第53話 女騎士

 大騒ぎの中心は勇者ラーラマリアだった。


 ラーラマリアはメザンザを睨むように仁王立ちしており、それを庇うように間にブロッズ・ベプトが立っている。ラーラマリアの後ろにはレニオとシルミラが彼女の背中を守るように立っており、後ろから彼女らを制しようとしている衛兵たちを牽制している。


「やれやれ、早すぎるな……」


 そう呟きながらブロッズは呆れ顔で頭をポリポリと掻いた。


 ラーラマリアは一点の迷いもない表情で抜身の剣の切っ先を大司教に向けて言葉を発する。最初っからエンジンフルブーストである。こういった駆け引きで力加減をするような女ではない。


「いい度胸してるじゃないの、メザンザ! 自分達で勇者に任命しておきながら、邪魔になったら暗殺者を差し向けるとはね! アタシも舐められたもんよ!」


 メザンザは眉一つ動かさず、ラーラマリアの方を見据えたままじっと聞いている。もちろんラーラマリアの言っているのはピアレスト国境近くの町で暗黒騎士のダンダルクに襲われたことを言っているのである。襲撃の際、ダンダルクは結局最後まで名乗らなかったし、身分のわかるものも身に着けていなかったのだが、どういういきさつかは分からないが、ラーラマリア達は彼が聖堂騎士団所属であることを突き止め、ここまで押しかけてきたのだ。


 当然メザンザは彼女が何に怒っているのかはなんとなく察している。ブロッズからは『排除の必要はない』と報告を受けてはいるが、このタイミングで怒鳴り込んでくるなら、まず間違いなく自分たちが差し向けた暗殺者の事だろう、と想像はつく。


 一方のブロッズは頭を抱えている。彼が大司教にラーラマリアの事を報告したのは今日である。まさかそのタイミングで本人が来てしまうとは。


 もちろん自分よりも先にラーラマリアが来なかったのはまだ幸いであったものの、いくら何でもフットワークが軽すぎる。これでは折角自分が勇者の事を良きように報告したというのに台無しになってしまったではないか、という気持ちである。どうやら彼はほんの少しだけラーラマリアの事を過小評価していたようだ。


 まずメザンザは片手をあげ、今にも一触即発の衛兵たちを制した。


「よい、下がっておれ。こちらにはブロッズがおる。話し合い以上の事に過ぐる事態にはならぬ」


 この言葉を聞いて、衛兵たちは武器をおさめ、数歩下がった位置に待機した。やはり彼らにとってもブロッズの名はそれほどまでに信用置けるものなのだ。


 さらにメザンザは今度はブロッズの方に焦点を合わせて語り掛けた。


「なにか行き違いがあるようだな。ブロッズ、委細説明いたせ」


 メザンザの言葉を受けて、やれやれ、といった感じでブロッズは先ほどの木箱を自分の近くに寄せながらラーラマリアに話しかけた。


「申し訳なかったね。こちらでも少し行き違いがあってね。組織全体としては君たちに敵対するつもりはなかったんだが、一部に君たちを敵視していたものがいてね……ダンダルクの事を言っているんだろう?」


「そのとおりよ! こっちはこっちで裏取ってるんだからね! 聖堂騎士団のダンダルク、私を襲ったやつの名よ。この落とし前、どうつけてくれるのよ?」


 「落とし前か……」そう呟いてブロッズ・ベプトは木箱を自分の胸の前に持ち上げて、ふたをとってその中身をラーラマリアに見せた。その瞬間、ラーラマリアは瞳孔が開き、メザンザは悪臭に袖で鼻を覆った。


「悪いが、君たちに謝罪する前に落とし前はこちらでつけさせてもらった。本来なら君たちの前で断罪すべきだったかもしれないが、あまりにも見苦しい態度をとる男だったのでね……君たちには迷惑をかけて、本当にすまなかった。団長たる私の不徳の致すところでもある。許してくれ」


「………………」


 ラーラマリアはこれに何も答えなかったが、眉間にしわを寄せて額に汗を浮かべていた。メザンザは「してやったり」の表情である。激怒して敵の本陣に乗り込んできて用意のできていない相手に勢いだけでまくし立てて凄んでいたラーラマリア。それに対し、ブロッズはダンダルクの『首級しるし』を見せることで逆に相手の意表をついて機先を制したのだ。

 半分以上偶然のなせる業であったものの、これにはさすがのラーラマリアも動揺を隠せないようだ、とメザンザは内心大喜びである。しかし実際この時ラーラマリアの考えているのは全く別の事であったが。


(クソ……あの、エロマンガ媚薬の魔法の使い方教えてほしかったのに……)


「悪いけど、一部の人が勝手に暴走しましたからそれを罰しました、で、はいそーですかって下がれるわけじゃないのよね。こっちだってガキの使いじゃあないんだから。なんでそのダンダルクは私たちを殺しに来たのよ? それが分からなきゃ根本的な問題の解決にはならないでしょうが」


