第82話 GEKITOTZ
ラーラマリアは抜いた剣をゆっくりと回転させて下段に構える。まずはイェヴァンの出方を見ようという魂胆である。
「一国の軍隊にも匹敵すると言われる魔剣の力……見せてもらおうじゃないの」
余裕の笑みをその顔に浮かべる。
一方のイェヴァンは大上段に構え、今にも飛び込んできそうである。
「二人を……止めないと……この二人が争う意味なんて全くないのに」
「無理です、ご主人様!」
二人を止めようと飛び出さんとするグリムナをヒッテが止める。実際グリムナ如きに台風の如く荒ぶるこの女二人を止める力などないし、彼は疲れ切っているのだ。前日には夜遅くまで村人を治療し、疲労のあまり意識を失った。今日は今日で二度も腹を貫かれ、イェヴァンに殺されかけた騎士団員十数名を助け、なんとかして国境なき騎士団を撤退させた。彼の疲労はとうの昔にピークを迎えている。それを見逃すヒッテではない。
「おおっ!」
イェヴァンが一気に間合いを詰めてラーラマリアに電光石火の如く切りかかる。これは魔剣の力ではなく、イェヴァンの実力である。ラーラマリアは上段から振り下ろされる剣を受けたが、一瞬の衝撃の後、力の抵抗はフッと消えた。その感触にラーラマリアは驚いたが、すぐにそれを理解した。
イェヴァンの剣が、先ほどは両手持ちの大剣だったが、一瞬のうちに脇差ほどの大きさに変化したのだ。今度は若干下からの刺突攻撃である。ラーラマリアは即座にこれを剣の柄で逸らし、それと同時にイェヴァンに前蹴りを放つ。
イェヴァンはそれを腹で受けて逆にラーラマリアを跳ね飛ばして間合いを取った。
「やるね……さすがは噂の勇者だ。最初の一撃で事足りると思ってたのにな」
にやりと笑みを見せるイェヴァン。ラーラマリアもこれに不敵な笑みで返す。
「そっちの方こそ。てっきり剣の重さに振り回されてスッ転ぶと思ってたのに」
この言葉にイェヴァンは怒り、即座に突っ込んでくる。今度は太刀ほどの大きさの片手剣でスピード重視の横薙ぎである。一撃、二撃、とラーラマリアがじわじわと後退しながらその攻撃をいなす。しかし数回目の斬撃で、魔剣サガリスがラーラマリアの剣に絡みついた。いつの間にか鞭のような形状と材質に変化していたのである。
一瞬の間すら与えることなくイェヴァンは鞭を引き、ラーラマリアの体を引き寄せ、お返しとばかりにつま先で彼女の鳩尾を狙って前蹴りを放つ。先ほどのラーラマリアの前蹴りは苦し紛れのとっさの蹴り、間合いを取るための物であったが、イェヴァンは違う。最初からそれを狙っていたのだ。前蹴りは正確に急所を狙ってめり込むように見えたが、素直に喰らうラーラマリアではない。
「ハアッ!!」
溜めを開放するようにに息を吐き、一瞬で彼女の腹が爆弾のように膨らんだ。その腹でイェヴァンの前蹴りを受け、そのまま跳ね飛ばしたのだ。爆発呼吸というものである。吸った息を吐き出す瞬間に丹田に力をこめ、打撃に対して押し返すのだ。
ただの呼吸法、しかし彼女ほどの使い手がやればそれはもはや生体リアクトアーマーである。
「ぬあっ!?」
弾き飛ばされたイェヴァンも只者ではない。すぐに体勢を立て直すが、ラーラマリアの詰めはそれよりも早かった。今度は彼女がイェヴァンに斬り付ける。
イェヴァンはそれをすんでのところでガードし、鍔迫りの形になる。しかし魔剣はそれを許さない。なんと、ラーラマリアの剣を受けたまま先端がY時に先別れし、ラーラマリアの胸元を突き刺そうとしたのだ。
とっさにラーラマリアは身を反転して横に回り込みながらイェヴァンの膝をつま先で蹴る。
苦悶の表情を浮かべて体勢を崩したイェヴァンに再びラーラマリアが切りかかるが、今度は魔剣が一瞬のうちにクモの巣のようにぶわっと広がってラーラマリアの剣を受けた。
しかし戦いはそこで終わった。イェヴァンの胸に短刀が刺さっていたのだ。
「ぐぶっ……」
イェヴァンが信じられない、と言った表情を浮かべながら血を吐く。一瞬のうちにラーラマリアの奥の手が、どこから出したのかは分からないが、ナイフを投げつけ、クモの巣の間をかいくぐって彼女の胸に突き刺さったのだ。勝負あり、である。
