第242話 レイティの正体

「あ、あなた本当にレイティなの……? 急にどうしたのよ」


「ふふ……分かんないんスか?」


 アムネスティの問いかけにレイティは首をかしげながら笑顔を見せつつそう言った。笑顔ではあるが、しかし瞳に光彩はなく、何か化け物めいた恐怖心を抱かせるような笑顔であった。


「ボクは……ヴァロー」


 そこまで言って、レイティは思わず自分の口を押えた。


(危ない……何やってんスか、ボクは。勢いあまって正体をばらしちゃうところだったッス)


「バロー? スーパーマーケット?」

「バロン? 男爵? 貴族なの?」

「心理学の用語にハロー効果ってあるけど、違いますよね……」


(危ない危ない……なんかいい感じのシチュエーションにたまたま遭遇しちゃったからそれっぽい登場の仕方しちゃったスけど、そもそもどうするのが正解なんスかね……)


 ここでレイティは長考に入った。そもそもここに、このタイミングでレイティが現れたのはほぼ偶然である。ウルクと共にラーラマリアのケアをするためにターヤ王国に行っていた彼女であるが、途中でラーラマリアが鬱状態に入ってしまって動かなくなったので、ウルクとラーラマリアを置いてひとまず一人だけヤーベ教国に戻ってきたのだ。


 それはもちろんフィーの件が心配だったし、ポンコツのアムネスティが何かやらかさないかと気がかりだったためなのであるが、しかしまあ帰ってきてみると、思った通りやらかしやがっていた。


(ええと、まずその1、ラーラマリアが無事ここについて竜を復活させた場合……その場合こいつらは別にいらないッスね。ラーラマリアとこの二人は直接関係ないし、別にこいつらの使い道もないスから)


(次にその2、ラーラマリアが来なかった、又はラーラマリアとグリムナがまさかの和解をした場合……これが問題か。フィーはともかくアムネスティの方のねじ曲がった根性と人類への恨みは竜を復活させるにはちょうどいいかもしれない……やっぱここで正体明かすのは無しッスね)


「あ、何でもないッス」


「……??」


 三人が顔を見合わせる。大物ぶって登場しておいて自分の方から話をぶった切ったのだ。それも仕方あるまい。しきりに首をかしげて考える三人ではあるが、しかしいずれにしよ答えは出ない。何しろ本人が『何でもない』と言ってしまったのだから。

 さらに言うとカマラとアムネスティの二人はヴァロークの存在自体知らないのだからなおさら答えが出ない。


(まあでも……)


 それは一瞬の気の緩みであった。


 レイティが異様な雰囲気で現れ、その後沈黙と言う名の緊張が続き、突如としていつもの雰囲気に戻ったレイティの軽い返答。そんなやり取りがあってすっかり緊張の糸が緩んでしまった瞬間であった。


「なっ……うぅ……」


 レイティの剣が、フィーの腹を貫いていた。


この女フィーは、もういらないッスね)


「何をするのレイティ!!」


 唐突な凶行にアムネスティが声を上げる。カマラは次々と予想の出来ない展開にもはやおろおろするのみである。


「団長、夜中に大きな声は迷惑ッスよ」


 へらへらと笑いながらレイティがそう言う。もはやアムネスティは二の句が告げない。足元ではフィーがゴホゴホと咳き込んで、血を吐いた。痛みからか死の恐怖からか、涙を流している。


(こんな……こんなところで、死ぬの? わたし……)


「何をするのも何も……絶対逃がしちゃいけないっていう捕虜が脱走してたから、制圧しただけッスよ。ねぇ、カマラさん?」


 そう言ってレイティは今度はカマラの方に話しかける。カマラは唐突な豹変を見せたレイティに、いや、態度こそ普段と違わないのに突如として見せた凶行に恐怖の色が隠せない。


「これで、カマラさんの彼氏の仇も打てた。何の問題もないッスよね?」


 レイティがカマラの方にそう言って微笑みかける。カマラはなんとも言えない表情を見せて困惑するのみだ。


 正直言えばこの提案はカマラにとっては魅力的なものでもある。


 アヌシュを直接殺害したのはリアクションから見てアムネスティで間違いないが、しかし物証がない。正当に裁判にかければ結審するのにどれだけの時間がかかるか分からないし、何より人権騎士団のトップである。真実がねじ曲がってしまって、最悪逃げられる可能性がある。


