第144話 グレコローマンスタイル

 突然入室してきた5名ほどの赤い装束に身を包み、頭巾をすっぽりとかぶった男達。彼らは『異端審問官』だという。


 グリムナのヒッテへの児童虐待容疑は晴れたものの、そのままシームレスに異端審問が始まった。グリムナはまだ流れがつかめず、おろおろとしている。メザンザ以外は他のメンバーも似たようなものである。ともかく、裁判長達は退廷していき、代わりに入って来たこのポンコツ共が代わりにグリムナに異端審問を行うというのだ。これは大変厄介なことになった。


 なぜならまず異端審問や宗教についての専門家がここにいないのだ。さらに言うならば、実態はどうあれまがりなりにも公明正大をうたっている裁判と違って異端審問はそんな物どこ吹く風である。その証拠に大勢いた傍聴人も追い出されてしまった。この、周りの耳目のない密室で異端審問は行われるし、異端審問官には拷問による自白を強要することも許されている。もはやこれまでのようなぬるい取り調べとは違うのだ。


「えっと、まず……ホモは、異端なのか? いや決してホモではないけども、俺は!!」


 必死の形相でグリムナが問いかける。しかし実は彼には罪状の予測はついていた。まずは相手が答えやすい質問をして『話し合いの場』を作りたかったのである。ヒメネス枢機卿は表情は分からなかったが小さく「フン」と鼻で笑った後説明を始めた。


「これだから無知な田舎者は! 豊穣神ヤーベを祀るベルアメール教会では子を成さぬホモは禁忌! もう一回言うが異端が確定すればお前は厚生施設で再教育を受ける事となる」


 厚生施設とか再教育と言えば聞こえがいいが、その実態は洗脳施設である。出所する頃には「中○共○党最高」以外の言葉をしゃべれなくなる悪魔の施設なのだ。


「再教育? ホモの再教育とは一体……?」


 『再教育』という逆に穏便な言葉にグリムナは恐怖を示していたが、なぜかこれに興味を示したのはバッソーであった。


「それはもちろん、二度と男の体に興味を持たないよう、国中から集められた美女達とくんずほぐれつグレコローマン式レスリングを……」

「ワシはホモですっ!!」


 突然挙手しながらバッソーが高らかに宣言した。


「再教育! さあさ再教育を!!」

「控えろじじい! お前はお呼びじゃない!!」


 ヒメネス枢機卿はショートフックでバッソーを床に沈めた。あまりにも意図が見え透いていて、露骨すぎる宣言であった。

 ちなみにグレコローマンスタイルでは腰から下を用いた攻防は禁止されており、スープレックス中心の投げ技を多用した試合展開となる。不慮の事故による妊娠などに配慮している教育と言えよう。


 裁判自体も終わってしまって、もはやじじいには期待できない。グリムナは床に崩れ落ちたバッソーを特に治療することもなく、ちらりとゴルコークの方を見た。彼は事態にあまり興味がないのか、ボーっとしながら指のささくれをいじっていた。


「なあ、ホモって言うなら、そこのゴルコークも対象になるのか? 確か以前は自分の領内でかなり好き勝手やってたと聞くけど……そこにいる俺の仲間のレニオも危ない所だったし……」


 ヒメネスはゴルコークの方をちらりと見てからグリムナに応える。


「彼は国内で何かしたわけではないので罪には問われない。そもそも裁判の証人として来たのだから安全は保障される。さらに言うなら彼の場合は妻子がいるから、ホモではなくバイだな」


「お前妻子持ちだったのかよ!!」


 思わずグリムナがツッコミの声を上げる。妻子ある身であれほどの性に関する暴虐の限りを尽くしていたという事実に驚愕したのだ。しかしそれと同時に妻子ある中年男性にキスしてしまったという何とも言えない後悔の念にも苛まれていた。

 ヒメネス枢機卿はそれをただのホモの痴話喧嘩と受け取ったようでそのまま話を続ける。


「お前の場合はたとえ国内でそんな行為がなかったとしても大問題だ。先ほどの公判で出てきたホモ小説は大変に公序良俗を乱す存在であると、議会でも問題になっているんだ。表現の自由と教義との板挟みでな!」


