第249話 猫じゃないんだから
メザンザは会話の尽きないブロッズとグリムナを放置して悠々と歩き、再び入り口側に立って逃げ道をふさぐ。焦って攻撃を仕掛けないのは強者の余裕か。それとも目的の物を手に入れた安心感からか。
「それにしてもグリムナ、いったいどうやって牢屋から脱出したんだ? 他の者も脱出できたのか?」
「いや、他の奴らはまだ牢の中にいる。俺は鉄格子の幅が微妙に広かったから、その隙間から抜けて出てきたんだ」
グリムナの言葉にブロッズが目を丸くする。
『鉄格子の隙間から抜け出てきた』……確かにそう聞こえたが、まさか言葉通りの意味だろうか。いや、猫じゃないんだからそんな真似人間にできるはずがない。しかしグリムナはこともなげに答える。
「みんなで鉄格子を引っ張ってもらって、無理やり頭を通したんだ。耳がちぎれた時は死ぬかと思ったけど。その後胸骨を砕いて胸を押し込んで、まだ通れなかったから骨盤を折ってもらって、何とか抜け出したんだ。ホントに、死ぬほど痛かったけど……途中で戻ることもできなくなっちゃったし、もう進むしかなかったから」
ブロッズはその話を聞いて思わず目をつぶって鼻梁のあたりを押さえた。あまりに痛そうな話にきゅうっと睾丸が収縮する感覚があった。
「あれほど……無茶するなって言ったのに……」
無茶苦茶である。
しかしまあ結果オーライである。そのおかげでブロッズは命を拾ったのだ。それに多少のけがは回復術士であるグリムナにはなんてことないのだ。骨折で不自由している様子はないし、ちぎれたはずの耳も繋がっている。今はそれよりも目の前の敵、メザンザである。
二人はメザンザに正対する。ブロッズの剣は半分に折れてしまったが、しかし二対一のアドバンテージは大きい。メザンザはゆっくりと、大きく円を描くように横移動をしながら機を窺う。やはりセオリー通り、グリムナとフィーのコンビがベルドと戦った時と同様、グリムナとブロッズが一直線上になる様に立ち位置を取ろうという腹積もりである。戦い慣れているものの動きだ。
二人はなるべくメザンザに対して等距離になる様に立ち位置をとって遠間から牽制をする。ブロッズは半分になったサーベルで、捕縛されたときにマチェーテを取り上げられたグリムナは徒手空拳で。
二人の攻撃を危なげなく捌きながらメザンザは問いかける。
「グリムナ、お主は己の力で世が救えると考えておるか」
グリムナは間合いを取ってから答える。
「出来ようとも出来まいとも、やりもせずに諦めることだけはできない! あんたは宗教家のくせに! なんでそんな簡単に諦められるんだ。もっと人を信じてみようとは思わないのか!?」
メザンザがスウッと両手を下ろし、構えを解いた。
「度し難し」
其の双眸からは、涙が流れている。
突如として見せたその感情の発露に、グリムナとブロッズは戸惑うばかりである。
「人の愚かなるを解らぬか。古き因習に捕われ、弱き者を虐げる、異なるものを虐げる愚かなる者どもを正そうと思わぬか」
グリムナがこの言葉に戸惑う。因習に捕われて既得権益を保とうとしているのはむしろメザンザの方ではないのかと彼は思ったからだ。ブロッズはこの隙に精神を落ち着け、体内で魔力を練る。先ほどはメザンザの猛攻に押されて出来なかったが、本来彼は魔法も使えるバイプレイヤーだ。
「おのれが法の下で理不尽に晒されたというのに、まだその愚か者どもを許すというのか。その慈悲こそが……」
「ド許せぬ」
その言葉の直後、まるでその場で爆発したかのように即座にメザンザは間合いを詰めてグリムナに前蹴りを放った。かろうじてそれを受けるグリムナであるが、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされるが、何とかこらえる。
「リネアロッソ!」
ブロッズは溜めた魔力を放出し、左手の五指全てから線状の炎の矢を放つが、メザンザは内掛け下段払いにて全弾を打ち落とす。
「笑わせる。慈悲のない宗教家など存在価値がないだけでなく、有害ですらある。猊下は教会をなんとお考えか」
ブロッズのこの言葉は、時間稼ぎである。
「余は教会を潰すつもりだ」
