第251話 偽装結婚

「大司教が……ホモ、だと……?」


 グリムナが顔を上げてメザンザの方を見る。彼は魔法など使ってはいないし、その素養もないのであるが、しかしゆらゆらと蜃気楼の如く揺らめいて見えた。それは闘気であったのか、それともグリムナが心労のためそう見えたのかは分からないが、しかし一つだけ確かなことがある。


「と……とんでもない事を知ってしまった」


 そう、知ってはならないことを知ってしまったのだ。


 ベルアメール教会は豊穣神ヤーベを主神とする宗教、産めよ増やせよ地に満ちよが絶対正義である。その教えの中で子を成さない同性愛は教義違反。そもそもそのせいでグリムナは過去に宗教裁判にかけられたのだ。


 そのポリコレ違反の時代逆行宗教の長が、まさかのカミングアウト。その意味するところとは。


(俺は……殺されるのか……?)


 そう、問題はなぜそれをグリムナの前で言ってしまったのか、だ。いや、言ってしまったのは話の流れで、つい魔が差して、遊ぶ金欲しさに、いろいろ理由はあるかもしれないが、それを聞いてしまった以上、ただで帰されることはあるまい。


「教会は……何の目的で俺の身柄を拘束したんだ……」



 とりあえずグリムナは会話による引き延ばし作戦に入った。とりあえず時間を稼いでいればその内ブロッズが目を覚ますかもしれないからだ。



「元々は……ラーラマリアが所望した故。教会とラーラマリアの利害の一致の取引材料とするつもりであったが、しかしもうよい。彼奴も殺すつもりであったのならば、儂がとどめてやるとしよう。『竜の魔石』を手に入れた今となってはそこまで彼奴の機嫌を取ってやる理由もない。

 それよりなにより、儂はおぬしが許せぬ。儂が自分を偽り、周りのものを欺き、近しいものに苦労を掛け、ようやっとここまで生き抜いたというのに、お主は男色家として人生を謳歌しておる、それが悔しい、妬ましい」



「……ホモじゃないのに……」



 しかしすでに落涙するほどにヒートアップし、する必要のないカミングアウトまでしてしまったメザンザにそんな言葉は届かない。たとえ耳に届いても心には響かない。

 メザンザはホモとして大手を振って人生を謳歌しているグリムナが妬ましかったのだという。というか、赤の他人にはそう見えていたらしい。グリムナにとってはそっちの方がショックだった。



「教会では……細君もおらぬ者を一人前とは認めぬ。子の居らぬ者は要職につけぬ。ゆえに儂は、勝手知ったる幼馴染みに夫婦となってもらい、継子ままこをとりて、育て、欺き欺いてここまで来たのだ。もはや引き返せぬ。」



 グリムナは複雑な表情になった。ホモは勘弁だが、しかしメザンザも苦悩の人生を歩んできたのだ。同性愛者として世界からの疎外感を感じ、そして世界を変えるために大司教とまでなった。

 彼の言葉を信じるなら、そのために事情を知る幼馴染みに偽装結婚をしてもらい、養子まで育てたのだという。



 しかしそのために竜を復活させて一度世界を滅ぼすなどという過激な行動は決してグリムナには容認できない。


 いずれにしろ戦いは不可避。やるしかない。グリムナはオーソドックススタイルでややアップライトに、かかとを少し上げて身軽に動けるように構える。



 対するメザンザは真横を向くほどの半身に立ち、深く腰を落として大きく前に手を伸ばす。



 遠い



 グリムナはそう感じた。剣を持ったブロッズと戦った時よりも遠くに感じる。そのリーチもあるが、メザンザの持つ威圧感がそう感じさせるのだ。


 あまり近づきたくはないがグリムナは先制攻撃を仕掛ける。体を反転させての右のストレートであったが、しかしメザンザはこれを受けない。その必要すらなかった。グリムナの右足の膝にメザンザの左足の膝が当たる。手を触れることすらなくグリムナの右拳は距離を伸ばせず空を切った。


 その終わり際に今度はメザンザが左の拳を放つ。


 間合いを取って逃げたグリムナのはなから一筋の血がたらりと垂れた。確かにかわしたと思ったのだが、どうやら当たっていたようだ。力だけではない、速さも超一流。筋肉質なパワータイプの人間はスピードがないと思われがちだがそんなことはない。筋肉がある方が当然スピードも速いのだ。


 グリムナとメザンザでは目方には倍近い差がある。この力と速さを覆す方法は。


 グリムナは臆することなく一息で踏み込み、攻撃の手を出す前にさらに踏み込む。手合い(肘の触れ合う距離)の間合いである。メザンザは懐に入り込んだグリムナに肘鉄の打ち下ろしを繰り出すが、距離を離す事なくグリムナはメザンザを中心に移動しながら鈎突きを打ち込む。


 では、目方の軽い者は重い者に対し攻める手立てはないのだろうか。


 そんなことはない。それが『敏捷性』である。質量のある物には例外なく『慣性力』が働く。すなわち止まっているものはすぐには動けないし、動いているものはすぐに止まったり方向を変えたりはできないのだ。


 グリムナが手合いの距離まで詰めた理由それがこの『敏捷性』である。


 同じ距離だけ移動するにしても近い位置でやられた方がメザンザの負担は大きい。この作戦はおおむね方向性としては正解であったが、しかし予想はされていた致命的な欠点がある。破壊力の不足だ。


(くそっ、確実にヒットしているのにまるで効いている気配がない。やっぱりキスを極めないと厳しいか……)


 激しく打ち合いをしながらもグリムナは作戦を立てながら戦う。そして、戦いながらもメザンザは決してグリムナを気絶しているブロッズに近寄らせない。グリムナの戦闘能力も幾分かレベルアップしてきているが、しかしやはりメザンザは格が違った。


 肩と肩が触れ合うほどの距離、グリムナの放ったボディフックをメザンザが左腕で受ける。いや、受けではない。左腕はそのままグリムナの腕を弾きながら速度を失うことなくグリムナの右脇腹に吸い込まれるようにヒットした。


「コッ……!!」


 思わずグリムナは二歩、三歩と間合いを取る。呼吸が止まり、目の前が真っ暗になる。致命的な一撃である。体の自由が利かないグリムナはその場で膝を曲げてしまうが、そこをさらにメザンザの蹴り上げが鳩尾に入る。

 グリムナはもんどりうって吹っ飛び、うつ伏せに地に伏した。


 グリムナは呼吸は諦め、息を止めてから心を落ち着ける。


(ろっ骨が折れている、内臓のダメージもひどい……だが、まだ戦える。回復魔法だ……奴が近づく前に)


 だがそれを許すほどメザンザは甘くはなかった。ズン、という着地音と共に圧力をグリムナは感じる。跳躍して一息で近づいたようだ。グリムナはうつ伏せのまま両手を頭の上に拘束された。


(う……あれ? この拘束の仕方、なんかおかしくないか?)


 そう、何か不自然だったのだ。グリムナはを重ねて頭の上で拘束されているのである。それを、メザンザは片手で押さえているの。なぜそんな面倒なことをするのか。しかしその謎はすぐに解けた。



 メザンザは今、片手がフリーなのだ。



 そのまま、ずるりと、グリムナのズボンが下ろされた。

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