第230話 よってたかって追い詰められる

「実を言うとですね、先日、まあラーラマリアさんに攫われる直前なんですが、私の権限で、グリムナさんをターヤ王国の認定する勇者として指名させてもらいました。勝手かなぁ~、とも思いましたけど、まあベルアメール教会も勝手にやってることだし構いませんよね? えへへ……」


 ベアリスはあくまでにこやかに、おおよそ敵対的な感情というものを一切感じさせない表情でそう言った。


 しかしラーラマリアは『グリムナ』という単語を聞いたとたんに表情が崩れ、恐怖の色が現れ始めた。膝はがくがくと笑っており、そのままよろけて壁に寄りかかった。


 トットヤークとスーモは会話に全くついていけない状態であり、ラーラマリアの豹変ぶりに呆然としている。


「どうしたんですか? ラーラマリアさん……何か、辛そうですよ?」


「ひっ、ひぃぃ……来るな!」


 手を差し伸べてくるベアリスにラーラマリアは恐ろしい魔物でも見たかのようにその手を打ち払う。まるで狂人の如く言葉すら失ったような彼女の態度。いや、本当に狂人なのかもしれない。


 ラーラマリアは何とか立ち上がり、そのままよろよろと歩いて部屋から出て行った。


「グリムナ……グリムナぁ……」


 部屋から数メートル出たあたりでラーラマリアは膝をつき、その場に倒れてしまった。まるで地上に産み落とされた稚魚の如く、うねうねと蠢きながら、彼女は涙を流していた。


「グリムナ……生きてて、よかったぁ……ひっ、うぅ……」


 嗚咽を上げながら身をよじるラーラマリア。その前に一人の男が見下ろすように立ちはだかった。


「情けない姿だな……『生きててよかった』だと? なんとしてもグリムナを殺すんじゃなかったのか?」


 姿を現したのは黒いフード付きのロングコートに身を包んだ男性。大陸の北部に位置するターヤ王国と言えどもまだ季節は夏、暑いはずであるのだが、その目は涼し気な、いや、冷淡な光を浮かべている。ヴァロークの構成員、ウルクである。


「い、嫌……やっぱり、グリムナを殺すなんて、出来ない!」


「他人任せにしようとするから『覚悟』が鈍るんだ……いいか」


 ウルクはその場にしゃがんで、涙と鼻水にまみれたラーラマリアの手をとり、温めるように包み込んで握った。きたない。


「今度こそ、お前自身の手でグリムナを確実に葬るんだ」


「だ、ダメよ……『真の勇者』であるグリムナを、私みたいな自分勝手で傲慢な悪人が殺すなんて……『本物の勇者』を『偽物の勇者』が殺すなんてできない……私みたいなクズが……」


「分からないのか? もうこのままじゃグリムナがお前の元に戻ってくることは絶対にない。あのヒッテとかいうメスガキにとられるんだぞ? グリムナを、他の誰でもない、お前だけのものにする唯一の方法なんだ……奴を殺すことは。

 お前は奴の、特別な一人になりたいんじゃないのか? 他の誰にもできない、奴のたった一人の大切な人間に。奴を殺せば、お互いにたった一人の特別な関係だ。もう誰も手出しはできない。勇者? 偽物? そんなもの関係ない。死んでしまえばみんな同じだ。だったらお前が殺すしかない。そうしないと誰か他の奴にとられちまうぞ?」


「い、嫌……グリムナを他の人にとられたくないッ! 私だけのものに……私だけのグリムナ……でも、私みたいなクズが、本当にそんなことしても……」


「もう戻れはしないんだ。そのためのお膳立ても済んでいるだろう……奴は必ずローゼンロットに仲間を助けに来る。そこを、叩くんだ……」


 ウルクはそういうと自分の後方に視線をやった。廊下の奥からは赤髪におさげの少女がゆっくりと歩いてきた。


「ばっちりスよ。まさかホントに生きてるとは思わなかったスけど、ビュートリットの屋敷にラーラマリアさんが投げ込んだ手紙……封がしてあるから中身は確認してないスけど、フィーさんに書かせたグリムナ宛の助けを求める手紙スから。あれを見ればグリムナは絶対にフィーさんを助けに来るッスよ」


