第113話 聖騎士の襲撃

 結局グリムナ一行は『ヤーンを探すために南へ行く』これ以上のことが決められずにアンキリキリウムの町を出た。かなり見切り発車な旅になってしまうが、他に手がかりになりそうなものがないので仕方ないのだ。


 一応代官のゴルコークにも「ヤーンという人物に出会ったら保護して、自分たちに知らせてくれ」とは言伝をしたが、積極的に移動して探すわけではないゴルコークが彼を見つけられるとは思えないし、そもそも見つけたところで目的地もない旅をしているグリムナ達にそれを知らせるすべもないのだ。


 可能性としてはまだネクロゴブリコンの使い魔の情報の方が高いと言えよう。しかしネクロゴブリコン自身もヤーンの情報を何か持っているわけではないので、いずれにしろ自分たちの足で探すのが一番確実な手段となる。


 彼らはとりあえずは南東にあるヤーベ教国に向かうことにした。ヤーベ教国は大陸全土に拠点を持つベルアメール教会の総本山となる宗教国家である。小国ながらも教会の持つ莫大な資金力と、各地の教会の持つ情報網により圧倒的な存在感を放つ。


 世界中の人と情報と、そして金の集まるそこならば、ヤーンに関する情報も何かつかめるのではないのか、そう考えてのことである。しかし心配事もないわけではない。


「ベルアメール教会って言ったらラーラマリアと繋がりのあるところよね……?」


 フィーが半笑いでそう呟くと、グリムナとヒッテが顔をしかめた。ラーラマリア。グリムナからすれば、幼馴染みではあるものの、昔から意味不明な因縁を付けてくる苦手な相手である。正直支配欲の強い上に何が逆鱗に触れるか分からない彼女にはあまり会いたくはない。


 しかし一方、ヒッテの握っている情報はそれだけではない。


 以前に国境なき騎士団に身柄を狙われたとき、その依頼主はラーラマリアの可能性が高いと見ている。さらに言うなら、その際、ラーラマリアは「グリムナが死ぬのもやむなし」と考えていた節がある。

 もし彼女の推察通りならこの旅は敵地のど真ん中に踏み込むことにもなりかねない。飛んで火に入る夏の虫とはこのことである。


「とにかく、ヤーベ教国に入ったらなるべく目立たないように行動しましょう。そもそもバッソーさんをさらうように国境なき騎士団に依頼したのはベルアメール教会で確定ですし」


「そうだな。結局奴らの目的はよく分からなかったけど、見つからないならそれに越したことはないからな」


 ヒッテの言葉にグリムナはそう答えたが、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、フィーが立ち止まって後ろを振り向き、耳の後ろに手を当てた。


「残念だけど、手遅れだったみたいね……ヤーベ教国まではまだまだ長い道のりだって言うのに……」


 不穏な言葉である。どうやら何者かが後をつけていたようだ。にわかにグリムナ達も緊張して戦闘態勢をとる。しかしアンキリキリウムの町を出てまだ一日と経っていない。ということは、偶然居合わせた野盗の類いでなければ、おそらく町にいたときからずっとつけられていたのだろう。いや、待ち伏せをされていたのかもしれない。


 しばらくすると、枯れ葉を踏みしめる音と共に、その人影は落ち着いた、静かな声で話しかけてきた。


「そう警戒しないでくれ。君たちに有用な情報を持ってきたというのに」


 人も通わぬ山奥にぱっと咲いた大輪の花のような華やかな男であった。その名はブロッズ・ベプト、第四聖堂騎士団、通称暗黒騎士団の団長である。白銀の全身鎧に身を包み、頭髪は輝くような金髪、まさに華と呼ぶのがふさわしい。


 バッソーなどは始めてみる彼の華やかな外見に見とれて、ほうっとため息までついていた。生物なら何でもいいのか、この雑食バイセクシャルは。


「君たちがアンキリキリウムの町をよく拠点に使っているのは聞いていたからね。申し訳ないが待ち伏せさせてもらったよ」


 ブロッズは優しい笑顔でグリムナにそう話しかけたが、グリムナの方はまだ緊張を解いていない。腰のマチェーテを抜いて構えている。


 なぜここまで警戒しているのか。簡単な話である。話があってアンキリキリウムで待ち伏せしていただけならば、町で話しかければよいのだ。ならばどういうつもりなのか、フィーが口を開いた。


「アンキリキリウムで待ってたのにわざわざこんな人影のないところに来るまで待ってから接触したの? つまり、人に見られたくないようなことをするつもりって事?」


 これに、ブロッズはフッと笑って余裕の表情で答える。


「察しのいいお嬢さんだ……グリムナ、私は君と……」

「エッチな事するつもりでしょう!!」


 被せてきよった。


「い、いや……私は君たちの探してるヤーンの情報を持ってきたんだ。その情報と引き替えに……」

「情報と引き替えに! グリムナにエッチな行為を要求する気でしょう!!」


 また被せよった。


 ブロッズは若干あきれ気味な表情になってグリムナの方を見た。


「グリムナ君……彼女が何を言っているのか分からないんだが……」


 ブロッズの言葉にグリムナは警戒を解かないまま答える。


「甘く見るなよ……フィーが何を言っているかなんて……俺にも分からん!!」


 ブロッズは少し俯いて、鼻梁の辺りを摘まんで考え込んでしまった。


(フィー……フィー・ラ・フーリ……つい最近どこかで聞いた名のような……どこだったかな……)


 しかしさすがは聖堂騎士団の団長である。メンタルコントロールは完璧だ。すぐに気を取り直して、グリムナに正対し、腰の片手剣を抜きながら話しかける。


「ま、大勢に影響はない。そのお嬢さんは放っておいて私の話を進めよう。」


 先ほどよりは若干険しい表情になってさらにグリムナに対して言葉を続ける。


「私は君たちの追うヤーンの情報を持っている。しかしただであげる気はない。君の腕を見せて欲しい。君が本当に世界を救うために旅をしているというのなら、その証を、その力でもってして証明して欲しいのだ」


「不適格だと判断すれば、樹木の養分にでもなって、世界平和に貢献してもらおうかな……」


 そう言ったブロッズの表情は、これまでに見せなかった冷たいものであった。


 雰囲気で何となくグリムナは察してはいたが、やはり戦闘は不可避のようだ。さらにこの男はグリムナを殺す気満々のようである。グリムナの表情は一気に緊張から悲壮なものへと変化していった。


「実力を試すのが目的なんだろう……もし俺が敗れても後ろの三人には手を出すなよ……ヒッテ達も、決して戦いに加わろうなんてするなよ!」


「ふふ……この期に及んで他人の心配か。やはり君はすばらしいな……! 後は実力さえ着いてくれば完璧だな。私を失望させないでくれよ……」


 笑みを浮かべながらブロッズが間合いを積めようとしたところに、つんざくような叫び声が響いた。


「やめて!!」

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