第54話 マジあり得ぬ

本気マジあり得ぬ……」


 誰かの発したその言葉に、ブロッズが「まずい」と呟いてラーラマリア達の奥にまだ待機していた衛兵の方に寄っていった。説法用の長机に挟まれた狭い通路なのですれ違うのも大変そうである。


「すまないが、人払いを。我らと勇者殿たちだけで内密の話をしたい」


 ブロッズはさらに先ほどの木箱を衛兵の一人に差し出して言葉を続けた。


「それと、これを弔ってくれ。作戦中に殉職した第4騎士団のダンダルクの首級しるしだ。丁重に頼む」


「ダンダルク様が……!? いったい何故? あれほどの強いお方が……」


「強さだけが全てではない。巡りあわせというものがあるのさ。実りすぎた麦穂はいずれ刈られるものだ。地母神ヤーベ様が彼はもう十分生きたと思われたのだろう。ダンダルクの冥福に神の御加護があらんことを」


 驚きを隠せずに動揺する衛兵たちにそう言いながら、幼子に話すかのような優しい表情でブロッズは静かに目をつぶり、胸の前に右手で軽くこぶしを握ってしばらくダンダルクのために祈るような仕草を見せた。これで実際にダンダルクを殺害したのはブロッズ自身なのだから大したものである。


 豊穣の神ヤーベとは民に収穫の喜びだけをもたらす神ではない。実りすぎた穂はいずれそのこうべを刈られる。転じて寿命を全うした人の命を彼岸へ招く神でもあるのだ。それだけではない。農業においては暦の神でもあり、そこから転じて天の動きを司る神でもある。ベルアメール教会が主神に迎えるだけあって、それほどに人々の生活に密着した神なのである。


 衛兵たちはしばらく戸惑っていたが、第4騎士団団長の言葉を受け、木箱を受け取ると礼拝堂の外へと出て行った。さて、ラーラマリア達はしばらくそのやり取りを後ろから見ていたが、背後に異様な雰囲気を感じ取って恐る恐る振り向いた。そこにいたのは憤怒の表情を隠せぬメザンザであった。先ほどの言葉はメザンザのものだったのだ。どうやら彼はラーラマリアが騎士団入りを断るとは思ってはいなかったようだ。

 ブロッズは少しも慌てた様子を見せることなく、再び通路を戻ってラーラマリア達とメザンザの間に立って、彼に話しかけた。


「落ち着いて下さい、メザンザ様。ラーラマリア達は叛意あっての事ではありません。まだお怒りですか?」


「激オコなり


 やれやれ、面倒なことになった、と顔には表さないもののブロッズが心の中でため息を一つつく。しかし彼が言葉を発するよりも先にメザンザが口を開いた。彼にとっても交渉の余地はまだある、ということのようなのだが、どうも先ほどから口調がおかしい。彼は今正気なのだろうか。


「よからむ。『聖剣』エメラルドソードを知っておるか? 古の賢者達が作ろうとした竜シバキの業物わざもの。我らはそれを今探しておる。手がかりをつかみ次第これをぬし等に知らせよう」


 古語と若者言葉が混ざったようなメザンザの独特な口調に戸惑いながらもラーラマリアは冷静に考える。確かに自分たちは今、正直言って何の成果もあげられていない状態だ。教会のバックアップを受けながらもこの状態はまずいとは思っている。しかしそもそも相手の出す条件を丸呑みする、という行為自体が彼女にとっては受け入れがたいのだ。


「知らせるだけ? あなた達は最初っからその聖剣を使って私に竜を倒させるつもりなんでしょう? さっきから自分に都合のいい言い方だけをしてない? 実際に命を張って戦うのは私なのよ。実際……」


 ラーラマリアは少し言葉を止めて礼拝堂の扉、衛兵達が出て行った方をちらり、と見てから言葉を続けた。


「実際聖騎士のダンダルクはまるで私の相手にならない実力だったわ。あんな奴らに竜を倒すなんて無理よ。私は奴を倒すのに魔法すら使わなかった。このままだと力を欲しいあんた達にいいように使われるだけの気がするわね……」


「ふむ……」


 ラーラマリアの言葉を聞いてメザンザは少し考え込む。要は「それだけでは足りない、何かよこせ」と言っているのだ。彼は記憶の糸を手繰り寄せる。ブロッズから報告を受けていた、このラーラマリアとはどういった人物であったか、何を望み、何を欲する人間であったか。やがて一つの考えにたどり着いた。


「大司教の立場ではなく、一人の人として話させていただこう。宗教とは何か、分からんや?」


 唐突な質問にラーラマリア達は黙ってしまう。正直言って考えたこともなかった。しばらく考えて、レニオが恐る恐る答えた。


「えと……神の教えと説く場所、とか? 衆生の悩みを神の教えで救う……」


「ありよりのなし。尊師グルなればその答えもまた良し、されど組織の長としては落第級」


 相変わらず意味不明な口調でメザンザがそう答えた。彼は興がのってくると喋り方が無茶苦茶になるようだ。だんだんと喋り方もリズムを刻むような話し方にもなってきた。レニオの答えは彼にとってどうやら当たらずも遠からず、と言ったものであったようだ。さらに彼は続ける。


