第105話 きちょタン
「さあ~て、家づくりも大詰めですよ! グリムナさん達も手伝ってください!!」
そう言うと、ベアリスは寝室の方に入っていって、穴を拡張しだした。どうやら一人用の寝床しかないので、全員が入れるように拡張するつもりのようだ。
グリムナ、ヒッテ、バッソーの3人がそれを手伝い始めるが、フィーは「夕飯用の獲物を取ってくる」と言ったきり姿を消してしまった。おそらく汚れるのが嫌だったのだろう。実際ベアリスのワンピースは元々白だったのだろうが、以前町であったときは黄ばんでいたし、今は汚れに汚れて茶色から黒に変貌している。
「あの女……やりたくないことは嘘ついてでもやらないんだな……メルさんの気持が少し分かるわ……」
グリムナがそう独り言ちていたが、4人は作業を進める。ベアリスとグリムナが穴を掘り、バッソーとヒッテが土を捨てる。工作は存外に早く進んでいき、日が暮れるころには、まだ加工は粗いものの、何とか5人が入れそうな空間はできていた。地面に横穴を掘っただけで強度的に不安があるので、二部屋に分けた構造にしてある。
「ふぅ、とりあえずこんなもんですかね。後は明日にしましょう!」
ベアリスの宣言で今日の作業を終了すると、ひょこ、とフィーが顔をのぞかせた。
「お、丁度終わった感じ?」
「手伝いたくないから近くで終わるのを待ち構えてましたね? ちゃんと獲物は取れたんですか?」
ヒッテがあきれた口ぶりでそう言う。しかしフィーは何やら余裕の表情である。
「ふっふっふ……フィー様をお舐めでないよ!!」
そう言って矢の刺さって絶命しているウサギを掲げた。
「おお! 今夜はごちそうですね!」
素直に喜ぶベアリスであるが、グリムナは何やら目を細めてそのウサギを凝視している。
「なんか……足首に傷がない……?」
その言葉にスッとフィーが目を逸らす。
「これ、もしかしてさ、さっき見つけたスネアトラップにかかってたウサギなんじゃ……」
「えっ? それ、私が仕掛けたスネアトラップですよ」
「ま、まあまあ、だれが捕まえようがいいじゃない! とにかく、今日はごちそうよ!!」
グリムナとベアリスに責められそうになって慌てて話を逸らすフィーであるが、5人でウサギ一匹では少し心許ない気もする。
結局彼女がどこからウサギを調達してきたかは置いておいて、今日は日も暮れてきたため、グリムナ達はベアリスが作った家のプールサイドの部分で焚火を起こして夕飯の準備を始めた。
いつもは野営の時はかまどを作るところから始めるのだが、確かに屋根のない場所とはいえ、『場』の準備がしてあるだけでもかなり生活は楽になるな、とグリムナ達は実感していた。生活に余裕ができるのならこういった生活も悪くはないとは思うが、大雨が降ったらどうするのだろうか。
そう考えてベアリスに質問してみると、『その時はその時』だそうだ。なんとも彼女らしい考え方ではある。
ウサギの皮をはいで、フィーが肉を切り分けて焚火で焼き始めた。内臓は別のことに使う、と言ってベアリスがどこかへ持っていった。
「しかし、ベアリス様、罠に獲物が掛かるかどうかなんて運次第だと思うんですが、ちゃんと食事はとれてるんですか?」
グリムナが心配そうにそう聞くが、ベアリスはにこにこと笑いながら事も無げに答える。
「まあ、その時はその時ですよ。食べれることもあれば食べれないこともある。水さえあれば少々のことでは人は死にませんし、それに、こういうのもあります」
そう言って、グリムナは一旦食べていたウサギの肉を食器代わりにしていた葉の上に置いて、ワンピースのポケットから何かを出した。
「ひぃっ!?」
思わずフィーが悲鳴を上げる。うぞうぞと蠢く、それは親指よりも少し大きいくらいの、何かの幼虫であった。食事の話をしていたのになぜ虫を取り出したのか、この幼虫が何か金になるのか、グリムナ達は考えていたが、ベアリスがその答えを話し出した。
「虫っていうのはですね、同じ重量の動物の肉よりもたんぱく質の含有量が多いんですよ」
しかしグリムナ達はまだ阿呆のようにぽかんとしている。ベアリスは言葉を止め、顔の前に幼虫の尻の方をもってぶら下げるように持っていたのだが、空いている方の手も虫の尻に添えて、その体をしごくようにすると、哀れ幼虫は口からぶちゅぶちゅと自らの内臓を吐き出して絶命した。
「一体何を……!?」
