第329話 変わる二人

「ヒッテちゃん!? ヒッテちゃん、しっかりして!!」


 力なく倒れ、意識を失っている彼女の身体を抱きかかえながらフィーが叫ぶ。


 ヒッテが、昔に比べると随分と性格が変わっていることにはずっと気が付いていた。


 それは記憶を失ったからではない。5年前の、ともに旅をしている時。その時からずっと思っていたことだった。


 初めに会った頃、自分とグリムナの荷物を寝ている間に盗んで持ち逃げしていた頃。初めてネクロゴブリコンのねぐらに言った頃。


 あの時のヒッテはこの世のすべてを憎み、厭世的で、誰も信用していなかったように見えた。そしてそれはグリムナに対しても同じ態度であった。


 しかし旅を続けているうちに彼女の意識は少しずつ変わっていった。文句を言いながらもグリムナの人助けに付き合う様になっていった。


 ボスフィンではグリムナを助けるために、何が起こるか分からない危険な精神潜行サイコダイブを敢行した。(フィーは失敗したが)


 ローゼンロットでは、やはりグリムナを助けに行くため、たった一人で燃え盛る街に駆けて行った。


 そしてその精神は記憶を失った今でも変わっていなかったのだ。


 しかしそれがフィーも思わぬ形で現れることになるとは。


 フィーを助けるために自分の身を挺するとは思いもよらなかった。


 フィーはゆっくりと彼女の首に指をあてて鼓動を確認する。熱い血潮が脈打っているのが感じられた。大丈夫。気を失っているだけだ。


 彼女の身体をゆっくりと横たえさせると、深呼吸をして、ゆっくりとフィーは立ち上がり、弓に矢をつがえる。


それを見て、傭兵の男はニヤリと笑った。


「ガキの方は殺していいぞ。……エルフさんよう、あんたは人一人守りながら戦えるほど強いのかい?」


 ビンッと、言い終わる前にフィーが矢を弾く。


「くっ!!」


 矢は傭兵の肩に命中し、同時にフィーは右手を出して呪文を詠唱する。


「闇を切り裂け、赤きホモォの矢よ! リネア・ロッソ!!」


 幾筋かの炎の線が伸びて傭兵達の足元に散らばった。呪文の詠唱は多少間違っていても、雰囲気が伝われば効果を発現する。


「燃えろ 燃えろ 原初の命よ 仲間を集めて踊り狂え」


 その炎の矢は狙いがそれたのではない。元々足元を狙ったのだ。轟音を立てて、今にも消えそうだった炎の矢が火柱となり、燃え上がる。その炎に一人の傭兵が巻き込まれ、火だるまとなり、他の者達も「これはまずい」と後ろに下がる。オーガも同様に怯んで後ろに下がった。


「クソが!!」


 フィーたちを囲んでいた傭兵は4人、それにオーガが一頭。炎の範囲外にいた傭兵の一人がカトラスで切りかかって来た。


 即座に腰のレイピアを抜くフィー。普段なら逃げて、距離をとってから弓矢か魔法で攻撃するところだが今はそうもいかない。彼女の後ろには意識を失っているヒッテがいるからだ。


「私が……命を張って誰かのために戦うなんてね……」


 ニヤリと、若干自嘲気味な笑みを浮かべるフィー。


 そう。ヒッテと同様彼女自身も変わってきているのだ。困難に直面した時、『こんな時、グリムナならどうするだろう』と考えることがある。


 そして彼女の頭の中のグリムナはいつもこう答える。


 『ここで見捨てるようなら、それはもう俺じゃない』と。


 彼女自身気づいてはいなかったのだが、フィーはいつの間にか、迷わずにそう答えるグリムナに憧れを抱いていた。高慢で鼻持ちならず、人間を見下しているあのエルフが、だ。


 フィーは最初、傭兵のカトラスをレイピアの刀身で受けようとしていたが、「刃が折れる」と直感し、いなすようにそれを払い落し、同時に左拳を人中に打ち込もうとする。


 しかし傭兵はこれに逃げることなく、頭部を回転させてスリッピングアウェーでをずらし、同時にさらに間合いを詰めて側頭部を使ってフィーの鼻っ柱に頭突きを食らわせた。


「ぶあっ!?」


 (頭に衝撃を受けると、本当に火花が出たみたいに感じるんだな……)のけ反って吹っ飛びながら、フィーはそんなことをのんきに考えていた。スローモーションのように感じられる流れる風景の中、尻餅をついてしまった。


(まずい、次の傭兵の攻撃に備えなきゃ)


 そう感じて顔を上げたフィーであったが、すぐに自分のミスに気付いた。


 追撃から逃れるためにのけ反ってしまったフィー。それは生物としては正解の行動だったのだろう。しかし今は違う。彼女には、守るべき仲間がいるのだ。後ろに跳んで衝撃を逃がすのではなく、その場で堪えるべきであった。


(そうだった。傭兵どもは、私は殺さずに奴隷として売り飛ばすつもりだったんだ……私が守らなきゃいけないのは……!!)


 傭兵がカトラスを振り上げた相手。その先にいる者は、意識を失っているヒッテである。


 すぐに駆け付けて助けたいが、体が言うことをきかない。どろり、と鼻の穴から血が垂れるのを感じた。


 涙があふれ出てきた。



 一緒に冒険した仲間を。


 大切な友達を、こんなところで失うことになるなんて。


 ようやく視界が元に戻った彼女の目に入ってきたのは。


 白目をむいて地に伏す傭兵と、ヒッテの身体を抱き上げる、黒髪の青年の姿であった。


 懐かしいその姿。


 この5年間、探し続けた、仲間の姿がここにあった。


「大丈夫か? フィー」


「グリ……ムナ……」


 元々涙があふれてきていたフィーであったが、後から後から涙がさらに湧き出して来た。


「ひっく、……うぅ……グリムナ……きっと来てくれるって……信じてた……」

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