第11話 魅惑のホモパワー
「ひぐっ、うう……くうっ……好きな人の、前で……」
牢の中で、ラーラマリアの悲痛な泣き声が静かに響く。
突然牢番にキスをしたグリムナ、まだヒクヒクと痙攣している牢番、お漏らしをして泣きじゃくるラーラマリア、それを必死に慰めるシルミラ、うろたえておろおろするだけのレニオ。
阿鼻叫喚の地獄絵図とはこういう物を言うのだ。
ラーラマリア幼稚園の開園、である。
シルミラがラーラマリアの頭をなでながらグリムナをチラリと見る。なぜいきなりキスをしたのか、やっぱりそっちの人間だったのか、ずっと受けだと思ってたが攻めだったのか、聞きたいことは色々とある。しかし今はそれどころではない。
あまりにも多くのことが起こりすぎて一つ一つ処理していかなければならない状態だ。
「おい、牢番、立てるか?」
グリムナが声をかける。ここまではうまく行った。(?)しかしこの先も予想通りうまく行くのかは分からない。
「は、はい。立てましゅぅ。」
呂律の回ってない口調でゆっくりと立ち上がりながら牢番が素直に返事をする。膝はまだ笑っているが、これはよい兆候だ。
「俺達は別にゴルコークを殺しに来た訳じゃない。違法な行為をやめて欲しいとお願いに来ただけだ。」
「殺す……ゴルコークは殺す!あいつのせいでこんな目に……」
グリムナの言葉を遮って怒りに顔を曇らせながら呪いの言葉を吐くラーラマリアをグリムナが一瞥する。
「すまない、ラーラマリア。ここは少し俺に任せてくれ。」
グリムナは牢番の方に向き直って再度話しかける。
「先ずはここの鍵を開けてくれないか?俺達はなにも悪いことはしていない。」
そう言うと、牢番は素直に鍵を持ってきて、牢屋の鍵を開けてそれを「どうぞ」と言ってグリムナに渡した。
顔はほんのりと上気しており、目がとろんと惚けている。彼は今正気なのだろうか。グリムナはさらに彼に要求を突きつける。
「すまないが、着替えのズボンと、拭くものを持ってきてくれないか?それと……」
グリムナはちらりと他の牢を見渡してからさらに続ける。
「何か簡単な食べるものを。できれば消化にいいものをお願いする。」
この言葉に牢番は少し考えこんで困った表情を見せた。
「はぁ……しかし、持ち場を離れるわけには……」
この返答にグリムナの表情が思わずほころんだ。
「正気を失っているのではないか」とも一瞬思ったが、彼は冷静な思考力は失っておらず、理性的な判断をした。さらにその上で闘争心や邪な考えを失って、且つ、義のため協力してくれているのだ。操り人形のように自由意思を阻害するものでもなく、正気も失わずに、善意の行動を取った。理想的な結果である。術は成功したのだ。
「迷惑をかけて申し訳ない。他の牢も開けるつもりだが、もし彼らが罪人ならまた牢を閉めて鍵をかけると約束する。もし衰弱しているなら、治療がしたいだけなんだ。」
そうグリムナが言うと、牢番の表情が少し明るくなって答えた。
「了解しました。ちなみに、私の知っている限りでは彼らはゴルコーク様に逆らった人や、用を果たさなくなった『元お気に入り』の人たちですよ。」
そう言って牢番は階段を上っていった。
鍵を確認すると、グリムナは一旦振り向いて、まだラーラマリアが恐慌状態から脱していないことに気付いてから、レニオと共に他の牢を開けていった。
牢を開けていくと一人は衰弱しきって死んでいたが、他の三人は疲労の色は濃いながらも生きていた。彼らは拷問を受けた跡があり、話を聞くと、やはり牢番の言った通りゴルコークのやり方に我慢が出来なくて反抗した者達だという。
グリムナが怪我を手当てすると、涙ながらにゴルコークは人面獣心の悪魔だ。彼を誅してくれと訴えてきた。牢の中で死んでいた一人はゴルコークの『元お気に入り』であったが彼の嗜虐心を受け止めきれず、行為の最中で昏睡状態になってしまった女性だという。そして、この牢の中にいるのは氷山の一角でしかない、とも。
「噂通りの悪辣な奴だったみたいね……」
牢の中にいた人たちと話していたグリムナに向かってレニオがそう話しかけた。牢番はもう戻ってきていて、ラーラマリアに着替えを渡した。今はシルミラが付き添って、着替えをしているはずである。
しばらくラーラマリアを待っていると、ドカドカと階段を下りる足音が聞こえてきた。グリムナは慌てて階段に走り寄っていった。
「何事だ!なぜ勇者たちが牢の外に出ている!」
数名の衛兵たちであったが、グリムナは階段を降りきる前に即座に先頭の兵士に口づけをする。意味不明な展開に戸惑っているうちに次の兵士、次の兵士、と次々に唇を奪い、一瞬のうちに全員を戦闘不能にした。
兵士たちはみな曖昧な表情でまどろむように地面に伏している。
「いったい……なんなの?これは……」
ようやく着替えが終わって正気に戻ったラーラマリアが怯えながらグリムナに尋ねる。
「すまん……詳細は言えないが、敵の戦闘意思を奪い、悪人を改心させる術だと思ってほしい。それ以上のことは、今はまだ言えない。」
グリムナは視線を伏せながら心苦しそうにそう言った。ネクロゴブリコンが言うにはこの術は膨大な魔力と強力な回復魔法を使えるグリムナだからこそ扱えるものだという。しかし逆に言えばその二つの条件を満たせば訓練次第で誰にでも使える、と言うことを意味する。
傀儡にしているのではなく、善人にしているので、悪用はできないはずである。しかしそれは『今は』そうである、と言うことであり、この先、術の研究が進めば悪用する者が出てくるかもしれない。
よってこの技の仔細に至っては絶対に他人に漏らしてはならぬ、とネクロゴブリコンに重々釘を刺されたのだ。だからこのお漏らし女にはまだ言えないのである。
「つまり……あなたのホモパワーで敵を魅了しているってことね……」
なぜそうなる。シルミラの意味不明な説明にグリムナが嫌そうな顔をしている。逆に「その通りだ」と言われたらこの女はその説明で納得するのであろうか。
「みんな、すまないが、ゴルコークのところまで案内してくれないか。話し合いがしたいんだ。」
倒れている衛兵たちにグリムナが声をかけると、衛兵たちは起き上がってグリムナ達を案内しだした。
「すごい……ちゃんと言うことを聞いてる。……これがホモパワー……」
レニオまで変なことを言い出した。しかしあえてグリムナはこれを訂正しない。訂正すると本当のことを話さなくてはならなくなるからである。
「実を言うと、俺たちもずっと思っていたんです。いくら仕事とはいえ、こんな悪事に加担するようなことを続けてもいいのか、って。こんな家族に言えないような仕事……って、心のどこかにずっと引っかかっていたんです。」
衛兵の一人がそうグリムナに話しかけた。完全な善人がいないように、やはり完全な悪人もいないのだ。皆心のどこかに善と悪を持っているはずなのである。そして、それはあのゴルコークも同じはずなのだ。
もっとも、男同士でベロチューしたことは家族に言えるのか?というと、疑問符がつくが。
「殺す……殺してやる……」
妙な連帯感の中、ラーラマリアだけが不穏な言葉を呟いている。
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