第229話 偉大なる将軍同志
「革命武力の首位にして輝かしき太陽たるトットヤーク同志を放せ……」
もはや先ほどまでの吃音は面影もない。極限まで拡大した瞳孔にわずかなブレも見られないサーベルの切っ先。ラーラマリアに攻撃を仕掛けているのはトットヤークの側近の女性、スーモであった。
「ふぅん……」
ラーラマリアは彼女の豹変にも全く冷静さを崩すことなく、興味深げに彼女をねめるように見て、トットヤークの手首を放した。
と、思われた次の瞬間目にもとまらぬ速さでサーベルのつばの部分を蹴り上げる。蹴り上げられたサーベルが天井に突き刺さると同時にどこかから声が聞こえた。
「ぐぇ」
女性の声であった。しかしラーラマリアの声ではない。当然スーモでもない。
しかしスーモはその声に留意することなく即座に間合いを詰めてどこかから出したナイフをラーラマリアにつきつけようとする。しかしその動きを読んでいたラーラマリアはバックステップしながら前蹴りでスーモの腹を押し、距離をとった。
「なかなかいい動きをするけど、所詮は二流ね。こんなつまらない男にお似合いの安い女だわ」
「貴様……」
ラーラマリアの挑発に乗ってスーモがまた間合いを詰めようとするが、しかしラーラマリアはそれを手で制する。実を言うと彼女は素直に思ったことを口にしただけで、挑発したつもりもないのだ。
「クソッ、てめぇなにもんだ!?」
トットヤークが起き上がりながら、怒りの表情を見せつつ尋ねる。通信手段や印刷技術のない時代、勇者と言えどもその外見は知らぬ者の方が多い。
「一応、勇者って呼ばれてたりもするけどね、その正体は、恋する乙女よ!!」
意味不明である。
しかしトットヤークはその言葉に目を見張った。長身の金髪女性、豊満な胸に整った顔立ち、確かに聞いていた情報とは一致する。そして勇者と言うにふさわしい強さであると感じられたからだ。
「ふふ、そう怖い顔しないでよ。今日は箸にも棒にもかからないあんたらボンクラどものためにいいもの持ってきてあげたのよ?」
そう言ってラーラマリアは床の上へどさっと肩に担いでいた荷物を下ろした。その瞬間小さく「ぎゃ」と声が聞こえた。先ほどの声と同じ者の声であった。どうやら麻袋には人が入っており、担いだまま激しい動きをしたから声が漏れ出ていたのだな、とトットヤークとスーモは理解した。それと同時に人を一人抱えた状態であれだけの大立ち回りを演じていたことに驚愕する。
ラーラマリアがしゃがんで麻袋の紐をほどくと、両手足を縛られた、プラチナブロンドの小柄な少女が姿を現した。
「うう……酷い目にあいました……お腹もすいたし、体中痛いし……」
ラーラマリアはそのまま彼女の両手足を縛っていた紐もほどく。きつく縛りすぎたのか、それとも外そうとしてひねったのかは分からないが、そこには血が滲んでいた。
トットヤークはこの少女がどうかしたのか、と首をかしげていたが、スーモが声を上げた。
「ああ!? ここ、この人……み、見たことある! た、確か、王女、の……」
「初めまして、ベアリスと言います」
人攫いにつかまったかのように、いや実際ほぼそうなのだが、そんな状態で麻袋に詰められて連れてこられ、しかし何事もなかったかのように自己紹介をするマイペースな少女。それをこの国の王女だと言うスーモ。確かに聞いていた通りの外見的特徴だが、トットヤークは何か、うまく言えないが、本当にこのズレた女が王女ベアリスなのか? と訝しんでいる。
「劣勢の……というか、これから劣勢になるだろうことが予測されるあんた達のために、この勇者ラーラマリアがプレゼントを持ってきてあげたのよ!」
「お、王女……た、確かに、こんな強力なカードを、て、手に入れられれば……」
あまりの事態に恐怖すら感じながら、しかしスーモはこの僥倖に思わず顔をにやけさせた。トットヤークは複雑な表情をしている。この大陸のどこかに潜伏しているだろうと思っていた王女。それを暗殺したという濡れ衣をかぶさられたと思っていたら、今度は唐突にその駒が手元に入り込んできたのだ。どう使うか、戸惑うのも当然である。ラーラマリアはそれが分かってか分からずか、余裕の笑みを見せながら話す。
「この駒をどう使うかはあなた達次第よ? 見せしめに処刑するもよし、神輿にするもよし、身代金を王党派に要求して軍資金にするもよし、可能性は無限大よ!」
「処刑はちょっと……」
ベアリスが苦笑いしながらそう言う。とても自分の命がかかっているとは思えないような緊張感の無さだ。
「じゃあね、アデュー、ボンクラども」
「まっ、待て! ラーラマリア!」
唐突に表れて唐突に去ろうとする。そんなラーラマリアをトットヤークが呼び止めた。
「なぜ俺達に味方する!? ベルアメール教会は俺達の味方なのか!?」
この問いかけにラーラマリアはニヤリと笑って答えた。
「教会は、『勝つ方』の味方よぉ……ゲームを面白くするために、使えないクズどもに見かねた勇者様がちょっとハンデをあげただけよ!」
「あなたは、勇者じゃありません」
その言葉に全員がギョッとした。
場は、完全にラーラマリアが支配していた。トットヤークもスーモも、あまりにも強大な力を持ち、自分勝手に振舞う彼女の存在に意見できるものなどこの空間には存在しないように見えていたのだが、しかしそれに確かに反抗する者がいた。
それは、手首の傷を痛そうにさすりながら発言した、ベアリスであった。
「何を……言ってるのよ、私は、ベルアメール教会に認定された勇者よ!」
額に汗を浮かべている。先ほどまで自分のすべての行動に一切の疑いなど持ってはいなかった、自身に満ち溢れた彼女が、今は狼狽えている。取るに足らないような、小柄な少女を前にして、だ。
「教会に認定されれば勇者ですか? 教会にそんな権限はありませんよ。勇者っていうのはそういうものじゃないでしょう」
自信に満ち溢れた尊大だったラーラマリアの態度がみるみるうちに崩れていく。彼女は何も言わないが、しかしベアリスから目をそらすことも、その場を後にすることもできない。ベアリスはあくまで冷静に、怯えることもなく、相手を挑発することもなく、ただ淡々と言葉を続ける。
「勇者っていったい何でしょうね? 勇気がある人? それとも強い人? 確かにラーラマリアさんは大変に強いし、勇気があります。まさしく
ベアリスは手首をさするのをやめ、その場に正座して、たたずまいを直してから、そしてまるで諭すようにラーラマリアに語り掛けた。
「
ベアリスは少し首を傾け、ぴっと人差し指を顔の横に立てて、にっこり笑いながら言葉を続ける。
「グリムナさんみたいに」
「ひっ……ひぃ……」
天使のような笑顔を浮かべる目の前の小柄な少女にラーラマリアはまるで怯えているようにすら見える。
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