第326話 なんせラーラマリアだから
「はぇ~、なにこれ? 最近の見世物小屋ってすっごくリアルなのねぇ。私が子供のころに見たのって、もっとこう……チープだったわよね! 動物もクマくらいしかいなかったし」
グリムナは、ただただ呆然としていた。
「ねぇ、見て見てグリムナ。本当の死体みたいよ? オーガも本物そっくり!」
ラーラマリアが笑顔で振り向く。ここ一か月ずっと部屋にこもりきりであったが、やはり彼女の金髪と眩しいばかりの笑顔は太陽の下でこそ映える。
「いや……」
ようやっと呆けていたグリムナが言葉を発した。
「本物だろ!!」
レニオから見世物が来ていると聞き、何とかしてラーラマリアを外に連れ出すことに成功したと思ったら、悲鳴が聞こえ、阿鼻叫喚の地獄絵図。いったい何が起きたのか。
村が襲われている。それもただの野盗ではない。明らかに皆殺しにする目的で懐深く迄潜り込み、魔物までも連れている。全く理解の範疇を越えていた。
「ええ? じゃあこれ村のみんなが本当に襲われてるってこと?」
グリムナはちらりとラーラマリアの方を見る。彼女の実力ならば、傭兵どもを追い払うことなど
「……大変ねぇ」
無関心。
そうであった。元々こういう女であった。勇者として各地で民を助けていたのは、『勇者』としての働きが求められたからであって、それが求められていない今、彼女のグリムナ以外の人間への態度は本来の状態に戻る。
無関心。ただひたすらに興味が湧かない。対岸の火事。目の前でオーガが顔見知りの村人を捕まえて、その頭部を食いちぎったが、ラーラマリアは指のささくれをいじるのに夢中である。
「あ~あ、グリムナの両親も食べられちゃえば挨拶しに行かなくて済むのに」
無関心どころじゃなかった。
「ラーラマリア、みんなを助けてくれ! お前ならできるだろう!」
「え? 無理よ」
逡巡もせずの即答であった。あまりの早い回答にグリムナは呆然としてしまうが、すぐに気を取り直して説得を続けた。
「なんでだ! お前の実力ならこんな奴ら敵じゃないはずだ。オーガだって、あの剣を使えば倒せるはず……」
「だって家に剣置いてきちゃったもの」
「なぬ」
言われてみれば。
帯剣していない。なぜ。
「え? だって普通家の近所に見世物を見に行くだけなのに帯剣して行く? 完全にヤバい奴じゃん。ちょっとグリムナ常識ないんじゃない?」
ヤバくて常識のない女に説教をされてしまった。
グリムナはなんとも言えない表情になる。いや、確かに彼女の言っていることは正しいのだ。正しいのだが、しかし今は非常事態。そんなことを言っている場合ではない。
とはいえ。持ってないんだからどうしようもない。そうこうしていると彼に声をかける者がいた。
「グリムナ! それにラーラマリアも! やっぱり村にいたのか」
「父さん!」
「いっ!?」
グリムナの父親であった。予期していなかった突然のエンカウントにラーラマリアが固まってしまう。
「言いたいことは、いろいろあるが、今はとにかくこの事態をどうにかしなくちゃいかん! 集会所の方に武器を持って立てこもるんだ、お前たちも来てくれ!」
必死な表情の父、グリムナは無言で頷いてついていこうとしたが、ラーラマリアが来ない。それに気づいてグリムナと父が立ち止まって彼女の方を見ると、俯いてもじもじしていた。
「そ、そのぉ……」
「どうしたんだ、ラーラマリア、早くいかないと危ないぞ!」
グリムナが語り掛けるが、彼女は動こうとしない。両手を体の前に閉じるように重ねて、やはりもじもじとしている。まさかまた漏らしたのか。
「ほ、本日は……お日柄もよく……この度、私と、グリムナは……その、みんなに、祝福されて……」
「え、今……?」
まさか。今この混乱の中で、グリムナの親への挨拶を始めた。
おそらく彼女の中では何も矛盾の無い行動なのだ。きっともし次にグリムナの父か母に会ったら、挨拶をして、婚約の報告をする、と決めていたのだろう。
だがしかし。
このタイミングでやるか。
このシチュエーションでやるか。
