第421話 愛する人は、そこにはおらず
「う……」
いつの間にか、日は中天まで昇っていた。
「目が覚めた? ヒッテちゃん」
未だ夢と
「フィーさん……なぜここに?」
フィーはきょとんとした表情を見せる。目を覚まして最初に聞くことがそれなのか。もっと他に聞くことがあるのではないのか、そう思ったからだ。
しかしヒッテは寝起きで頭が混乱しているわけではない。こうなることは、うすうす察していたのだ。
二人だけの結婚式。
ヒッテの左手の指にはリングが煌めいている。あの結婚式は夢ではない。それは分かっている。分かった上で、今この場にグリムナがいないことも、ヒッテの予想の範疇なのだ。
二人は宣誓をし、永遠の愛を約束した後、長机に並んで座って、濃紺から白く色が変わり始め、そして太陽の光を受けて黄金に輝く雲を眺めながら語り合った。
『語り合った』と言ってもほとんどはグリムナが一方的に、5年前の旅の物語をヒッテに聞かせるものだった。ヒッテは机の上でグリムナの手を握り、彼の顔を覗き込みながら、静かにその話を聞いていた。
ちょっと引いてしまうくらい酷い内容の旅の話もあったが、それでも握った手の体温を感じながら過ごす彼との時間は穏やかに流れ、気が付けば深い眠りについていた。
「グリムナは……おそらく、竜を倒すために旅立ったんでしょう」
寂しそうな目でヒッテが呟く。視線は、指にはめられたリングに注がれている。フィーはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したようにヒッテに話しかけた。
「ベルド達はまだ来てないわよね?」
「ベルドさん? あの人達が何か?」
ふう、と安心のため息をフィーが吐く。別に敵対しているわけではないのだが、フィーとベルド達は意見の相違から行動を別にしている。彼らより先にヒッテを押さえることができた。しかしどうにも腑に落ちない。何故グリムナだけがいないのか。
「ヒッテちゃんとグリムナを北に逃がすためにここに来たんだけど、グリムナはまだ竜と戦うつもりなの? ベルド達に何か吹き込まれたわけでもないのに」
そう。戦うつもりなのだ。おそらくはヒッテを守るため、フィーを守るため、この世界の皆を守るため、たとえ方法が見つからなくとも、それを見つけるために竜の後を追っているのだ。
ヒッテはそのことに、自分を置き去りにしたことに、もう失望したりはしない。グリムナがどういう人間なのかは、嫌と言うほど知っているから。
「ベルドさん達に何か吹き込まれる、って言うのはどういうことですか?」
ヒッテが尋ねると、フィーは憤慨した様子で話し始める。聖剣エメラルドソードで人々の想いを力に変え、竜を倒す。そんなメルヘンじみた解決方法をグリムナにやらせる気なのだと。
「でも、グリムナなら、強制されなくてもすすんでやりますね」
「でしょ? そこがいやらしいのよ。実際今もこうやって一人で竜に挑みに行っちゃったわけだし。私はあいつらより先にグリムナとヒッテに接触して、上手いことだまくらかして竜の被害の少ない北方蛮族領土に避難するつもりだったんだけど……」
「だまくらかす」は、置いておいて、おそらく彼女の言葉には嘘偽りはないであろう。今までの彼女の行動原理とも合致する。
「人々の想いを……聖剣に集める……?」
呟くようにヒッテが聞き返す。フィーは呆れたような表情でそれに答えた。
「ばかばかしいでしょ? そんな子供だましで竜が倒せるわけないじゃない。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから……」
異世界ファンタジーである。
「ヒッテも……協力します」
「そうなのよ! あいつら結局全部グリムナ任せにする気満々で……え? なんて?」
「ヒッテも協力します! だから、ヒッテの記憶を取り戻す手伝いをしてくれませんか」
まさかヒッテがこんな穴だらけで不確定な作戦に賛成するとはフィーは思っていなかった。てっきりグリムナにばかり危険と責任を押し付けるような作戦立案に腹を立てると思っていたのだが、ヒッテの反応は真逆だった。
「グリムナは、誰が止めようとも、絶対に竜から人々を守るための戦いを止めるとは思えません。
……だったら、ヒッテはそれに協力します。グリムナが竜に勝てる可能性を少しでも上げるために! そのためには、ヒッテは全てを思い出す必要があります。なぜなら……」
一瞬ヒッテは言葉に詰まった。
その脳裏に、ある女性の顔が浮かんだからだ。幸せそうな、しかしどこか儚げな雰囲気を湛えた彼女の顔が。
だがそれでも、ヒッテは強い意思を持って言い切る。
「なぜなら、ヒッテが一番グリムナの事を愛しているからです」
決意の眼差し。
有無を言わさぬ力強さが感じられる。
それでもフィーはそれが無謀であると感じた。
「かっ……仮にそれでうまくいくとしてもよ? 聖剣エメラルドソードは今グリムナの手の内にはないのよ?」
「それはまあ……なんやかんやしてグリムナが聖剣を手に入れることを祈るのみです。大丈夫、グリムナならきっとうまくやります」
「お前も『なんやかんや』かよぉ!!」
フィーはダンッと地面を踏みしめた。
「なんなんだよぉ! ここにきてちゃんと真面目に考えてるのが私だけって!! そんなどんでん返しいらないのよぉ!!」
地団駄を踏んで悔しがるフィーをヒッテがぽんぽんと背中を叩いて慰める。
「まあそう興奮せずに。いずれにしろグリムナを止める方法はありません。なら結局どのみちこうなる
『どうなんです』とは何だろうか。一通り地面に向かって不満をぶつけ終えたフィーがヒッテの方に振り向く。ヒッテはフィーの肩にガシッと腕をまわし、ぐい、と顔を寄せて語り掛ける。
「ヒッテの記憶を戻す方法ですよ。あるんでしょ? なんかこういいカンジの奴が」
「な、何かヒッテちゃん吹っ切れた感じね」
フィーは背筋を伸ばし、ゴホンと咳払いをしてから答える。
「いいわ、分かった。どのみちグリムナがいない時点で私の計画は破綻したんだから。それならあいつらの計画に乗ってやるわ。まあ、一つ思い当たる方法があるにはあるのよ。ただ、そのためには、少し遠いけど、世界樹まで来てほしいの」
「世界樹……」
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