第114話 サンドイッチ
「やめてっ!!」
グリムナとブロッズが対峙し、山道の中、緊迫感を増していた。そんな折り、耳をつんざくような悲鳴のような声で二人を制止したのは、フィーであった。
二人は一瞬呆気にとられる。特にグリムナは目に見えて狼狽していた。こういう場面でグリムナを気遣いそうなのはいつもならヒッテなのだが、なぜフィーが止めにはいるのか、それが分からなかったのだ。
「愛し合う二人が傷つけあうなんて、無益なことだわ……」
「チッ……」
思わずグリムナが舌打ちをした。「また始まったか」という意思表示である。正直この女の腐った脳にはもうついていけない。この女自分の書いた妄想小説と現実の区別が付かなくなったのか、そう考えていると、ブロッズも「はぁ……」と深いため息をついた。
彼も思いだしたのだ。先ほど聞いた「フィー」という名前。つい最近聞いたことがあるような気がしたが、はっきりと思いだした。ラーラマリアの持っていた、自身とグリムナの恋愛を書いたBL小説、その作者が確か「フィー・ラ・フーリ」であった。
「この女か」……やっかいなものを出版しやがって、と露骨に嫌悪の表情を浮かべる。その妄想垂れ流しのせいで彼は大変な迷惑を被っているのだ。町を歩いているだけで遠くからうら若い乙女達が隠れて彼をのぞき見ながらキャーキャーと黄色い声を上げる。
元々彼の輝かしい経歴と美しい外見のため、そう言った手合いは決して少なくなかった。しかしここ最近その手の女達の雰囲気が妙に腐臭を放っていることに気付いていたのだ。挙げ句の果てには男共もそうである。ここ数ヶ月、彼の元には男性からも恋文が届くようになっていたが、これもこの女の書いた小説が原因だったのだ。
もはや彼の一挙手一投足にやれ「尊み」だの、やれ「誘ってやがる」だの、やれ「この聖騎士、スケベすぎる」だのと鬱陶しいことこの上ない言葉が陰から浴びせかけられていたが、全ての元凶は目の前にいるこの駄エルフであったのだ。
「訳の分からないホモ小説が流行っているようであったが、君が原因のようだな……」
ブロッズがその優美な外見に似つかわしくない怒りのまなざしをフィーに向けるが、彼女にはそんな空気を読む力はない。
「あなたがグリムナを愛しているのは分かる。それが上手く行かなくてこんな凶行に出ようとしてしまうのも分からないではないわ……ごめんなさい、でもね……」
まずその前提が間違っているのだが、と言いたいのだが当然彼女は聞く耳を持たない。
「グリムナが好きなのは、実は私なのよ!」
「あぁ!?」
咄嗟に思わず怒声を上げてしまうグリムナ。ヒッテも顔をしかめているし、ブロッズも「なんの話をし出したんだこの女」と、呆れ顔である。
「つまりは三角関係ということね……恋愛の醍醐味ね」
「頭煮えてんのかこの駄エルフ!!」
グリムナは彼女の爆発妄想にもはや直接罵声を浴びせかけるが、その程度のことで怯む腐女子ではない。
「でもね……この場合三角関係でも、矢印の向きが重要なのよ……」
どうやら大先生の解説が始まったようである。
「いい? 普通の男2×女1とか女2×男1の三角関係だと攻め、受けのバランスがとれなくて悲劇が起きるのよ。でもね、今回の件に関して言えば構図としては男2×女1だけれど、矢印の向きが普通とは違うの!」
そう言ってフィーはその辺に落ちていた木ぎれを拾い上げて、地面に「グリムナ」、「フィー」、「ブロッズ」と、名前を正三角形状に配置して書いた。
「よく見て、これにBL曲線を書き足していくと、ヒステリシスループが完成するの。つまりブロッズ→グリムナ→フィー……となるわけね」
何やら専門用語が多くてよく分からないが、矢印は一点から二点に拡散したり、逆に二点から一点に集中したりせずにきれいに一方通行の三角形を描いた。
「これがどう言うことか分かる?」
「いや……わかんないスけど……」
饒舌になって何やら説明を始めたフィーに先ほどまで怒っていたグリムナも普通に返してしまった。
「相変わらず察しの悪い男ね! 何でここまで丁寧に説明してるのに分からないのよ! つまり、グリムナが私に挿入、その後ろからブロッズがグリムナに挿入することで完全なる攻め受けサンドイッチが完成するのよ!!」
「死ねぇっ!!」
思わずグリムナがフィーを蹴っ飛ばした。ぶっちゃけ仕方あるまい。
「この間からなんか様子が変だと思ってたらこんな訳分かんないこと妄想してやがったのか! お前が妄想するのは勝手だけど他人を巻き込むな!!」
「いたた……ひっどい! 女の子に暴力振るうなんてあんた頭おかしいんじゃないの!?」
グリムナの言葉に即座にフィーが反論するが、フィーの言っていることは正しい。ただそれでもここまでの言葉による乱暴狼藉を働いておいてなんのお咎めも無しでは神が許しても赤穂浪士が許すまい。
当然ブロッズの方ももはや怒り心頭、という表情をしており、蹴られて転んだままのフィーに言葉を投げかける。
「実際君の異常な妄想のせいで迷惑を被っているものがここに少なくとも二人、いるのだ。それに対して何か申し開きはないのかね? 君のせいで私と、グリムナ君は身に覚えのないホモ疑惑をかけられているのだよ……?」
「な、なによ! 人の心に蓋は出来ない! ホモの何がいけないって言うのよ。ホモを嫌いな女の子なんていないわ!」
フィーが反論を試みるが、そもそもホモでないのにホモであると吹聴されていることがこの問題の本質なのに、この女はそれが分かっていないのだ。
「確かに人には内心の自由というものがある。しかしベルアメール教会は豊穣神を祀る宗教だ。子供をなさない同性愛は禁忌とされている。ベルアメール教会の聖堂騎士団で団長を務めるものにホモ疑惑がかけられることの意味が君に分かるか?」
なんと、フィーの小説は教会におけるブロッズの立場にまで悪影響を与えていたのである。しかしこれにフィーは余裕の笑みで答え始めた。
「男同士で子供が出来ない? 随分と遅れた考え方ね……男同士だって子供は出来るわよ……?」
「また訳の分からないことを」とグリムナが咎めようとしたが、それをブロッズが制した。
「初めて聞く話だな……一つ教えてみてくれないか?」
なんと、このフィーの言葉がブロッズの知的好奇心に火をつけてしまったのだ。グリムナは「どうせろくでもないことになるぞ」と嫌そうな表情をしていたが、フィーは顔の横に人差し指をピン、と立てて得意顔で話し始めた。
「それは……オメガバースよ……」
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