第250話 腐女子の勘
「絶ッ対ホモよね、アイツ!」
何の脈絡もないフィーの言葉に全員が振り向いた。
「あのメザンザとかいう奴よ! グリムナを見る目が、こう……なんかもう、いやらしかったもん」
呆れた表情でバッソーがそれに返答をする。
「あのなあ、フィー、ベルアメール教会ではホモは御法度じゃ。そのせいでグリムナが宗教裁判にかけられたんじゃろうが。その教会のトップがホモなわけないじゃろうに」
「いいや間違いない! 長年ホモを観察してきた私には分かるのよ! 腐女子の勘は当たるんだから!」
「その割には未だにグリムナの事ホモだって言い張ってますけど……」
フィーとバッソーのとりとめもない話にヒッテが割って入った。確かにこの女の勘ほどあてにならないものはない、のだが、彼女は引き下がらない。
「あーらら、そういうこと言っちゃうんだ。『グリムナは私の彼氏だからホモじゃないです』ってか? みんなの見てる前でイチャコラしやがって、勝者の余裕ってやつぅ? 残念ですけどね、グリムナはまだ自分の中のホモなる波動に目覚めてないだけよ? 百年に一人の逸材なんだから! あいつにいれ込んだらそのうち手痛いしっぺ返し喰らうわよ!」
フィーは砂漠の旅に同行していないのでグリムナとヒッテの関係性が一歩前進したことは知らないのだが、しかし先ほどの二人のリアクションから何かを感じ取ってはいたようである。
「それに、確か大司教には妻も子供もいたはずじゃぞ? というか豊穣神を崇めるベルアメール教会では結婚をしておらんと一人前と認められんからのぅ」
「そんなもん! 偽装結婚に決まってるじゃないの!!」
「ねぇ、そんな事より何とかして脱出する算段を立てないといけないんじゃないの?」
とりとめもない話題を白熱させている三人に、レニオがそう話しかけると、ヒートアップしていたフィーもようやく落ち着いた。確かに今、そんな話をしている時ではない。グリムナは一人だけ脱出してメザンザに直訴してくる、と息巻いていたが、ゴルコークの時のようにうまくいくとは限らないし、そして当然グリムナがやったような方法では彼らは牢を脱出できない。(全身の骨を砕いて鉄格子の隙間から脱出)
レニオはちらり、と牢の外にいる牢番を見た。先ほどグリムナが脱出した時にキスをかまされた牢番はまだ意識がはっきりしないのか、座ったまま呆けている。彼が牢のカギを持っていれば話は早かったのだが、そんなザル体制ではない。さすがはヤーベ教国の首都の牢だ。カギは彼が上司に申請しないと持たせてもらえないらしい。コンプライアンスがしっかりしている。
「ねぇ、その『魔封じの腕輪』ってやつ、本当に魔法が使えなくなっちゃうの? 魔法で何とか脱出できないの?」
レニオがバッソーとフィーにつけられている腕輪を見ながらそう話しかけると、ふう、とため息をつきながらバッソーが答える。
「これは、魔力の伝達力の高い真鍮で出来ておってな、さらに彫られているこの呪印、ここから魔力を空気中に発散してしまうようにできておる。よほど強い魔力を持っておれば容量限界を超えて魔力を流し続けて破壊することもできるかもしれんが、ワシらの魔力ではとてもとても……」
「バッソーさんの『本来の』魔力なら何とかなるんじゃないんですか?」
ヒッテがバッソーの言葉に口をはさみ、さらに言葉を続ける。
「ヒッテはやりませんからね」
何を『やりません』なのか。最近はすっかり影の薄いボケじじいと化していたので説明が必要かもしれない。
バッソーは『大賢者』などと呼ばれているものの、普段扱える魔力は一般人レベルの弱いものである。彼が『賢者』としての強大な魔力を扱えるのは『賢者モード』、すなわち射精直後のごく短い時間の間だけなのだ。
そして最近は加齢のためアレの元気がなく、誰かが彼のムスコを勇気づけて、励ましてあげなければ『賢者』に至る過程をこなすことができないのだ。
つまり、誰かオカズになれ。
「率直に言ってサイテーね」
レニオが真っ直ぐな侮蔑の視線を向ける。しかしその蔑む視線によりバッソーはすでに高まってゆく。ぞくぞくと身をよじり、少しだけ顔を紅潮させた。戦いはすでに始まっているのだ!
