第228話 革命軍の本拠地にて

「ベアリス王女を暗殺……だと?」

 

 大柄で筋肉質な体に黄金の髪、そして黄金のひげ。まるで獅子のたてがみの如き髪とひげを備えた中年の男性が訝しげな表情で聞き返す。

 

「ち、巷じゃその噂でもちきりになってますよ。か……革命派が勝利を確実なものにするために、お、王女を暗殺したって」

 

 焦燥した表情を見せながらそう話しかけるのはアッシュブラウンのストレートヘアーにスレンダーな体の妙齢の女性。大柄な男の方は彼女が話し終えるかどうかのうちに、怒りに任せてドンッと机を叩いた。

 

 ターヤ王国の首都、カルドヤヴィ。

 

 まだ正式な国名は王国のままであるが、しかし現在その首都に王族はいない。

 

「王族の奴らはこの俺が全員ぶち殺してやったと思ってたのによぅ……」

 

「そそ、その、王族の……最後の生き残りですよ」

 

 女性は少し困ったような表情でそう言う。

 

「知っとるわ、スーモ! ちょっと前に王都を追放されたっていうバカ女だろうが!!」

 

 男の態度は『野卑』の一言である。

 

 一方のスーモと呼ばれた女性の方はおどおどとした態度であり、この男を恐れているのか、それとも生来この女が持つ性癖なのか、怯えたようなハの字眉毛で困った顔を見せている。せっかくの端正な顔立ちが台無しだ。

 

「と、トットヤーク同志、とにかく……ど、どうします? 王党派は、わた、私たちが暗殺したって主張してるみたいですけど」

 

 どうやらこのスーモという女性は吃音持ちのようである。それでもこのトットヤークと言う男の事をやはり恐れているような態度には違いないようだが。

 

「うるせぇ! お前の喋り方、聞いててイライラすンだよ!! 別にほっときゃいいだろうが! 元々王侯貴族共は皆殺しのつもりだったんだからよ!」

 

「ひっ、すいませ……でも、でもですね、市民が、今回の件に関しては、そそ、その、ずいぶん怒ってるみたいで……」

 

 トットヤークと呼ばれた男は、いらいらした表情を隠しもしなかったが、しかしスーモのこの報告に腕組みして考え込んでしまった。

 

 革命政権のトップ、トットヤーク。今はこうして首都を抑えてはいるものの、正直言って彼らの起こした革命のムーブメントは十分に民心を得られての行動、とも言いづらい状況なのだ。はっきり言って王党派との力は拮抗しており、地方では王党派に市民の支持が集まっている部分もある。

 

 そしてそこへきてこの報告である。

 

 はっきりと言えば首都を落とした勢いで王族は全員一気に処刑しておきたかった。しかし王都を追放された末子のベアリス王女についてはその所在が分からなかったためにそれもかなわなかったのだ。

 

 ベアリス王女追放の件に関しては市民の間でも有名である。

 

『パンが無ければケーキを食べればいいじゃない』

 

 今となっては本当にそんな常識はずれな発言をしたのかどうかも疑わしいが、しかし彼女が市民の生活を軽んじている旧来のけしからん貴族である、ということは間違いない事実だ。

 

 ところが、ここにきて、事実が『曲がった』。

 

 革命派が市民の自立と自由を標榜して王家を打倒し、行き過ぎともいえる無理筋な理屈で全員を処刑した。それに関してもある程度市民の反発はあったのだが、しかし力でそれは押さえつけることができた。

 

 そこへきて追放された王女の存在。

 

 王族を問答無用で処刑した革命派はけしからん。しかし本当に革命派が主張するように王族が、市民を抑圧する『悪』であるならばそれも致し方なし。

 では、その『悪』である王族に追放されたベアリスと言う少女は一体何者だったのか? 『悪』と敵対していたならもしかしたら『正義』だったのではないか?