 その手紙にはゴリラのホモの事しか書かれていないが。


 ウルクはフッと笑みを浮かべて再度ラーラマリアの方を向く。


「さあ、立ち上がるんだ、ラーラマリア。もう時間がないぞ。早くローゼンロットに戻らないとパーティーに間に合わなくなる……」


「でも……」


 煮え切らないラーラマリアの態度に業を煮やしたのかウルクは額に血管を浮かべて怒号を上げる。


「でもじゃない! まだそんなことを言ってるのか! いいか、もうグリムナ達には『ローゼンロットに来い』って手紙出しておいて、お前自身がローゼンロットに戻らなかったらどうなると思う!?」


「だって……」


「だってじゃない! グリムナ達はお前が呼ぶからローゼンロットに行くんだぞ!  わざわざ来たのに肝心のお前が行かなかったら、なんやもう、よぅ分かれへんことになるやろがい! 」


「グリムナも困る……?」


「困るやろがい!」


 別に困らない。グリムナはラーラマリアに会いに来るのではなく、フィーを助けに来るのだから。


「あ、あのぅ……」


 ラーラマリアとウルクが盛り上がっていると、おどおどとした声で話しかけてくる声があった。トットヤークの秘書官兼ボディガード、スーモだ。


「ど、ドアが……ラーラマリアさんがこ、壊しちゃったので……丸聞こえなんですけど……」


 ウルクとレイティが振り向くと、確かにトットヤーク達のいた執務室は彼らのいるほんの数メートル先、ドアは、ない。


「そ、そもそもあなた達は、な、何者なんでしょうか……? ラーラマリアさんの知り合い……?」


 尋ねられて、思わずウルクとレイティは顔を見合わせる。本来ならヴァロークは存在自体が秘するべき者。決して余人にその存在を知られてはいけない。


 と、いうのに。現在詰めの作業に入っている竜の復活のためのラーラマリアの洗脳というか、誘導というか、その一部始終をバッチリ余人に聞かれてしまっていた。『聞かれてしまっていた』というか、そりゃああんだけ近い距離ででかい声で話していれば嫌でも話は聞こえてくる。正直言ってトットヤークとスーモは全然悪くない。


「……消すか……」

「誰がスか……?」


 ウルクの呟いた言葉に即座にレイティが突っ込む。部屋の中にいたわけではないが、ラーラマリアとスーモの立ち回りを知っていて、彼女が十分に強いことはこの二人も察している。この二人、大物臭を漂わせてはいるものの、別に強いわけではない。

 ウルクは少し考えてから低い声でスーモに話しかけた。


「いまの話は……聞かなかったことに」





「行ったか?」


「は、はい……かか、帰ったみたいです」


 しばらくして執務室に帰ってきたスーモとトットヤークは、一人の少女を挟んで話をしている。


 ……ベアリス王女……この少女が本当にそうなのか。それをトットヤークは疑っているのだ。ベアリスは何も言わず、ただにこにこと微笑んでいるだけである。特に拘束もされていないが、逃げようとする様子も、命乞いをする様子もない。


「逃げようとしねぇのか?」


 ベアリスは問いかけに対し、両手を広げ、自分の体をよく見せるようなしぐさをして答える。


「私、こんなか弱い女の子ですよ? 逃げ出したってすぐ捕まっちゃいますよ」


 確かにその通りなのではあるが、だからと言って一度の試行もせずに諦めるのだろうか、ますますトットヤークは訝しむが、しかし下手なことをして相手の逆鱗に触れたくない、という気持ちもわかる。だがそれを抜きにしてもあまりにも肝っ玉が太いというか、平常心が過ぎる態度ではあるように感じられた。


 先ほどのラーラマリアもまるで彼女の事を恐れているかのような態度を見せていたことも気になった。そして『グリムナ』という謎の単語……トットヤークから見て、この少女はあまりにも不確定要素が多すぎる。


「コイツ……いったい何者なんだ……? 本当に王女なのか? あやしくないか……」

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