「ふふ……この日が来るだろうことを思って訓練した私の悩殺アクションを見せてあげるわ、セクシーまみれになるがいい」
まずそう言って最初に出てきたのはフィーであった。噛ませ犬としてふさわしい意気込みだ。話の流れというものが分かっている。
フィーは挑発的な笑みを浮かべ、地べたに胡坐をかいて座っているバッソーにモデル歩きで近づいていく。直前で四つん這いになり、這い寄るように彼に近づく。胸の谷間が良く見えるようにという配慮である。この女、成長しているのだ。思わずバッソーの頬が緩む。
確かな手ごたえをつかんだフィーはそのまま余裕の表情でバッソーの胡坐をかいた足の上に座って、首に手を回して、ブーツから足を引き抜いて、その脚線美を見せつけるように足を上げたのだが。
「くっっss……ッッ!!」
バッソーが切断されたタコの足のように身をよじって反射的に逃げた。どうやらブーツで蒸れて臭かったようだ。
「ちょっ……とおっ!! 失礼じゃないの!!」
臭いんだから仕方ない。バッソーは今度は自分の方が四つん這いになって、「おえぇ」とえづいている。
「……もう私、サンダルとかにした方がいいかしら……」
そのままフィーはとぼとぼと牢屋の端にまで歩いて行って、ストン、と腰を下ろして体育座りをした。落ち込んだ表情は少し可哀そうにも見えるが、しかし臭いものは臭いんだから仕方あるまい。
「え……えと、アタシ?」
次は自然とレニオに視線が集まる。ヒッテは『やらない』と宣言しているのだから。
「うぅ……こんな経験ないから、どうしたらいいか分かんないよぉ……」
そう言いながらもレニオはバッソーの目の前にトン、と両膝を下ろす。そのまま自信なさげな潤んだ瞳でバッソーを上目遣いに見つめた。
(なんと……)
バッソーが驚愕する。ただそれだけで彼の中の暴れん坊が何かの気配を感じさせた。
そう、高い女子力を持つ者ならばことさらにセクシーポーズなど取る必要はないのだ。ただ、自然に振舞う。それだけで十分なのだ。フィーのような付け焼刃とは格が違う。女に生まれたことに胡坐をかくことなく、常に女でありたい、女になりたいと、そう努力し続けたからこそ今のレニオがあるのだ。
「どうすればいいの……?」
レニオはまだバッソーに触れてもいない。しかし上目遣いで、鼻にかかるような声でそう語りかけられると、もはやバッソーの心の臓は早鐘の如く打ち鳴らされた。
もはやその媚びの暴力によりバッソーのせがれは元気百倍、勇気ちんちん、名犬バターとチーズ臭さんも大満足である。
しかし足らぬ。まだ足らぬのだ。
よいか、よく聞け
「ど、どうすればいい、のかな……?」
レニオはそう呟きながらバッソーの首筋をちょん、と人差し指でなぞった。
「おふゅう!?」
突然のボディタッチに思わずバッソーは苦悶の声を上げる。緩急のつけ方がうまい。ナチュラルボーン乙女なのだ。しかしやはり触れずに発射するにはまだ興奮が足りない。
「だ、大丈夫!?」
突然の声に驚いたレニオが目を丸くして驚き肩を掴む。
しかしバッソーの着ているのはゆったりとしたローブ、掴もうとした肩はローブの中でするりと逃げ、そのままレニオの身体はバッソーの体の上をぬるりと滑って体全体を擦ったに過ぎなかったのだ。
そう、擦ったのだ。
「ぬふぅ」
バッソーの気持ち悪い吐息とともに、牢の中にはイカ臭い香りが充満した。
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