 

 庶民の思考は単純だ。『悪』と『善』の二元論で物事を考える。いや、考えない。

 

 考えず、流されるのだ。誰かがそう言えば、自分の気分に合う発言をする者がいれば、容易くそれに乗ってしまう。それが庶民の『娯楽』なのだ。

 

 考えずともよい。自分は乗るだけでよい。

 

 『人間は考える葦である』と、誰か偉い人が言った。

 

 人は自然の中では葦のようにか弱い存在であるが、同時に思考する存在である人間の偉大さを謳った発言だ。

 思い上がりも甚だしい、人間が神に似せて作られた特別な存在であるという傲慢な考えから来る短絡的思考に拠り立つ言葉ではあるものの、しかし全く違うかと言えばそれも少し違う。

 

 動物が思考をしないわけではないが、しかしその深さで言えば人と動物では大きな違いがある。同時に、人にとって『考える』ということは娯楽でもあるし、さらに同じように、『考えない』ということもまた娯楽なのだ。

 

 市民たちは『考えない』という娯楽を行使し、ベアリスは庶民の味方だ、と位置付けた。さらにこれに、ベアリスが年端もいかない少女であり、フェアリーのように可憐な外見をしていることも拍車をかけた。

 

「市民が怒ってるだぁ……?」

 

 腕組みしたままぼそりと呟く。市民の味方として革命派のトップに立って活動してきたトットヤークではあったが、しかしトップに立つといろいろと市民の自分勝手さも身に染みて感じていた。情で動く市民に付き合いきれないと思うことも多い。だが今はそこは問題ではない。

 

 当然彼はベアリス暗殺の指示など出していない。部下たちが自発的にそんな意味のないこともするとは思えない。

 

 ならば、誰かがそんな噂を『意図的に』流したことになる。市民の憤り、この状況を見れば、いったい誰が、どんな目的で流した噂なのか、おおよその目星はつく。

 

「王党派の連中だな……やられたぜ」

 

 ターヤの王族を滅ぼした後、実を言うと彼もベアリスの事が気になってはいた。彼女が後々反旗を翻して王家の復興を目指したりはしないか……しかし、気になりはしたものの、所在が分からない以上どうしようもない、と捨て置いたのだが。

 

 しかしその王女の存在が見つかったのか見つからなかったのか、どちらにしろ王党派が王女暗殺の罪を革命派に被せてきたということだ。それもタイミングが悪い。王族を一気に処刑した時なら勢いで乗り切れたかもしれないが、一拍おいて市民が少し冷静になったこのタイミングで、だ。

 

「どどどど、どーしましょう、トットヤーク同志……」

 

「うるせぇ! 今考えてんだよ!!」

 

 とは言うものの、考えなど浮かばない。何しろ彼らはベアリスがどこにいるのか、本当に死んでいるのか、それが全く分からないのだから何も対策など打ちようがない。

 そんな時、執務室のドアが蹴破られ、吹っ飛んで二人の後ろの書架に激突して粉々になった。

 

「おーほほほほ、無能なおサルさんが無い知恵絞って必死ね!! 馬鹿がいくら考えたっていい案なんて浮かばないわよ!」

 

「かっ、鍵かけてなかったのに……」

 

 ドアを蹴破って入ってきたのは身長170cmほどの大柄な金髪の女性、そう、勇者ラーラマリアであった。腰には聖剣エメラルドソードを差し、肩には何やら麻袋に入った大きな荷物を抱えている。

 

「なにもんだてめぇ!! 警備の奴らはどうした!?」

 

「あら? 外にあったのはもしかして置物じゃなくって警備兵だったのかしら? まあ、私にとってはどっちでも大して変わらないけど」

 

「てめぇっ!!」

 

 あまりに尊大なラーラマリアの態度にキレたトットヤークが攻撃を仕掛ける。しかしそれは剣やナイフによる攻撃ではなく、机の上に置かれていた小さい燭台であったが、しかし大きな荷物を抱えながらでも、ラーラマリアはそれを軽々と躱し、すれ違いざまに彼の手首をひねりあげて、そのまま彼を床にうつぶせに押し付けて拘束した。

 

「バカな上に弱いんじゃあ王党派に勝つなんて絶対無理ね。なんせ向こうには私の運命の人がいるんだから」

 

 ラーラマリアがそのままギリギリと手首をひね上げるとトットヤークは「ぐおっ」と悲鳴を上げる。

 

「グリムナのライバルにするには少し力不足ね……ここで殺しておこうかしら」

 

 ラーラマリアがトットヤークの背中を足で踏みつけながら冷たい表情でそう言うと、彼女の首元にサーベルが突き付けられた。

 

「トットヤークを放せ……我らターヤ国民の偉大なる革命指導者にして連戦連勝のトットヤーク将軍同志に貴様の様なあばずれが触れるなど、たとえ神が許しても、このスーモが許さん!」

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