グリムナ達は唖然とした表情それを見ているばかりである。何とかしてグリムナが疑問の声を臓腑より絞り出したものの、ベアリスの答えはやはり要領を得ないものであった。
「内臓は寄生虫がいる可能性がありますからね」
しかし『要領を得ないものであった』というのはあくまでグリムナ達の視点によるものであり、逆に彼女の中ではこの一連の問答はきちんと『繋がって』いるのだ。それが知見の足りないグリムナ達には分からないだけで。
「これも貴重なタンパク源です」
そう言うなり、ベアリスは死んだばかりでまだ蠢いている幼虫をパクリ、と口の中に放り込み、そのまま眉間にしわを寄せ、ややつらそうな表情でもりもりと咀嚼し始めた。
グリムナ達は目をひん剥いて、言葉すら出せずにただその姿を見つめるばかりである。フィーなどはあまりの事態に涙まで目に浮かべている。これが『食事』だったのだ、とようやく彼らも気づき始めた。気づいてはいるのだが、あまりにも受け入れ難い事態である。
「ぅぶ……うぇ……」
辛そうなくぐもった声を出しながらベアリスは咀嚼を続け、やがてこらえるように目をつぶりながらそれを飲み込んだ。そこまでして食べる価値があるというのか。
「だ……大丈夫ですか……おいしいんですか、それ?」
余りの事態に硬直しながらも、何とかグリムナが声を絞り出し、ベアリスに話しかける。聞くまでもなくとてもではないがおいしそうには見えなかったが。
「んぶっ……腐った土……腐葉土の匂いが凄いです……」
「でも、食べられなくはありません!」
そう言って、やや脂汗を額に浮かべながらビシッとサムズアップするベアリスであったが、グリムナ達は「はぁ……そうスか……」と返すのみであった。なるほど、確かに虫であれば動物と違って逃げ足も遅いし、何より遭遇率が違う。贅沢さえ言わなければ森の中は、生きていくには不便はないようである。
「ま、動物があるなら動物を食べますけどね」
そう言ってベアリスは口直しとばかりにウサギの肉にかじりつき始めた。そこまでまずいならなぜ実演して見せたのだろうか。
「まあ、アレですよ。こういう生活してると、魔物が人間を襲う理由が良く分かります……人間チョロいですもん」
まだ微妙な表情をしているベアリスがそう言うと、グリムナはトロールのリヴフェイダーの事を思い出した。彼は盗賊のボスとして君臨し、人間の肉を食らっていた。グリムナにとって、いやさ他の人間にとってもそれはあまりにも受け入れがたい行為ではあったが、ベアリスはそれが良く分かるという。
「人間と比べて、野生動物はすばしっこいですし、力も強い。少しでも危険だと判断したらすぐに逃げる。そして何より遭遇できない。これが一番大きいですね」
最後にそう締めて、食事会はお開きとなった。グリムナは複雑な気持ちであった。『人を殺し、食らう』それは人の側からは敵対行為としてとれるが、人ならざる者にとってはそれは生きる術に他ならないのだ。
その日は今日作ったばかりの寝床に二手に分かれて眠りについた。
もともと王族であった人間が、追放され、ホームレスにまで落ち、今はこうして野生の人間をやっている。あまりにも数奇なその運命にグリムナはまんじりともせずに毛布にくるまったままボーっとしていると、隣に寝ていたヒッテが声をかけてきた。
「ご主人様、まだ起きていますか?」
「うん、起きてるよ。眠れないのか? ヒッテ」
グリムナがそう聞くと、ヒッテはゴロン、と寝返りを打ってグリムナの方に転がってきた。「少し冷える」と言う。彼女は冷えると言ったが、野営の時よりは大分マシである。地中というのは年間を通じて温度が一定に保たれる。すなわち、夏は涼しく、冬は暖かい。そこまで考えて、ふと、グリムナは「よくよく考えたら村が近いんだから帰ればよかったな」と思ったが、同時に今日の事は今日の事で大変よい経験にもなった、とも思った。
まさか、虫を食べる女がいるとは。それも生で。
「不思議な人ですね、ベアリス様って……」
小さな声でヒッテがそう言った。
「そうだな……」
「彼女を見ていると、こんな私でも生きていてもいいのかな、って気持ちになります」
グリムナはその言葉に少し考えてから、横になったまま手を彼女の肩の上にぽん、と置いてから答えた。
「生きるっていうのは、誰かに許しを請うもんじゃないだろう」
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