 グリムナが本当の著者であるフィーの方をジロリと睨むと彼女は目を逸らして素知らぬ顔をした。


「とにかく審問を始めるぞ! ファング枢機卿、ビグルス枢機卿! 準備だ!!」

「ちょっ、さっき自分で名前言うなって言ったじゃないですかぁ!!」


 不満を漏らしながらもファングとビグルスはグリムナの腕を引っ張り、柱に縄で胴体を縛り付け、そのままズルッと彼のズボンとパンツを下ろした。


「キャアアアァァァ!!」


 グリムナの悲鳴である。フィーとヒッテはしらけ顔をしている。アムネスティは真っ赤になって顔を両手で押さえ、しかしながらも指の間から彼のシンボルを凝視している。


 やはり性に関する異端審問なので下半身に拷問を仕掛けるのか、とグリムナがもじもじしながら恐怖していると、ファング枢機卿、と呼ばれた男が自らのローブを脱ぎ始め、最終的にKKK団みたいな頭巾と、パンツ一丁の格好になった。


「え?」


 てっきり拷問器具を取り出すと思っていたグリムナが呆気にとられる。これが彼の拷問スタイルなのだろうか。返り血がつくと嫌だから衣服を脱いだのか。しかし彼は特に拷問器具を用意などすることなくそのまま仁王立ちのままだ。若干中年太りなのか腹がたるんだ情けない裸である。


「反応なし」

「了解、反応なし、と」


 ヒメネスの言葉に応えてビグルスが何やら手帳に書き記している。まさか、ホモなら男の裸に反応しておにんにんがぼっきっき、とでも思っていたのだろうか。

 しばらくして動きがないのを確かめると、ファングがタン、タン、タン、と右足のつま先をリズムよくタップさせ始めた。それに呼応するようにビグルスがボイスパーカッションを始める。


「ズンズンチャッ、ズッズズン、チャッ……」


 さらにそのボイスパーカッションに合わせるようにファングが腰をくねらせながら踊る。グリムナは疑問符を浮かべるくらいしかできない。そのままファングはグリムナに尻を向け、目の前にあった柱にしなだれかかるように手をつき、セクシー(?)に吐息を吐きながら踊り続ける。ポールダンスである。


「ピーィー!」


 口笛の音が聞こえた。見ると、フィーがどこから手に入れたのかポップコーンを頬張りながら指笛を吹いていた。ファングはそれに気を良くしたのか一層熱っぽく腰をくねらせる。場内の空気はその2名を除き、冷えっ冷えである。


「いつまでやってんだこの駄肉!!」


 ヒメネスが踊りをやめようとしないどころかどんどん激しく腰を振るファングを蹴飛ばした。ファングは正気を取り戻したかのように脱いだローブを拾い集めて着だした。


「なかなか頑固なようだな、グリムナ……だが、これならどうだ……」


 そう言うと、ヒメネスはグリムナの前を数歩、うろうろと歩いてから独り言を始める。


「ふぅ……なんだか、蒸すわぁ……」


 そう言いながら首元のボタンを一つ、また一つと外していく。そしてぱたぱたと胸元に空気を入れるようにローブを引っ張ったりしながらさらにグリムナに話しかける。


「はぁ、ほんま、蒸すわぁ……ねぇ、グリムナ……」


 上目づかいで語り掛けながら、やはりローブの胸元をこれでもかと引っ張っている。



「…………?」


 グリムナはしかし困惑するしかない。一体どういうリアクションを期待しているのか、それが分からないのだ。ちらり、と彼の乳首がローブの奥に見え隠れした気がした。しかしだからそれがなんだというのだ。


「ちっ、これも反応なしか……チラリズムフェチでもないのか。まずいな、もう引き出しがないぞ……」


 ヒメネス枢機卿が独り言ちる。まさかあれだけでホモの自白を引き出そうとしていたのだろうか、引き出しを用意しなさすぎである。


 しかし決め手に欠けるのはグリムナも同じである。


 そんな中、非常にグリムナにとって不本意ではあるものの、声を上げたのは、フィーであった。

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