しかし思わぬ言葉にブロッズは驚愕を隠せず、次弾の魔力を込めた攻撃を放つことも忘れてしまった。
「もはや弱き者どもを踏みつぶし、その上に胡坐をかく教会にはほとほと呆れ申した。激おこ
「何を言っ……」
弱きものを助けるために教会の権力を使って弱者を蔑ろにする。メザンザの言葉はグリムナにはひどく虚ろなものに聞こえた。彼の言う『弱者』とはいったい何のことを言っているのか。
しかしその答えを出す間もなくメザンザはブロッズに突撃してくる。ブロッズは慌てて再度魔法を放とうとするがもう遅い。メザンザの順突きが彼の魔力を弾きながら肉薄する。すんでのところでバックステップをして避けたが、この拳はおとりであった。
メザンザは無理に拳で相手を追うことなく即座にその場で縦回転、転んだかのように見えたその動きは体全体を使った全体重をかけた高速蹴り、胴廻し回転蹴り。この動きに初見でそうそう対応できるものはいまい。これを食らったブロッズはその場に崩れ落ちた。
メザンザはすぐに立ち上がり、そしてゆっくりとグリムナの方に振り向く。
「お主が憎い。奔放に生き、思うままに
一対一である。ブロッズはメザンザを挟んでグリムナの反対側で気を失っている。メザンザを倒さねば助けに行くことはできない。いや、たとえ近くに行くことができてけがを回復させたとしても、意識を失っているものを覚醒させることはできない。
そして、メザンザはグリムナに照準を絞っている。
「俺が……憎いだと……?」
グリムナはメザンザの言葉の意味を考える。なぜこの男がほとんど何の接点もない自分のことを憎んでいるのか、そして『教会を潰す』とはどういうことなのか。何か教会に恨みでもあるのか、そして『弱者』とは何を指すのか。
「この国の民でないお主には、男色のつらさは、分かるまい」
「…………」
「まっこと、つらたん」
「……え?」
ぽとり、とグリムナの顎の先からしずくが垂れた。脂汗である。
(今……男色、と……?)
グリムナはもはや汗が止まらない。
ここにきて。
ここにきて、である。
まさかの新たなるホモ登場。
しかもブロッズが倒されて、一対一となったこのタイミングでだ。
絶体絶命のピンチである。
グリムナはだらだらと汗を流しながら記憶を掘り返す。彼が裁判に傍聴に来ていた理由。グリムナは彼を捕縛した件の黒幕がメザンザであるからだと思っていたが……違った。元々グリムナ捕縛はラーラマリアの要望であった。しかしグリムナを拘束した時点でラーラマリアはすでに気力をなくしており、興味を示さなかった。本来ならその時点でメザンザも裁判に付き合う必要などなかったのだ。
しかしそれでも裁判を傍聴したのは巷で噂のホモとして有名なグリムナを一目見るためであった。
裁判が開かれるたびに傍聴に来ていたのも、宗教裁判に切り替わってからも同席し続けたのも、全てはホモとしてのシンパシーを感じていたグリムナを応援する気持ちあっての事だった。裁判長達は何か勘違いしていたようであったが。
グリムナが裁判所で痴態を繰り広げるたびに唸り声をあげていたのも、不満の声ではなく、彼の身体に見とれての事であったのだ。
裁判で勝利したグリムナに手を叩き誉めそやしたのも、心の底からの賞賛であったのだ。
運命に抗い、強大な敵である教会を打ち倒したことへの。
「きょ……教会のトップが……ホモ……?」
たしか、宗教裁判で聞いた限りでは、同性愛はベルアメール教会では御法度のはず。そのトップがまさか同性愛者だとは。
しかし、だとすれば、教会を、この世界を恨んでいることも説明はつく。そして弱者とは、おそらく同性愛者の事であろう。つまりメザンザはこの因習に捕らわれた古い世界を打ち倒してLGBT、性的マイノリティに優しい世界を作ろうというのだ。ポリコレ。
そして、その夢に邁進しつつも、奔放に生き、性を謳歌しているグリムナ(メザンザ視点)を横目で見つつ、羨むあまりこれを憎らしいとも感じていたのだ。そういえば先日も彼の目の前で多くの衛兵に魔法のキスをぶちかましていた。
「オレ……ホモじゃないんスけど……」
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