第281話 アーバンライフ
「さあ、新たな旅立ちよ……あなたの過去を取り戻すための。準備はいいかしら?」
そう言ってフィーは前髪をかき上げた。
ヒッテは微妙な表情を見せつつも、それに頷き、荷物を肩にかけた。
(もうフィーさんの事は思い出したんだけど、このキャラいつまで続けるつもりなんだろう……?)
前回フィーはヒッテの記憶がない事を知り、そして……
ミステリアスお姉さん系キャラで行くことにした。
何を言っているか分からないかもしれないが、それが彼女のくだした結論だったのだ。仕方ない。あのアホエルフの行動にいちいち論理的思考を求めてはいけない。どうせ長くは続かないし。
結局あの昼食の後、フィーはアンキリキリウムでヒッテが借りてる部屋にその日は泊まり、そして部屋を解約して二人で旅に出ることにしたのだった。
ヒッテはフィーについては少し思い出したものの、しかしまだすべてを思い出せたわけではない。つまり、彼女の記憶を取り戻すための旅である。
「今からはどこに向かうんですか?」
「そうねぇ……」
ヒッテが問いかけるとフィーは町の外の方に視線をやる。
「まあ、やっぱりここから一番近いネクロゴブリコンの住処かしらね? あのおじいちゃん事情通だし」
「ネクロゴブリコン?」
少し気になる名だったが、ヒッテはそのまま流してフィーについて歩き始める。フィーはこの辺りは以前の旅で何度も通った場所なので道を覚えており、ずんずんと歩き始める。
すぐに二人は道を外れ、森の中に入り、山を登り始めた。
「こっ、こんな山の中に住んでるんですか?」
街道を歩いていたのは1時間ほどであった。思いのほかすぐに山に入ったことでヒッテは驚いてフィーに尋ねる。
「そうね。ま、普通に町に住める人じゃないからね。事情があってねぇ……」
もったいぶったような話し方をフィーがする。どうも『情報を小出しにしていればミステリアス』と考えている節があるようで、詳細を語ろうとせず、そのまま森の中を進み続ける姿にヒッテは大層不安を覚えていた。
――――――――――――――――
「フィーさん」
ヒッテの問いかけにフィーはまた金八ばりの髪かきあげを見せながら応える。
「なにかしら?」
「迷いましたよね?」
「なにがかしらぁ?」
「体に聞いた方がいいですか」
そう言いながらヒッテは拳を握って構える。
「ちょ、すと、ストップストップ! なんでヒューマンってそんなに攻撃的なのよ!」
お前がトンチキだからだ。
「あの~、アレよ……迷ったんじゃなくってね」
フィーが辺りを見回しながらぶつぶつと喋る。「ん~」とか「ああ」とかうなっている。おそらく今必死で言い訳を考えているところだろう。
「えっとねぇ……ここはね……『迷いの森』よ」
「迷いの森?」
初めて聞く単語である。
「そうよ、いい? ヒッテちゃん、森は……生きている」
突然C・W・ニコルみたいなことを言い出した。
「森は……暖かい」
手を木々に差し伸べながらフィーは言葉を続けるが、ヒッテはぽかーんとしている。当然だ。
「ニンゲン、エルフの森、焼き払う。決シテ、許サナイ……
ジャアクなニンゲン、森カラ、出テイケ! ココは、オマエタチ、来る場所、チガウ!」
「すいません、フィーさん今どういう立ち位置で喋ってるんですか?」
突如としてカタコトでしゃべりだすフィーにヒッテは困惑の色を隠せない。一瞬、人ならざる何か、魔の物でもとり憑いたのかとも思ったが、しかしよくよく考えれば元々こういう突飛な行動をとる奴だった。
それはそれとして一体何なのか。迷いの森はどうなったのか。
「つまりね、森にすむエルフ達が、人間が自分の里に入り込んだりしないように結界を張って、進入を拒んでいるのが『迷いの森』なの。決して私が方向音痴で迷ったわけじゃないのよ。全て森にすむエルフのせいなのよ」
「ん……ていうか、フィーさんもエルフですよね?」
ヒッテにそう言われてフィーは少し考え込む。この女まさか自分がエルフってこと忘れてたのか。
「私はその……ダークエルフだから」
その設定まだ生きてたのか。
「エルフとダークエルフで何か違うんですか?」
どうやらヒッテは乗ることにしたようだ。
「そりゃもう……何から何まで正反対よ。エルフは森に生きてるけど、ダークエルフはこう……その、アーバンライフを好むわ」
「アーバンライフ?」
「そう、アーバンよ。エルフはこう、もうなんか、価値観が古くて、親が子供を無理やり結婚させようとしたりとか普通にあるんだけどね?」
それお前の母親の話だろう、とヒッテは思ったが黙っていた。『もうしばらく泳がせた方が絶対面白いことを言うぞ』と思ったからだ。
「その点ダークエルフなんかはもう、都会的で……たとえば……そう! 休みの日なんてお洒落なカフェのオープンテラスでスコーン三昧よ!」
どうやらさんざん考えて思いついたアーバンライフがお洒落なカフェ(笑)だったらしい。口の中パサパサになるわ。若干笑いを堪えながら、今度はヒッテが口を開く。
「まあそうですよね。エルフってなんか田舎くさいですもんね。人間を見習ってほしいですね」
その瞬間、フィーは真顔になってヒッテの手首をガシッと掴んだ。
「ヒューマン如きがエルフの事を悪く言わないでよ」
「え? でもフィーさんはダークエルフなんだから別にいいじゃないですか? エルフと敵対してるんですよね? フィーさんは、格好良くて、美人で……ダークエルフってみんなそんなに格好いいんですか?」
しばし沈黙の時が流れる。秋口ともなると山の中には涼しい風が吹く。「じっとしていると冷えてしまうな」とヒッテは少し思ったが、フィーは逆に頬を赤らめ、ぷい、と向こうを向いて、また山の中を歩きながら答えた。
「ま……まあね!」
口元がにやにやと笑っている。照れ笑いを隠しきれていないようだ。
「コイツ……くっそチョロいわ……」
「え? なにかしら?」
「いや、なんでもないです」
(チョロい……)
ヒッテはふと、立ち止まって考え込む。
「どうしたの? ヒッテちゃん?」
「いや、何か……思い出しそうな……」
(5年前……、ヒッテは誰か、チョロい人と旅をしていたような……)
空を見上げて考え込む。
やはり思考がまとまらない。しかし、この森の中、確かにここを歩いたことがあるような……そんな感覚を受けた。思い出すことはできなくても、自分は確かにここにいたのだ、存在したのだ。
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