全然お日柄良くないぞ。まさに今目の前でグリムナの知り合いや友人がバタバタ死んでいっている、不幸な日だぞ。
「危ない、ラーラマリア! 後ろ!!」
彼女の後ろからまさに傭兵が袈裟懸けに切り付けようと、剣を振りかぶった。
「息子さんを、私に下さい!!」
ぺこり、と腰を折り曲げて頭を下げる。傭兵の剣はそのまま空振りし、体勢を崩したところにグリムナが組みついて『魔法のキス』をぶちかました。
「んむ~~~~ッッ!! ……んん……♡」
「お前はお前でいったい何やってるんだ」
グリムナの父も驚愕の色を隠せない。傭兵団に村が襲われながら、息子の婚約報告を受けつつ、息子が傭兵にキスをする。なかなかできない体験である。
(せめてどれか一つにしてほしい……それがだめなら一つずつ順番にやってほしい……処理しきれない)
悩んだ挙句、一つずつ順番に処理していくことにした。
「えと……まず、二人は付き合ってるの……?」
眉間にしわを寄せながらグリム名の父は尋ねる。あれほど言っておいたのに。自称サバサバ系はやめておけ、と。どうやら息子には通じていなかったようだ。もっと直接的に「ラーラマリアはやめておけ」と言っておけばよかったのだろうか。怒号と悲鳴が飛び交う村の中、グリム名の父は問いかけた。
「はい! それはもちろん!! 一生大切にします!!」
「いや、どうなんだろう……正直記憶にないんだけど……」
ラーラマリアとグリムナで反応にずれがある。グリムナの父は首を傾げた。
「ちょっと!!」
「あいっ!!」
ラーラマリアがグリムナの脇腹をつねった。
「ここにきていまさら何言ってるのよ、意気地のない男ね!」
「だって! 本当に記憶ないんだもん!」
グリムナの脇腹はシャツの上から血がにじんでいた。どうやらつねったときに皮膚がちぎれたようだ。やりすぎである。当然グリムナの父はこのやり取りに違和感を覚える。
「本当につきあってるのか? なんか証拠とかないの?」
「あ……これっ!!」
ラーラマリアはアンキリキリウムの町でグリムナに買ってもらった熊のアクセサリーを見せる。普段は剣のベルトにつけているが、帯剣していないときは肌身離さず持っているようだ。汗でびちょびちょである。
「グリムナに、プレゼントされたんです!」
「いや、そんなのが……証拠に?」
当然ならない。こうしている間も傭兵団の虐殺は続いているのだが、そんなことはおかまいなしのマイペース女である。「うう……」と呻いてラーラマリアは顔を真っ赤にして、ぎゅっとグリムナの手を握った。
「こっ、これでどうですか!」
「え……?」
当然困惑の色を隠せない父。手を握ったからなんだというのか。しかしラーラマリアはこの反応が意外だったようで顔面蒼白になった。信号機みたいによく顔色の変わる女である。
「そんな……これでもだめだなんて……これはもう、
キッとグリムナを睨みつけ、ラーラマリアは覚悟した表情を見せる。
「な、なに? ナニをするつもり……?」
不安の色を隠せないグリムナ。思い出されるのはローゼンロットでの悲劇。まさか、さすがにこんな状況で、父を前にして逆レイプなどありえないとは思うが、なんせラーラマリアだ。何をするかわからない。
ラーラマリアは自身の手のひらを広げ、グリムナに向けた。
「もはや尋常の手繋ぎでは納得してもらえないようね。グリムナに似て察しの悪い男」
ぼそぼそと目の前で率直な気持ちでディスってからラーラマリアは咳ばらいをし、少し頬を赤らめながらグリムナに話しかける。
「こう……私とグリムナの指を一本ずつ交互に……絡ませるように合わせて、手を握るのよ……分かるかしら?」
グリムナはしばし考えてから口を開く。
「……ああ、恋人繋ぎってやつ?」
「こっ……こほぉっ……!?」
ラーラマリアはさらに顔を真っ赤にして頭から湯気を出しながらへなへなとその場に座り込んでしまった。
「こ……腰が抜けた……」
「なぜ」
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