 ここで切り捨てるとなると事態はもっと面倒になる。今度はカマラが殺人犯になってしまうからだ。


 だったら、フィーを一応の下手人として立てて、彼女を殺害することで留飲を下げるのが一番いいのかもしれない、そうカマラも思ったのだ。そもそもの原因で言えばフィーの脱出のためにアヌシュは殺害されたのは間違いないのだから。


「団長もそれでいいッスよね?」


「そ……」


 『そうね』、その簡単な三文字を口から発するのが、ひどく困難なことに思えてアムネスティはただ荒く息をするだけであった。目の前で、いつもの態度で話しかけてくる部下が、酷く人間離れした化け物に見えて、恐ろしいのだ。


 だが、これで問題ない。レイティにとっての問題は全て解決だ。グリムナへの助けを求める手紙はもう書かせた。このエルフはレイティにとってもう用済みなのである。ヘタに生かしておいて脱出でもされて、グリムナがここへ来る目的がなくなってしまったりしたら元も子もない。グリムナは確実にここに来て、そしてそれをラーラマリアに殺させる。それがヴァロークの目的なのだ。


 ふと、地に伏したフィーが何か言葉を発しているのにレイティが気付いてしゃがみこんだ。


「どうしたんスか? フィーさん。遺言でもあるんスか? 話だけなら聞いてやるッスよ」


 フィーは、まさしく蚊の鳴くような力ない声で、涙を流しながら呟いた。それはレイティへの言葉ではなかったが。


「たすけ……助けて、グリムナ……」


 しかしレイティが返すはあくまで冷淡な笑み。月の光よりも冷たい輝きを瞳に浮かべて見下すようにこの言葉に返答した。


「ふん、バカな女スね。仮にグリムナがすでにローゼンロットに来ていようが、この複雑なゲーニンギルグ戦闘大宮殿から一人の人間を探し出すなんて無理なんスよ。まあボクはグリムナはこんな敵地の真ん中に来るほどのバカだとは思ってないすけどね。ラーラマリアは『絶対に来る』とか言ってたスけど」


「グリ……ムナ……」


「分かんない女スね。恋人みたいにグリムナグリムナと。仮にグリムナが来たとしても、誰かバカな裏切り者でも出ない限りフィーさんの居場所が分からないから、アホみたいに正面玄関から入ってラーラマリアを訪ねてくるしかないんス。おとなしく遺言でも辞世の句でも読むといいッスよ」


「グリムナ!」


 それはアムネスティの声であった。彼女がレイティの方を、いや、彼女の後ろの方を見て目を丸くしている。


 一瞬で事態を把握したレイティは振り向きざまに剣を後ろに向かって振り抜く。後ろにいた男は一気に間合いを詰め、レイティの体を回転軸にして反対側に回り込み、フィーの体を抱き上げた。


 そして伸びきったレイティの腕をそのさらに後ろに居た少女が取り、引っ張る。足で踏ん張ってこらえるレイティであるが、今度はレイティの体の外側にひねる様に反転させると、その勢いに負けてレイティは仰向けにひっくり返ってしまった。小手返しである。


「ぐっ……」


 慌ててレイティが起き上がると、すでにレイティが突き刺したフィーの腹の傷は回復していた。


「グリムナ……必ず来てくれると信じてたわ……んちゅ~」

「その口、無駄です」


 レイティを投げ飛ばしたヒッテはすでにフィーの横に立っていて、あわよくばの口づけをしようとするフィーの顔面に掌底を押し当てる。なんでたまにこの女はヒロイン面をしようとするのか。


 グリムナはフィーのけがが回復したことを確認するとすぐに通路の奥に駆けて行って牢の前で倒れているアヌシュの傷を確認した。


「あっ、ぐっ、グリムナさん! アヌシュの傷は!? 助かりますよね!」


 カマラもグリムナの後をついていって必死な顔でグリムナに問いかける。以前に逮捕したときの調書から彼女はグリムナが優秀な回復術士であることは知っている。彼の力ならもしかしたらアヌシュの傷を治せるのではないのか、と思ったのだが。


 グリムナは顔を俯かせ、優しい手つきでアヌシュの瞼を閉じさせると、悲しそうな表情で静かに首を振った。


 レイティは、その行動で全てを察し、アヌシュの死体の前に跪いて彼の体を抱きしめ、さめざめと泣いたのだった。

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