「終わり、だ。イェヴァン……」
「よすんだ、ラーラマリア!!」
とどめを刺そうとするラーラマリアの前にグリムナが割って入った。彼はすぐにナイフを受けて意識の朦朧としているイェヴァンを回復魔法で治療する。
「なんで邪魔するの……どいて、そいつ殺せない!」
「二人が争うことに何の意味がある……? お前は、人の命を何だと思ってるんだ……ッ!!」
振り返ったグリムナの瞳には涙が浮かんでいた。それを見てラーラマリアはハッとした表情になり、思わず後ずさりする。
「ちが……違う……そいつが私の邪魔をしようとするから……」
「なんでそんな簡単に、人の命が奪えるんだ……みんな……」
グリムナの頬に瞳からあふれた涙が伝う。ラーラマリアはその顔にまるで怯えているかのような表情を浮かべていた。
「違う、違うの、グリムナ……聞いて……」
いつの間にかラーラマリアも目から涙をあふれさせている。涙を流し、必死に言い訳を探すその姿はまるで叱られた幼子のようである。
その直後であった。イェヴァンの治療を終えたグリムナはその場にドサッと倒れた。昨日と同じように、全ての力を使い果たしたように、崩れ落ちて、頭から着地したのだ。
「ご主人様!!」
すぐにヒッテが駆け寄ってグリムナの体を抱き寄せる。
「グリムナ! 聞いてよ!! 私はあなたのことを!!」
「落ち着いて、ラーラマリア!!」
レニオがラーラマリアの腕を引いた。もはやだれの目から見ても今のラーラマリアは正気ではない。
「ラーラマリア、ここは一旦退きましょう。あんたは今冷静じゃないわ!」
シルミラも彼女のもとに駆け寄ってラーラマリアをなだめる。
「違うの……違うのよ……このままじゃグリムナに誤解され……嫌われちゃう! 私だけがグリムナの事をちゃんと考えてあげてるのに……!」
「行きましょう、ラーラマリア」
ラーラマリアはシルミラとレニオに両脇を抱えられるように森の奥に消えていった。バッソーとフィーはあまりに感情の起伏の激しい彼女の姿にただただ怯えているのみである。
「う……私は? グリムナに助けられたの……?」
イェヴァンが意識を取り戻した。ナイフは心臓に刺さっていたように見える。かなり危ない状況であったのだ。
「私は……何度もあんたを殺そうとしたのに……なぜ……?」
まだ意識の戻らないグリムナにイェヴァンはそう語り掛けた。答えなど返ろうはずもないのだが。
「イェヴァンさん……今日のところは退いて、騎士団の元に戻ってください……あなたにはやるべきことがあるはずです」
ヒッテがそう言うとイェヴァンは悲しそうな表情を浮かべ、静かに立ち上がった。先ほどは大層取り乱してはいたものの、彼女は元々かなり頭の回る女だ。冷静になれば自分がなすべきことというのは分かっている。
「こう……アタシがグリムナの仲間になるのが無理なら、グリムナ達が騎士団に入るというのは……?」
分かっていなかった。
「さっさと行け!!」
「い、いや、でもね。実際いいと思うのよ」
イェヴァンはまだ食い下がる。この女、必死である。
「実際さあ、グリムナみたいなちょっと頼りない感じの男にはアタシみたいなサバサバ系の姉御肌の方が合うんじゃないかな~って。なんかこう、彼って『守ってあげなきゃ』って感じがするのよね」
完全にヒモに捕まる女の思考である。こいつ、全然懲りていなかった。
「実際あんな粘着女に付きまとわれてるわけじゃん? 守ってあげるタイプの女性が必要なんじゃないかな~って!」
と、自称サバサバ系の粘着女が
「いいからさっさと行け!!」
ヒッテの剣幕にビクッと驚いて、イェヴァンも森の中にすごすごと消えていった。
「本当に……めんどくさい女に好かれるのが得意な男ね……」
呆れた表情でそう呟いたのはフィーであった。
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