の剣を眺めていると幾分か気が落ち着いてくる気がした。

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