 重苦しい空気の中口を開いたのはシルミラであった。ラーラマリアもシルミラも物おじしない性格ではあるものの、直感的な言動しか取れないラーラマリアに対してシルミラはまだ理屈を通せる。


 これにブロッズはちらり、とメザンザの方を見た。どこまで話してよいものか、と悩んだのである。ましてやこの場には首謀者がいるのだから、彼の判断を仰ぐのは当然であろう。


「よい、私から話そう……」


そう言ってメザンザはブロッズの前に出た。


「勇者殿は腹芸の出来ぬ方だ。こちらも腹を割って話そう。最近の勇者殿はこちらの指示に従わず、自分勝手に動き回っているようにしか見えんかったのでな、そこの第4騎士団を束ねるブロッズに調査を命じたのだ。叛意なきか知るためにな。結果としては一部の血気盛んな者がその報告を待たずして勝手に動き、逆にこちらの統率の取れなさを示すものとなってしもうた。まっこと恥ずべき事よ。全てこちらの落ち度に拠るもの。申し訳なかったな」


 メザンザのこの言葉にラーラマリアたち三人は考え込む。一見して矛盾はないように思える。そして大司教直々の謝罪の言葉も聞けたのだ。これ以上突っかかれば無法を働いているのはこちらということにもなりかねない。

 実際メザンザは真実を語っていたのだ。叛意ありと分かれば始末せよ、とまで命じてはいたものの、そこまで話してしまうほどのお人好しではない。


「ときに、勇者殿」


 さて、お次はメザンザのターンである。


「各地でのご活躍はこのメザンザ、音にも聞いておる。人々を助け、大層民草に慕われておるそうな。しかし、肝心の竜のしっぽは掴めたのか、どうかな?」


 この言葉に思わずレニオが顔をしかめる。実のところ彼女たちは未だ竜に繋がる手がかりをまるで掴めていないし、さらに言うならそれを探してもいないのだ。


 返答に困っているのが分かっていて、それでいてメザンザは言葉を続ける。場は今、彼が支配しているのだ。


「詮無き事、責めているのではない。個として動くからこそ掴めることもあろう、しかし組織の力なくしては探せぬこともあろう。我らはこれまで以上に勇者殿の力添えをしたいと考えておる」


「これまで以上、とは……?」


 レニオがメザンザの言葉に質問をした。彼の意図を図りかねているのだ。不安そうな表情からそれが見て取れる。


「聖騎士となって第4騎士団に入らぬか?」


 メザンザのこの言葉には思わずブロッズも驚いて振り返った。メザンザがラーラマリアを完全に支配下に置きたいことは分かってはいたものの、まさか聖騎士として召し抱えるつもりだとは思っていなかったからである。


(第4……となると、私の部下になるのか……? それはそれでつまらん気もするな……)


 しかしブロッズはこのこと自体にはあまり興味がわかなかったようですぐに表情を戻してラーラマリア達の方に視線を戻した。彼の次なる興味はラーラマリア達がどんなリアクションをしてくれるのか、だけである。自分に害が及びさえしなければそれ以上の興味は正直言ってあまりないのだ。


「騎士って……ホントに? アタシ達女なのに、いいの? 女の騎士なんてエロ同人でしか聞いたことないよ……あの『くっ殺』とか言うやつでしょう?」


 レニオが狼狽えながら小さい声でそう言ったが、お前は男だ。


 シルミラとレニオはこの『女騎士』という言葉に色めき立っていたが、対してラーラマリアは落ち着き払った態度であった。本来で言えば騎士に値する剣の実力を持っているのはこのパーティーの中ではラーラマリアだけである。シルミラは非常に強いが、それはあくまで魔導士としての強さである。剣か槍によって身を立てる騎士とは違う。


 何しろこの世界では『女騎士』など、「クッコロ クッコロ」という鳴き声で8月中旬と12月の下旬にイベントの時期を知らせる想像上の季節の生き物として知られるくらいである。力は非常に弱く、すぐに敵につかまる。そして発情期になるとオークや山賊からなる逆ハーレムを形成して子を孕むらしい。野生の女騎士はオークの乱獲によりすでに絶滅しており、今お茶の間に出回っているものはその全てが養殖だとか。

 その女騎士という身分が急に転がり込んできそう、ともなれば動揺するのも仕方あるまい。


 これにラーラマリアはしばらく伏し目がちに何か考えているようであったが、やがてゆっくりと口を開いた。


「悪いけど、私は誰かの剣になるつもりはないわ。協力するのは構わない。でも教会の傘下に入るつもりはないわ。……私が誰かの剣になるとしたら、それはただ一人……いや、それはどうでもいい。問題は、あんたたちが何を提供できるか、でしょう」


 レニオはその言葉を聞きながら、ふぅ、と少しがっかりしたような表情を見せながらも内心では「やっぱりな」と思っていた。

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