第337話 剣で刺されるのが苦手

 こうしてヒッテ達と、ラーラマリア達は共に旅をすることになった。


 新しい仲間たちとの旅立ちの時だというのに、空気が重い。それもこれもすべてはラーラマリアのせいなのではあるが、しかしその重い空気に耐え切れず、フィーが胸の前でパン、と手を叩いて口を開く。


「え、えと……じゃあ、せっかく仲間になったことだし、その……自己紹介しましょうかしら、ねえ。それがいいわ!」


 すう、と深呼吸してからフィーは改めて自己紹介を始めた。


「私はダークエルフのフィー・ラ・フーリ。得意ジャンルはナマモノよ!」


「…………」

「…………」


(滑った……私の鉄板の自己紹介が)


 というか突然『ナマモノ』(※)とか言われても普通は何のことか分からない。

 ※BLカップリングのジャンルで実在の人物を扱うもの。特別な資格が必要。


「じゃ、じゃあ次!  ラーラマリアさん!」


「え?」


 反応が鈍い。まだ先ほどの疲労が抜けていないようだ。


「ほ、ホラ、得意な物とか、苦手な物とか……なんかないの?」


 ラーラマリアは少し考えてから語りだす。


「苦手な物……私の苦手な物……あ、そうだ」


 つい先日もオーガや傭兵相手に大暴れしたラーラマリア。彼女に色恋以外に苦手なものなどあるのだろうか。


「剣で刺されるのが、苦手です……」


 なるほど。


「剣で刺されると、私は死にます……」


 さすが剣で刺されて死んだことのある人間の発言は含蓄がある。しかし普通たいていの生き物は剣で刺されたら死ぬ。むしろ死なない生き物がいるなら見てみたいくらいである。


「じゃ、じゃあ、次、グリムナどうぞ!」


 微妙な空気になってしまったのをリカバリーするようにフィーが司会進行する。


「……俺は……剣で刺されるのが得意です」


 ここにいた。


 そう。グリムナは国境なき騎士団と戦った時に二度ほど腹を剣で刺されている。さらに、コスモポリの町で大道芸をしたときに胴体を真っ二つに剣で切断もされている。それでも平気なのだ。プラナリアのような男である。


「そ、そう……」


 フィーが力なく応答をする。コスモポリの町でグリムナを真っ二つにしたのがコイツである。

雰囲気を和らげようとして余計に微妙な雰囲気になってしまった。


「わ、私は……ローキックが苦手かな……ほら、足折られたことがあって、誰かに……ハハ」


「ハハ……大変……ね」


 苦笑いでラーラマリアが返す。フィーは5年前、ローゼンロットでラーラマリアに会った時、大腿骨をローキック一発でへし折られているのだ。


「す……スネでカットすれば……」


 ヒッテがアドバイスを入れるが、これは決してテクニカル的な討論会のようなものではないと思うのだが。


「いや、どうだろ? あれはカットしてもスネごとへし折られそうな気がするなあ、なんて……」


 もはやこの空気を誰にもどうすることもできない。それでも沈黙に耐え切れずに話を続けるフィーであった。

 しかし、苦手な技の告白大会をしていると、リビングから外に繋がるドアがぎい、と、開いた。


「やっと見つかった。こんなところにいたのね」


「あ、お母さん。すっかり忘れてた」


 声の主はフィーの母親、メルエルテであった。メルエルテはリビングの中を見渡すとグリムナに目を向けて少し驚いたような声を上げた。


「あら、あんた左腕どうしちゃったのよ? 前からそんなだっけ?」


「グリムナさん、左手は治せないんですか?」


 メルエルテの疑問にヒッテも乗っかった。グリムナ曰く、まだ体力が万全ではないから少し落ち着いてからでないと回復できないらしい。


「少し食事をとってたんぱく質と血が回復してからじゃないと、この状態で急に欠損を治すと、最悪失血死する可能性があるからね」


 傷口を手で押さえながらグリムナがそう言うと、ヒッテはバッソーから聞いた話を思い出していた。『魔法は、無から有を生み出すことは出来ない』……なるほど、体内にある物質から欠損部位を生成するのなら今のグリムナの説明は腑に落ちた。


「そんな事より、ちょっとめんどくさい事になってるわよ、あんた達!」


「え?」


 メルエルテはそう言うと、フィーを立たせて、代わりに自分が座って、テーブルの上に乗っていたコップの水を一口飲んで、ゆっくりと話し出した。


「結論から言うと、あんた……ラーラマリアでしょ? 村人達が相当キレてるわよ」


「えっ? なぜ!? 傭兵達を追い払って村を救ったのに!?」


 グリムナが驚きの声を上げた。しかしラーラマリアは別段驚く様子もなく「ん~」と言いながらしばらく天井を眺めていたが、メルエルテの方を向いて口を開いた。


「傭兵どもが私目当てで村を襲ったから?」


「あら? 気づいてたの?」


 メルエルテはもう一口水を飲んでからラーラマリアに応えた。それにしても二人とも何でもないこと、当然のことのように話すので、グリムナとフィーが、この事態だけでなく、二人の態度にも唖然としている。


「まあそりゃあ……こんな何もない村襲って、村人を奴隷にするでもなく焦土にしようとするなんて、普通ならあり得ないもの。何の得にもならない。あんな可愛くないペットまで連れてきて」


「まっ、黒幕は誰か分からないけどね。聖剣が欲しい教会かな? ……いや」


 ラーラマリアはメルエルテと同じようにコップの水を一口飲み、じっと彼女の方を見ながら言葉をさらに付け足す。


「……ヴァロークの線もあるか」


「ヴァローク……? どこかで聞いたことがあるような……」


 グリムナが首をひねる。


「そうね……私も聞いたことがある気がするわ……」


 お前は覚えとけよ、フィー。


「まあ今すぐどうこうしようってわけじゃないらしいけれど。連中、今は別のことに夢中だから。出発の準備だけはしておいた方がいいでしょうね」


 確かにラーラマリアは初動が遅くて村の被害を拡大させた側面はあるものの、結果として村を助けたのは間違いない。傭兵どもがラーラマリア目当てで村を襲ったとしても、それは彼女が責められるべきではないはずである。


 メルエルテの言葉にラーラマリア以外の皆の表情が暗くなった。


 グリムナはそっと、ラーラマリアの方に振り向き、そして彼女の表情を観察していた。


 傭兵団に襲われた時もそうであった。村人たちが自分に怒っていると聞いた今も同じだ。


 彼女の苛烈な性格ならば、激しく怒るかと思われたのだが、意外にも彼女はなんともない表情であった。


 水の低きに流れるが如く。それが当然と言わんばかりに。


 自分が不条理に攻撃されているというのに、彼女はそれに対しては何の感慨もわかないようであった。『心底興味がない』といった感じだ。


 グリムナの、心の奥底に眠る、ある少女の記憶が蘇った。その少女が何者だったのかまでは思い出せなかったが、その子はこの世界の全てを憎んでいた。そして同時に、諦め、希望を失っているように見えた。


 その少女の顔と、幼馴染の顔が、なぜか重なった。

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