「よいか、宗教の市井しせいにおける役目とは、とにもかくにも井戸端会議コミュニティよ。民草は、悩みがあれば教会へ行く、無ければ無いで教会へ行く。そこへ行きさえすれば、何はなくとも傷を舐め合う、ナメトモがおる。こうして獲物に食らいつくオオカミが如くがっちりと民の生活に食い込めば、もはや神の教えは大磐石の重き也」


 ラーラマリア達は「こいつ何言ってるんだ?」という表情である。彼の言葉が非常に難解なせいもあるのだが、確かベルアメール教会が自分たちに何を提供できるのかという話をしていた気がする。それがなぜ宗教の社会における役割の話になっているのか、それが分からないのだ。


「さて、儂はそれを知っているからこそ、自分の教区で、駆け出しの僧侶の頃からある運動をしてきた。それが婚儀と葬式じゃ。人生における2大イベント、それを教会のしばりに置くことで、民草の営みも義理としがらみで雁字搦がんじがらめ」


 結婚と葬式、彼が実際に成人前のの小坊主だったころからずっと推し進めてきた宗教政策である。現在ではヤーベ教国はもちろんのこと、周辺諸国でも結婚式と葬式はベルアメール教会式で行うのがデファクトスタンダードとなりつつあるのだ。それがとてもナウいのだ。しかし、彼はそれを持って何が言いたいのか。


「お主が懸想しておる殿方との仲、このメザンザが全力サポートしよう。この礼拝堂でその者との婚礼の儀を挙げるとよい」


 この言葉を聞いてラーラマリアは一瞬固まっていた。しばらくして、彼が何を言ったのかをまず頭が理解し、自分の中でそれを整理し、そしてようやく脳が表情筋に指示を出し始めた。意志では平静を装おうとするも、口角が無理やり押し上げられて歪んだような口元になってしまう。顔色は見る見るうちに紅潮していき、やがて耳まで真っ赤になってしまった。


「わた、わたしは……その、結婚とか、わた、そういう……あ、あれじゃ……わたし、わたしは」


「いやか?」


「よきかな!!」


 咄嗟の事なのか何なのか分からないが、メザンザとラーラマリアの口調が入れ替わった。


「されど、それはあくまでオプション也」


 ラーラマリアの態度に尋常ならざるものを感じ取ってメザンザが慌てて付け加えた。


「あくまでも物事の本質は教会と勇者殿との協力にあり。このベルアメール教会は400年前の竜の惨禍の際、民を導いて救ったことで男を上げた。その折の導き手が偉大な預言者ベルアメールである」


 メザンザは後ろに手を組み、歩きながらそう言った。やがて礼拝堂の教壇に立つと、ドン、と、台に両手を置いて全員に向かって話を続けた。


「この先、千年の後も教会が生き残るためには、次の竜の惨禍でも結果を残さねばならぬ。ゆえに、我ら教会と勇者殿が協力して竜を倒したとなれば……」


 メザンザは人差し指をピンと、上にあげて十分にためてからその先を語った。


「バズることこれ請け合い」


 要するに教会としては現在の体制をより盤石なものとするため、次の竜の惨禍でも実績を残したい、そのために勇者を利用する腹積もりのようである。人にいいように使われるのは癪に障るラーラマリアであったが、利害が一致するとなればこれは話が別である。しばらく沈黙が流れたが、教壇の場所にまだいたメザンザが再び口を開いた。


「一つ、言い忘れし ためしあり」


「此の方、未だそなたの想い人の委細を知らぬ。どのような人となりであろうと、こちらとしては一向に構わぬが……

 衆道ホモだけはいかんぞ……」


 ゴクリ、とラーラマリアが生唾を飲み込む。ベルアメール教会は豊穣神ヤーベを主神として頂く。ゆえに子を成すことのない同性愛は大罪である。ラーラマリアはもちろんグリムナのホモを更正させて(それも誤解であるが)結婚するつもりであるが、想い人が今現在ホモであり、しかもその界隈では有名人であるとバレればどうなるのか、教会に対し大変な『負い目』になる可能性がある。


 そのやり取りを長机に腰かけてにやにやと笑いながら眺めていたブロッズが立ち上がり、話し始めた。


「実を言うと、聖剣を探しているのは我々だけではないがな……」


 レニオがこれに腕を組みながら質問した。


「聖剣って、正直おとぎ話の類だと思ってたんだけど……それを本気で探すってのにもちょっと違和感があるけど、アタシたちの他にもそれを探してる暇人がいるっての?」


 ブロッズは目をつぶって話を続ける。彼が言うにはその聖剣を探している者は個人なのか団体なのか、それすらもはっきりしていないという。言い伝えによれば人類がこの大陸にたどり着いた時、それはすでに存在し、聖剣と同じくおとぎ話の類とも考えられている不思議な集団。


「その名を、ヴァロークという……」

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